予感
湯島天神の裏手、小さな路地に佇む稽古場。春の陽射しが障子を透け、畳の香りが優しく漂う。鹿威し(ししおどし)の音に心地よさを感じながら、畳に正座をしていた。筆をとり、夫の位牌に向けて言葉を綴っていた─────。
手には、亡き夫 徹の遺影。そしてその隣には、今はもう使われていない美雅名義の名刺と、封を開けたままの手紙。
「すべて、終わったわけじゃない」
私の中で、何かがまた動き出していた。
夫 徹の位牌が倒れたあの日以降、目には見えない何かのサポートを感じるようになっていた。「もう守られているだけの人生ではない」と、自らの足で立つことへの決意が芽生えていた。
帯をたたむ所作の中で

母 雅麗の帯を丁寧にたたんでいて、絹の手触りと香りが、時間の流れと共に心に沁みてくる。たたみ終えた帯をタンスにしまいながら、ふと胸の奥に1つの問いがよぎった。
「私が本当に望む人生って、何なんだろう?」
時計の針さえもない私だけの部屋に、どこかざわつく感覚がある。新しい人生を歩む覚悟を決めたはずなのに、どこか取り残された何かがある。
「娘に何を受け継ぎたいのか? 弟子たちに、舞の何を残すことが私の役割なの?」
今までも問うてきたのかもしれないが、深みが全く違っている。答えはまだ見つからない。現状の私のままではどうしようもできないことだけは分かる。これまでとは異質の問いが、芽生えているのを確かに感じていた。
真紀子さんとの再対話
翌日、真紀子さんと再びZOOMをつないだ。画面越しに現れた真紀子さんは、私の顔を見てすぐに言った。
「富美子さん、なんだか・・・表情が変わりましたね。穏やかだけど、決意が伝わってきます」
「そう?まだまだ問題は山積みですが、ようやく形にできてきた気がするの。誰かに認められるためじゃなく、私が私であるために。」
「それって、セッションでお話していた『使命の更新』につながっているかもしれませんね」
「そうですよね。おそらくは使命の輪郭が明確になってきたからだと感じていますが、さらなる深みが増した感があって。今の私には見出せない絶望感も抱いています。この苦しみから向き合いたいと思っているけど、何をどうしたらいいのか分からずにいます。
先日の、姓名覚醒のセッションがあまりに素晴らしく、ステージが一気にドンと上がった感覚があります。だからこその悩みだとも感じています。進むべき道が垣間見えたのに、私自身が整っていないんです」
真紀子さんの目が潤む。
死ぬまでの価値
「・・・素晴らしいです。きっと富美子さんが生き抜いてきた、あり方の集大成を見出そうとなさっているんでしょうね。なんとかしてあげたいけど、私も富美子さんの深みという感覚が、なんとなく分かります。」
「ありがとうございます。真紀子さんとは、インタビュー記事を本で読んだ時から、深いご縁を感じましたからね。」
「そうですよね。富美子さんからメッセージをいただいた時、他人とは思えない親近感がありました。
富美子さん、それだけ強い問いが湧いているということは、もう『次のステージの自分』が待っているということかもしれませんよ。やっぱり自立具現化コーリング、受けてみてもいいんじゃないかな?
それが答えにならないかもしれないけど、私も受けてみて本当によかったから。『人生が変わるって、こういうことを言うのね』と改めて思える内容でした。富美子さんが死ぬまでの生涯価値ありますよ」
少し驚いた。けれど不思議と、心のどこかで「その言葉を待っていた」気がした。
「・・・そうね。今なら、向き合える気がしますわ」画面に向かって、決意を込めて頷いた。