孤独感

あなたは、『そして、誰もいなくなった』という番組を、ご存知でしょうか?『藁の楯』という藤原竜也助演の映画が本当におもしろく、一気にファンになりました。今回主演という話題を楽しみにしていました。
最終回で締めくくられた言葉、「孤独から、俺は一番遠いところにいる」ーーー。主人公の藤堂新一は、自ら開発した機械ながらパーソナルナンバーを乗っ取られ、被疑者扱いされるような展開。そして多くの裏切りに、どんどん孤独へと追い詰められていく・・・・・・。
私にとって孤独は、とてつもなく強敵でした。団体生活が多かったながら、価値観が合わないからと勝手に1人を好んでいました。自分自身が嫌いなので、そんなフィルターをかけて世界を見ていますから、ステキなご縁なんてあるわけがありません。
今思えば、私自身が自ら孤独を作り出していたんですね・・・。今では一生涯ともに信頼できる関係性ができました。適切な距離感で対話できる「核」と言えるパートナーができたことは、本当にありがたいです。
痛みと人生
2009年開店休業状態で、昼夜分かたずアルバイトに明け暮れていた時期がありました。今でこそ集中しきれていますが、当時は「せ」さえも考えきれませんでした。しかし、人生で最も大切な学びを得た時期でもありました。
Universal Flow Therapy において、一貫して訴えて来たテーマ。【痛みと人生】です。痛みは「記憶の暗号」なのです。あなたの人生において「信頼関係」は、どれくらい影響を及ぼしているでしょうか?内側における心と体の信頼関係は、この上ない核心で、対外的なコミュニケーションに顕著に反映されます。
「人間が経験しうる「痛み」ランキング(NAVERまとめ)」に、いろんな痛みが挙げられています。ながらもそれらの痛みにも、確実に勝る痛みがあります。それは《心の痛み》。
価値比較
例えばあなたの右腕を、1本失ったとしましょう。その保障として、あなたが納得できるくらいの金額を提示したなら、いかほどなら納得できるでしょうか?かなりの額になりそうですね。体の重要な部位は各人各様ですから、死なない限りの最重要ポイントをイメージしてみてください。
そこでもし「あなたの[喜び]を売ってください」と頼まれたなら、右腕と比較してどれくらいの値をつけますか?あなたが[喜び]を売った瞬間、一生涯かけて喜びという感情が完全麻痺してしまいます。
私には、比較にならないほど「心の痛み」に価値を置いてしまうんですが、あなたはいかがでしょうか?前にクスリこそやらなかったものの、「喜び」「感動」という感情を忘れてしまった経験があります。
周囲の皆さんが「感動したよね〜」と言っている中、完全麻痺状態でした。「どうやら私、喜び方を忘れてしまったようです。どうすればいいでしょう?」なんて訊いていました。そりゃ変人扱いされますよね・・・。
体の傷は時を経て自然治癒力が働いて、元に戻ることが多いです。しかし心の傷は、そうはいかない場合が大半です。死んでも癒されることはなく、代々受け継がれていくようなものになっているからこそ、「血統的習慣性=因縁」が生まれてきます。
弱みを強みへ
先日、父親に虐待された幼少期の記憶が浮かび上がってきました。体が萎縮し些細な失敗を繰り返し、自尊心をズタズタに引き裂かれた最悪の日でした。
記憶の内容は小3当時。祖母が亡くなり、母と弟は実家に親戚一同泊まることになっていました。父は会社から帰ってきた途端、母がいないことに激怒します。「帰ってきても、絶対入れん!」と言い出しました。
あまりに怒り狂っているその様に、震えおののきました。「そがんこと言うな!」と歯向かってもいましたから、殴られ蹴られました。恐怖に怯えながら、泣きながら母へ電話しました。「当分は、帰って来ん方がよかばい」(長崎 佐世保出身)。
まだまだ心の傷は、完全に払拭されてはいません。深掘りすれば、さらに溢れ出て来るでしょう。今は、それこそが強みだと断言できます。なぜなら、痛みの重さを味わってきたから。いかなる手段を尽くしても、あなたの人生に寄り添うことを喜びかつ天命だと感じています。
今は寄り添うことの価値を身に沁みて感じている分、このような経験が大いに生かされていると感謝しています。すべては許すことから始まります(「許す」とはどういうこと?)。
あなたの自縄自縛から、あなたが思い描く理想的に解放される日を、心から祈りつつ・・・。