ご主人様
結論から言えば、体はあなたのことを「ご主人様(さん)」と呼んでいます。体たちは、ご主人様であるあなたとの信頼関係を紡いでいきたいと考えています。
2006年時点で『ゴミから教わったこと』と題した体験談を書いています。ゴミと対話してきた等の経験が、今に培われてきていたことを感謝で受け止めています。
私自身の「私が生み出したものに素晴らしいものがあるわけがない」という強烈な思い込みから解放されるまで、ずいぶん時間がかかりました。
施術家として3万人超の方々の心や体と関わる中で、体について考え続けてきたことがあります。

違いの対照化
なぜ同じような環境にあっても、健康になる方と、そうならない方がいるのでしょうか?
裕福な方でも体調を崩します。経済的に厳しい環境でも、元気で健康な方がいます。ヘビースモーカーや大酒飲みでも健康な方がいる一方、そうではない方もいます。自衛官当時から多角的に比較検証させていただいてきた疑問が、パズルのようにでき上がってきております。
もちろん、生活習慣・遺伝・環境・年齢等々、様々な要因が関係しています。それでも、「それだけでは説明しきれない違いがあるのではないか?」「言葉になっていない『何か』があるのでは?」と考え続けてきました。
中学2年生の頃、左手首を骨折しました。受診した病院の待合室で、隣にいたおばあちゃんから、「牛乳飲んでるからだよ」と言われました。当時の私には、全く意味不明です。今なら、その言葉が何を言おうとしていたのか、理解し説明できます。
とはいえ、「唯一の原因だ」という話ではありません。「潜在意識の正体」で、元奥さんの事例から仮説を膨らませた物語を作ってみましたが、あくまでも1例に過ぎません。人間の体に起きることは、そんなに単純ではないのです。
分からないからこその仮説と検証
だからこそ1つの答えを決めるのではなく、目の前で起きていることを当事者として、手探りで模索してきました。
施術には、原因がよく分からない症状を抱えて来られる方が、かなりいらっしゃいました。だから「もしかしたら、こういうことなのでは?」と仮説を立て、試してみます。
結果的に「奇跡的だ」と感じるほどの変化が起きたこともあります。しかし、それは全体から見れば1%にも満ちません。公開しているのは、そうした「光」の部分です。私が実際に向き合ってきた大半は、99%以上の「うまくいかなかった」事例でした。
なぜ違ったのか?何が足りなかったのか?どうすればよかったのか?そもそも、私の考え方そのものが間違っているのではないか?ずーーーっと考え続けてきました。期待に応えきれなかったことが、悔しくてなりませんでした。うまくいかなかったことは、次の仮説を生み出す材料でした。
体の幸福観
体も潜在意識も、ここではあえて「体」とまとめます。体は、あなたと一瞬たりとも離れることができません。あなたが喜べば、体も一緒に喜びます。あなたが苦しめば、体も一緒に苦しみます。まさに運命共同体です。
私はかつて、自分の体にかなりの嫌悪感を抱いていました。ところが、多くのお客様の体と関わるうちに、体を嘆けなくなっていきました。体もまた、ご主人様と一緒に苦しんでいたのです。よって体を「自分の所有物」としてではなく、【一生涯をともにするパートナー】として考えてみることにしました。
あなたの体には、ご主人様を慕う「体の幸福観」があるのです。だからこそ、あえて体を擬人化しています。《体は、最も近くの他人》なのです。
忘れさせる
ご主人様であるあなたには、できるだけ幸せで、長く生きていてほしいのです。すべての生命体の自然な欲求に、生存本能があります。健康で長く生き続けるためには、幸福感は必要不可欠です。
問題なのは、人間だけが自虐的な価値観を持ち得ます。ここに、体とご主人様との価値観の対立が生まれます。
「そんなに悲観しないで」と体が励まそうとも、ご本人自身が頑なにしがみついている限り、体はご主人様の意向に従わざるを得ません。例えば多くの男性から告白され、同性からも憧れられる女性。ご本人自身が「私はブスだ」と考えていれば、やはり・・・・・。
どうしようもなくなった体は、苦渋の決断を迫られます。1つの仮説として、「忘れさせる」と表現しています。忘れたように見えても、本当に雲散霧消したわけではありません。体は、ちゃんと覚えています。
検証のきっかけ
この仮説を考えるきっかけになったのは、肺を施術していた時、突然泣き出したお客様。「また何かやらかしたのか」と思い謝りました。
返答に驚きました。「いやいや、全く違います。なぜか分かりませんが、孤独だった子どもの頃の記憶がよみがえってきたんです。当時の◯◯子ちゃんを抱きしめていたら、思わず泣けちゃっていました。おかげさまで、すごくスッキリできました。ありがとうございます」
当初は、何を言われているのか「?」だらけでした。あとから「肺と感情」などで調べてみると、五行論をはじめ、様々な説があることを知りました。
詳しそうな方に教わりに行くようになりました。「胆嚢は?」「膵臓は?」と訊いていくうちに、「そんなに興味があるなら、自分で調べろ。あまりにしつこすぎて、もう次回から来ないでくれ」となりました。以降、自ら調べるしかなくなりました。
1000人から始まった関連表

それからというもの、お客様にどんな気持ちが湧いてくるのかをインタビュー。「あ!それ、分かります。私もね〜」と、私自身の経験とも照合。その積み重ねから、1000人程度の段階で「感情と臓器の関連表」ができあがりました。
特定の臓器に特定の感情が必ず対応する、という単純な話ではありません。実際、仮説どおりにならないことも多かったです。
だからこそ、さらに考えます。その繰り返し、積み重ね。特に難しかったのが胆嚢です。症例が少なく、直接的に検証しようがありません。
「肝臓と膵臓の間で働く胆嚢なら、精神的な側面にも何か共通するのではないか?」と仮説を立て、また症例を観ていきます。少しずつ形になっていきました。
痛み=信頼関係の復活作用
一時的に忘れさせた記憶を、いつどのように伝えるのでしょうか?「ご主人様が成長し、『実は・・・』と切り出せるようになった時」なのではないか?と立てた仮説が、今でも15年以上続いています。
「実は、あの時・・・」と体が語り伝えようとするものがあり、その思いが「痛み」や対外的に起きている様々な問題として現象化されているのだとしたら?あなたは、どう受け止めますか?
痛みという信号を送っても、当のご主人様が表面的にしか受け止めてくれない場合、「今は適時期ではない」と見送ります。対外的に見れば、「◯◯の摘出」といった手術かもしれません。
問題が見送られただけなので、信頼関係を復活させ和解できるようなアクションは、何かしら起こり得るのです。実際に胆嚢を切除したMさんは、エネルギーが明確に残っており、解放の施術をさせていただきました。
もちろん、長年の経験からの仮説です。医学的にすべて説明できると言っているわけではありません。痛みを単なる邪魔者扱いするのは、あまりにもったいないのです。「体から届くメッセージ」として受け取ってみると、人生が変わるほどのパラダイムシフトが起き得ます。
関連表を公開した理由
例えば《痛みの優先順位》。「まずはここをどうにかしてほしい」という関門があり、そこをクリアしなければ次の問題へ進めません。
そんな発見も重ねていくうちに、「臓器と感情の関連表」を作成せざるを得ない状況になっていきました。せっかく医療業界に参入できたからには、力及ばずとも貢献したかったです。
結果として世界進出を志し、一攫千金を狙って大失敗もやらかしました。それでも、この表は当時の私にとって、生涯をかけた集大成でした。
公開する気持ちは、もともとありませんでした。オリジナルだからこそ自信がありませんでした。だからこそ「どうぞ反論してください」と言ってきました。
1000人当時から、今では延べ3万人超と関わってきました。いまだに批判されたことがありません。もちろん批判したくても、あえて言わないでいてくださる方もいるのかもしれません。
批判されなかったことを「正しさの証明」だとは思っていません。ボタンのかけ違いのように、どこかが間違っているのなら、早く正したいと考えてきました。
あなたの場合は?
この表にモザイクをかける理由は、固定観念を生ませないためです。名前セッションでもほぼ全てにおいて「〜な方が多かったですが、あなたの場合はいかがでしょう?」とお伝えしてきました。
同じ「反論してください」でも、当時とは状況が違います。当時は「あなたが納得できれいればいいじゃないですか」と濁したことも。今は3万人超のバックボーンもあり、確信に満ち満ちています。しかし怖いのが盲点。見過ごしてしまっている盲点を、徹底排除したいのです。
いかに確信があっても、盲点が完全排除されても、完璧だとは断定できません。最も恐れているのは、「パターン化させた頭ごなしな決めつけ」です。頭ごなしに決めつけられることを、強烈に忌み嫌ってきました。だからこそ、私自身もしたくありません。
体においてはまもなく「4万人」と称してもいいかもしれません。名前に至っては確実に20万人超で、もはや条件反射レベル。数えることが億劫でなりません。それでも、あなたにも当てはまるとは限りません。だからこそ、お訊きしています。
あなたが体と和解し、幸福な人生を全うできますよう祈りつつ・・・。