「愛する」の対義語

無関心

あなたは、マザーテレサの名言「愛の反対は無関心」聴いたことはありませんか?「愛する」とは、興味関心を持つことだと解釈しています。あなたにはいかがでしょうか?

1995.8.28.マザーテレサ

だとするなら、興味関心を持っていない状態です。分かりやすく花に「今日も綺麗だね」ではなく「今日も汚く咲きやがって」と罵られるなら、枯れてしまう期間は早いそうですね。罵られるよりさらに枯れてしまうのは、無視だと聴いたことがあります。

私自身、セルフイメージの低さから、いじめたことがあります。その反動でいじめられもしました。最もつらかったのは、やはり無視。孤独感を一層引き立て、セルフイメージが悪なるスパイラルにハマっていく経路を理解しました。

無関心は、対象である相手以外に興味関心を注いでいる状態です。「愛する=興味関心を持つ」と解釈するなら、まさに正反対ですね。

強要

セルフイメージが上がったと実感できた節目に当たる恩師からの金言。「愛の反対は価値観の押し付け(強要)」です。

よくある典型例が、嫌われる営業マン。彼らは、売りたい商品説明をダーーッと謳い、お客様の話を一切聴くことなく買わないと見切りをつけた時点で去っていきます。

28歳当時、まさに強要営業の指導を受けたことがあります(他の多くの皆さんは、同じ内容でも強要とは解釈していなかったかもしれません)。中には成果を出す方もいましたが、私は惨憺たるものでした。成果が必ず出るからと、継続するよう強く勧められつつも、枯渇して断念しました。

「私の商品は素晴らしいんだから買ってくれ」と言いつつも、実際にお客様に届いている感覚は「認めてくれ」ではないでしょうか?興味関心の発信源をエゴに向けていれば、お客様のエゴが引き出されていくばかり。「それじゃ成果なんて出るわけないし、枯渇してくるよな・・・」と振り返ってみて実感です。

興味関心の源泉

無関心は対象以外の存在へ興味関心の方向性を定めており、強要は自分本位に自己主張ばかりであることを共有させていただきました。

脳のメカニズムより、「感謝の対義語」はじめ対義語を明確化させることで、極と極でバランスをとるようできていると仮説を立てました。幾度も検証を重ね、仮説から確信が深まっています。

先の2つを、今のあなたへ当てはめてみましょう。
・目の前の向けるにふさわしい方へ、興味関心を適切に表現しているか?
・相手が何をどう望んでおり、認めることに徹しきれているか?
が明快に押さえきれているなら、「愛している」という成果に、至りやすくなります。

他人のフリ見て我がフリ直せ。昔からよく言われることわざですね。他人もさることながら、昔の自分自身も大いに参考資料として活用できます。今できることにフォーカスし1つ1つやりきってみませんか?

道に迷い混沌とした時こそ、原理原則に立ち返ってみること。全ての答えは、すでにあなたが持っているのですから。

感謝の対義語

感謝の対義語=当たり前?

感謝の対義語=恨(怨)み?

体の言い分

ご主人様

体のご主人様であるあなたへの想い

施術では、体の通訳係としてお客様と関わってきました。当時の経験が、現在の「立名コーチング」への大きなバックボーンとなっています。

全ての体は、あなたのことをご主人様(さん)と呼んでいます。ご主人様であるあなたには、絶対に幸福であって欲しいと願っています。なぜなら、ご主人様であるあなたが死ねば、体の細胞も死んでしまうからです。

全ての生命体は、生存欲求を持っています。どうすれば長寿を全うできるのか?体なりに常時考えています。

私たち人間だけの特権として、自虐的価値観を持てます(あえて持ちたい方はいないでしょうが)。ここで価値観の対立が起きます。体は「そんなことで悩まないで!」と、励まします。しかしご主人様である以上は、言い分に従わざるを得ません。そこで苦渋の決断を強いられ体がとった選択は・・・。

忘れさせる

苦渋の決断の結果、体たちは【忘れさせる】のです。大切なご主人様が、悩み苦しんでいることに耐えきれない体たちは、記憶を脳の奥底へ封印します。

もしあなたが体の立場に立ってみて、いかがでしょうか?一生涯ともにすると固く誓い合った親友が、いつも思い悩んでいます。どんなに励ましても、全く効果を感じられない・・・。体は、死ぬまで一瞬たりともあなたから離れられません。

体は、奥底へ封印しただけで、ちゃんと覚えています。「記憶を忘れる=許される」と解釈する場合、体は許す側です。「許す」とは、いったい何をどうすることなのでしょうか?

痛みの和解

許し合える状況ができてこその和解です。体の言い分としては、いつの日か絶対に和解したいと願っています。

もしあなたが体の立場なら、どんな時・状況に和解に導けるような話ができるでしょうか?体は「ご主人様が成長した時」と返してきました。ご主人様が成長した時、「実はあの時〜」と切り出せると。

「実は〜」と切り出した内容が、体が発する痛み(対外的に起きている問題も含む)として表現されます。痛みは、まぎれもなくあなたへの《メッセージ》です。ご主人様が痛みを感じることで、当時感じた情況を思い出し、しっかり向き合って解放して欲しいと願っています。当時の記憶にこそ、根本解放策が秘められています。

痛みと血統(または生まれ変わり)

一定期間が過ぎると、体は「今のご主人様では厳しい」と判断し、最後の砦でなければ痛みを和らげてきます。ご主人様の成長を経て、次のチャンスをうかがいます。

当のご主人様が気づいて解放できればいいでしょうが、気づけないまま最期を迎えてしまった場合、血統問題(または生まれ変わり)に継承されます。幼少期に不可解な行動を起こす理由は、血統問題にひもづいていることがほぼ全てです。

ガン家系はじめ、糖尿病や心疾患等でお亡くなりになった方が親族間にいらっしゃれば、同系統の疾患にかかる危険性が高いと言われる所以です。病気の根源にある「血統的習慣性」なのです。ご本人のみでいかに努力しようとも、《あなたの血統的価値観》という枠からは逃れることは不可能です。

体の声に耳を傾ける

不可解だからこそ、関わらないでおこうとします。意味不明なまま強引に解決しようとするからこそ、余剰な墓や壺・・・にお金や時間を費やすことになります。結果、意味不明な状態が変わることはないでしょう。明快にあきらめ感が増していくことになります。

私たちは、未来に生きていながらも、過去できなかったリベンジを果たそうともがいているのです。だからこそ、解決策を求めて新たなご縁を欲しています。

いったん落ち着いて、体の声に耳を傾ければ、必ず道は拓かれます。ご主人様であるあなたへ、痛みや様々な問題を通して、確実にあなたへ訴えかけています。

立名コーチング

許す=?