1万人以上の天才輩出

1万人以上の天才輩出

結論。私の役割は、1万人以上の天才輩出です。先月までの「機械になれ」と強要された日々の中で見出せた、まさに天啓ではないかと思えるほどのインスピレーション。

自立具現化

世の中には、自分を知るための方法がたくさんあります。

「才能を探す」「強みを知る」「過去を振り返る」「自分らしさを探す」・・・・・

ここで、別の可能性を考えています。まだ存在していないものは見出せません。ならば、自分自身を新たに創り出していけばいいのでは?人類史が始まって以来、鵜呑みにしてきたことがあります。それこそが最核であり、より深い核はあり得ません。

自立具現化コーリングが目指すのは、誰かに答えを与えてもらうことではありません。

あなたご自身との対話を重ねながら「どう生きたいのか?」「何を実現したいのか?」「何を大切にしたいのか?」自ら問い、自ら考え、自ら決めていただきます。その積み重ねによって、判断力が培われます。あなたが自らの人生を創り出していくあり方。だからこその自立具現化です。

あなたご自身との対話が深まれば、これまで気づけなかった可能性の次元が変わり得ます。封じてきたものが解放されます。生きる意味が鮮明になります。役割を全うしたいという情熱が生まれます。その先に、その方にしか発揮できない能力があり、自他ともに認められた状態を「天才」と呼びます。

1万人以上の天才輩出

自立具現化コーリングをあなたにお届けしたいと考える目的は、1万人以上の天才を輩出することにあります。ぜひあなたにも、その中のお1人になっていただきたいのです。

1万人が、自然と湧いてきたイメージです。目標設定として、重いのか軽いのかまだ分かりません。かつ、すべての方がなれると確実視できるものではありません。だからこそ1万人以上というイメージに対して、3万人以上の方に自立具現化コーリングを受けていただくこと。

「自立具現化コーリングを経なければ天才にはなれないのか?」という問いが出てきそうですね。決して違います。ここで、いかに「天啓だ」と思えるほどの発想に至ったのか、経緯を語らせてください。

出発点は「自立具現化コーリングにおいて明言できることとは?」でした。やはり究極の自己対話からなる心身統一です。究極の自己対話が継続される以上、アインシュタイン並みの天才10人が語り合う発想とは? 一般的な凡人がノーベル賞に匹敵する天才に生まれ変わっていく可能性があります。

究極だと言える根拠は、自己対話の相手です。人類史上、誰もが曖昧にしてきた方がいらっしゃいます。現状では残念ながら、いないの同じかズレた解釈をされています。その方を、「実在するとしか考えられない」状態へ。ご本人において実在し、対話を繰り重ねていく以上、対話の次元が変わらないとはとうてい考えにくいのです。

「核融合を各家庭に」という未来

抑圧された感情を正しく適切に解放し、「何のために生まれてきたのか?」等の役割を思い出せ調和を生み出す信頼構築ができるなら、天才になれない理由を私には思いつけません。そうなっていく臨界点とは、「3.5%」だと言われます。例えば日本人口の1.2億の3.5%は、約400万人です。

かつ、全人口を変える必要はないとも考えています。「仕組みを作り出す方」が変われば、社会は自然と変わり得ます。「もし世界の『仕組みを作り出す方』4万人が、歴史を動かすほどの天才だったら?」の中の1万人が、私の役割分担だと受け止めています。

1人でも、ズバ抜けた方がいれば、話が変わります。それが1人、また1人と増えていったらーーー。その方々が出会い、互いの能力を認め合い、力を合わせたら?1人では思いつきもしなかったことが、現実になっていくかもしれません。

例えば「核融合を各家庭に」という未来を、本気で実現しようとする方が現れるとしましょう。私は、そこから始まる未来を見てみたいのです。アートや経済、スポーツ等あらゆる分野において、独自の才能を本領発揮できている世界をーーー。

理想を讃え認め合える感動世界の創造

企業理念「理想を讃え認め合える感動世界の創造」。どうしても創り出したい、あきらめきれない思いを抱いています。理想を語るには、相応の信頼関係を要します。讃え認め合える世界とは、感動が伴わないわけがありません。

私は、かつて自分の名前が大嫌いでした。そこから名前と向き合い始め、これまで20万人超の名前と向き合ってきました。また20年以上にわたり、延べ3万人超の体と関わってきました。

その長い積み重ねの中で、あなたご自身と向き合うことの可能性を追究して熟成されたのが、自立具現化コーリングです。まだまだこれからニーズに合わせて、変化発展を継続させていく予定です。

あなたの中に、まだ発揮されていないものがあるかもしれません。誰かに見つけてもらうのを待つのではなく、あなたが自ら創っていきませんか?その先に、あなたにしかできないことがあるのです。私は、そんな天才を1万人以上生み出したいのです。

ぜひあなたに、その天才の1人になっていただきたいのですが、いかがでしょうか?

「3.5%の法則」とは何か?

感謝と共感〜心地よい麻酔

反感をもたらさんか?——公開を迷いました。

感謝と共感〜心地よい麻酔

SNS等には「感謝」「共感」が溢れ返っています。

「感謝しています」「めちゃ共感しました!」

一見温かく美しいやり取り。その甘い言葉に身を置く時、「付和雷同なのでは?」と違和感が首をもたげます。本当に腹から出た感情? それとも嫌われないための安全策?

多くが言う感謝や共感は、時に思考を停止させ、妥協を促す麻酔として機能いたします。

共感という思考放棄

安易な共感は実に簡単です。自ら考え葛藤し「私はこう思う」を差し出す必要がないからです。逆に共感してほしい側も、主張のポイントが定まっていない場合が多いように感じますが、あなたにはどう映っていますか?

例えばランチで「何が食べたい?」と訊かれ「何でもいい」と返し、後で「本当は◯◯が食べたかった」とわだかまり。相手に合わせるフリをして群れに紛れ込む先にあるのは、傷つくのを恐れた「自発思考の放棄」です。

前にある講座で「大阪から来たが『餃子の王将』に行ったことがないので、いかがでしょう?」と言う方がおり、10名全員で食べました。私も「何でもいい」と返す場面は多々あります。そういう時は相手の価値観を全て受け入れようと決めています。理解したい欲求が勝つ場合、私の願望は本当にどうでもよくなるのです。

感謝という保身

「感謝していれば角が立たない」「感謝する私は素晴らしい」——そんな算段は自己保身や社交辞令です。相手に気に入られ評価を高める道具としての感謝には、魂の響鳴に至りにくいと感じるのは私だけでしょうか?

20代当時、「感謝が足りない」と言われ続けました。努めるほど感謝が難しくなり、言葉自体が大嫌いに。だからこそ定義を考え抜きました。分かったのは、感謝とは「する」ではなく「湧き出てくる」ものだということ。いかにボーッと生き、左脳的理解に偏っていたかを痛感しています。

麻酔を解き静寂の自己対話へ

「評価されたい」に支配され陥りがちな落とし穴。耳ざわりのいい言葉で得られる一時的な安心(麻酔)。砂糖の味を占め、増し加えないと満たされないかのように。

これからは「共感」でつながるよりも、違和感を自己対話で深め昇華させるプロセスが尊ばれると感じますが、いかがでしょうか?

評価を得る感謝より、1人でごまかしがない静寂に立つ覚悟。麻酔を解き常識を疑った時、対等に向き合う本物の関係が始まります。

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権威という「親の七光り」

権威という「親の七光り」

拝借的態度

「〇〇〇直伝!」「〇〇の愛弟子が教える」「〇〇公認プログラム」。

SNSやビジネスの世界では、著名な人物や権威の名前を冠した肩書が溢れ返っています。手軽に信用や凄みを演出できる便利な言葉。が、強烈な違和感が首をもたげます。

「で、語るあなたご自身の価値とは?」今回、文章化しようと至ったきっかけは、ある本物だと認める方。出会って7年が経ちます。にもかかわらず、『〇〇〇直伝!』と熱く語っていたのです。「いつまで師匠の名を借りてんだ?」と、イラッと感が込み上げてきました。

有名人の看板を借り、権威の威光をまとい大きく魅せる姿勢。「私には自分自身の言葉も、内から滲み出る価値(軸)もありません」と自白しているようなもの。権威という「親の七光り」のような拝借的態度は、本物へたどり着けるわけがありません。

魂を揺さぶる熱量

いかに偉大な師の教えでも、そのまま受け売りで語るだけなら、単なる精巧なコピーです。あくまで持論ですが、いかに完コピできても、それだけでは100%うまくいきません。成功を究めようとするほどに「守破離のプロセス」が必要不可欠です。

師の言葉という要約された「正解」に身を包み、自発思考(自主軸の基盤となる思考)とはかけ離れた受け身的姿勢。権威をありがたがる側もまた、自ら見極める思考を放棄し、看板を鵜呑みに解釈しています。

自衛官当時の上司から「教えてやろうか?」と訊かれた折に「まずやってみて、分からなくて行き詰まった点を教えて欲しいです」と言ったことを思い出しました。

師から学んだ知識をそのまま横流しする方の言葉に、魂を揺さぶる熱量が宿るはずもありません。血の通わないレプリカの言葉で、誰かの人生が動くなんてあり得ないのです。

独自の美学「自律」

真に師を尊敬するとは、単に教えを模倣することではありません。教えを自らの体験や葛藤と照らし合わせ、徹底的な試行錯誤(自己対話)を通し、自分だけの「独自の美学(自律)」へと昇華させること。

「〇〇直伝」という看板をすべて脱ぎ去った時、あなたの手元には何が残るでしょうか? そこに立つ「あなたという存在」にどんな響きがあるでしょうか?

本物であるあなただからこそ、権威という「親の七光り」、一度脱いでみませんか?

権威という麻酔から目を覚まし、あなたご自身の足で立ち、語り始めるのです。借り物の看板を投げ捨ててこそ、本物の自立と信頼が始まります。

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取引 or 自己対話 ?

結論は、「自己対話」だからこそ。

取引 or 自己対話 ?

私のこだわり方針として、答えをあえて伏せています。『人生のキーワード』と称する「6」で問うており、あまりにもったいないのです。

以前、答えを解説した折に、返答に完全フリーズ。「?」なまま止まっていましたが、昨今の瞑想でよみがえってきました。今なら理解できます。

与えれば成功する?

よく「与えれば巡り巡って返る」や「ギバーになれば成功する」と綺麗事として語られます。よって「まずは与えよう」と主張されます。

1歩進んで「与えて、与えて、受け取る」と語る方も。一見素晴らしくも、やはり問題です。相手に「頼っていれば全部やってくれる」という過度な依存心を生み出し、結果的に「こんなはずじゃなかった」と双方を疲弊させていきます。

どちらにせよ「与えたのだから、いつか返ってくるはずだ」という期待感がある限り、純粋な循環ではなく「損得勘定の取引」です。予想通りの反応でないからと生じる怒りや徒労感は、鵜呑みし主導権を放棄しているからでは?

時間差

素粒子(クォーク)のミクロな領域では、粒子同士が超高速でエネルギーを投げ合っています。「与える」と「受ける」が同時に起きており、時間差がありません。

尊敬するマザー・テレサも同じです。彼女は見返りを期待して看取ったのでしょうか?誰に頼まれたわけでもない自発的な衝動で動いたその瞬間、「与えた歓喜」を受け取っています。周囲の環境はきっかけで、真の循環は自己対話の中で瞬時に完結しているのです。

悟りとは「差をとる」

「悟る」の語源には「差をとる」という意味が含まれます。「与える側」と「受け取る側」の間に境界線(差)を作り、見返りを計算することを「取引」と呼びます。

giveとtakeの間に入る、小1で習うシンプルで完璧な1文字。答えは外側との取引ではなく、動いた瞬間に「与える」と「受ける」の差が消える現象です。

今年、拾った財布等を計3回警察へ。徹底したのは「中身を見ない」「見返りを問わない」「『誰かに同じことをしてあげて』と伝える」。

あなたが今踏み出す1歩は、未来の見返りを待つ「取引」? それとも動いた瞬間に歓喜を受けとる「自己対話」?この境界線を解放した瞬間にこそ、本物の循環が始まります。

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要約の吉凶分岐点

要約の吉凶分岐点

吉凶分岐点

タイパや効率化が叫ばれ、書籍の要約や倍速視聴が当たり前になりました。答えを早く得られる便利な時代ですが、人生の質を左右する「吉凶分岐点」が存在します。

契約書や議事録の圧縮(処理領域)は「吉」の効率化です。問題は、生き方や理念、自己対話のプロセスまで要約に頼る「凶」の効率化です。手軽な答えで分かった気になる時、思考の主導権やひらめくプロセスを放棄しています。知らない内に麻酔をかけられています。

要約には必ず要約者の意図が入ります。ヒトラーが要約した文章を読みたいでしょうか? 他者の基準を鵜呑みにすることは危険です。宗教団体で「教理に合わせろ」と強要され、抑圧から病気になる構造も同じです。教本の要約を根拠に生きる時、自主軸(内なる声)は微塵も動きません。

自己対話

立ち止まり、違和感と照らし合わせる「自己対話」こそが、あなただけの美学を育てる触媒です。タイパを喜ぶ行為は、行間を読み解く感動や最も価値ある「自分と向き合う機会」を捨てているのです。要約や効率化の真の目的は、あなたが最も大切にしたい価値に費やすためにあるはずでは?

私が提唱する軸とは、固まった1本の棒ではなく、回転し続ける「3軸」の循環です。 名詞から動詞化する必要があります。

・自主(意志):「どうしたいか」自ら「する」と決める起点
・自律(姿勢):自己対話を通じ、独自の美学を整えるギア
・自立(存在):整った美学を携え、社会と健全に噛み合う存在

他人の要約を丸呑みする受け身(される)では、周囲へ無理に強要する(させる)という歪みが生まれます。自発的な意思で自らのギアを回す(する)からこそ、しなやかに自立できます。

かつて「和製バフェット」と呼ばれた竹田和平さん。主宰の場で安易に答えを与えず、自ら考え抜くためのヒントを出すよう徹底。他者から与えられた答えはすぐに流れますが、自己対話の末に導き出した言葉だけが人生を動かすからです。

要約された「他者の人生」の歩みを、一度やめてみませんか?要約という麻酔から目を覚まし、あなたご自身の内なる声に耳を澄ましてみませんか?要約の罠を抜け出し、自分だけの歯車を回し始めた瞬間にしか、本物の循環は始まりません。

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#自分軸
#人生
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#思考
#自己対話

「自分軸」という言葉の罠——あなたの人生が空回り続ける理由

「自分軸」への疑問

最近、ビジネスや生き方の文脈で「自分軸を持ちましょう」という言葉をよく目耳にします。しかし世間で語られる「自分軸」の多くは、どこか独りよがりな主張であったり、周囲との分断を生む単なる開き直りに過ぎないことがあります。「軸」を用いることで、なんとなくいいもののように感じてしまう危うさを感じますが、あなたにはいかがでしょうか?

本来の「軸」とは、固定された硬い棒のようなものではありません。自然や社会という大きな巡りの中で、あなたを推し進める「滑らかに回転し続ける歯車(ギア)」そのものです。

なぜなら、世間は激しく動いています。ガッチリ固定されたままでは、身動きとれるわけがありません。「自分軸」という自分の何を軸としているのか不明確では、気持ちの上では活発に動いていても、言葉のエネルギーに飲み込まれていくのです。

私が主張する「本当の軸」とは、以下の「3自」がきれいに噛み合い、循環している螺旋状の円環運動(「3軸」)を指します。些細な動きかもしれませんが、動きなくしては次のステップにつなげきれません。円環運動でない運動は、散漫か暴走です。

稲盛和夫さんが提唱する「人生や仕事の結果 = 考え方 × 熱意 × 能力」にも通じています。自主がまさに考え方と同類で、ウラミや憎しみが内なる声の発端だった場合、マイナスの結果となってしまいます。

「自分軸」という言葉の罠——あなたの人生が空回り続ける理由

・自主(意思):自らの内なる声に素直であること

・自律(姿勢):自然や社会とのつながりから、自らを確立すること

・自立(存在):自然や社会とのつながりから、自らを確立させること

最初のギアを回す

いかに立派なビジョンや理想を頭の中で描いていても、ギアが噛み合わなければ動力はどこにも伝わりません。すべての出発点は、「自主軸」という最初の小さな歯車です。

大きな覚悟や決断をする必要はありません。「本当はどうしたいのか?」という、内側の繊細な声にただ素直になること。かつどれほど些細であっても、その声に従って最初のギアをわずかに動かしてみるのです。

そのたったわずかな「自主軸」の回転が、ゆるぎない美学(自律軸)を伴って、やがて他者や社会という大きな歯車(自立軸)と噛み合い、あなたの人生全体を螺旋状に1つ上のステージへと押し上げていきます。

自律と自立、どちらが先かで悩みました。試行錯誤した現状での結論は、自律が先です。「する」という自発的な意思がない限りは、「させる(拡大)」「される(受け身)」等の結果につながりません。

一般的には「右回りは閉める(解放・自己の開花)、左回りは開く(結実・確立・定着)」という意味があります。どちらに回すにせよ、遠心力と求心力のように、バランスがとれた状態が望ましいです。速すぎれば大回りでブレてしまいます。遅すぎれば変化を嫌い、期限に間に合わなくなります。

問いの価値

和製バフェットと称された竹田和平さんが、「貯徳問答講・まろわ問答講」という会を主宰していたという話を耳にしました。彼が実践していた問答の核心は、「答え(知識・ノウハウ)を一方的に授けることではない」という点にあります。

「人生のキーワード」と称して9つのキーワードを考えつきました。答えを言わず、ヒントを出して答えていただく方針。和平さんと同じことをやっていたと感動しました。

交流会を主催していた当時、答えを導き出すことをテーマとしたことがあります。分かった方は分からない方のためにヒントを考えます。本当に分かっていなければヒントなんて出せません。結果、相乗効果的な素晴らしい時間となりました。

答えをサラッとお伝えしたところで、サラッと流れていくもの。例えば分かりやすく、他人から一方的に決められた経営理念。自ら考え抜いたものと比べいかがでしょうか?「あなたの理念は何ですか?」と訊かれて答えきれる時間や情熱の違い、どちらも試みたことがあるあなたにはお分かりですよね?

「人生の主人公」を思い出す

あなたはもともと「人生の主人公」でした。いつの日か、素晴らしい方や嘲笑し陥れる方との出会いから、自ら「主人公」の席を放棄してきたのです。施術家当時、体との通訳を受け持っておりました。3万人超の体たちは、「ご主人様」「ご主人さん」と呼んでおりました。ながらも「全くご主人様らしくない」とボヤいてもいました。

施術では変化が顕著に現れるので楽しかったです。「痛み=信頼関係の復活作用」とみなし、痛みに封印された記憶を解放できた時の感動。そんな数々の経験が、今の私を作り出しています。

だからこそ、徹底して《一緒に考える》方針を貫いています。お客様が答えきれない理由は、私のヒントの出し方がまだ曖昧だからです。的確なヒントを出すためには、あなたの話をよ〜く聴くことが大切です。

私の役割は問いを通じて、あなたご自身の中に眠る「内なる声(自主)」を呼び覚まし、あなただけの歯車を円滑に回し始めるための「滑走路」です。私はあなたの欲求を満たすために、雇われている身だと考えています。

他人の価値観で生きるのを、いったんやめてみませんか?自らの内なる声に素直になること。そこから、あなただけの本物の循環が動き出します。だからこその【自立具現化】なのです。

#幸せ
#人生
#自分軸
#運動
#痛み
#龍
#信頼関係

言葉は思想の衣装〜12年越しの答え4

前回の「階段の作り方」を読んでくださったあなたへ。

過去も未来も、「今」に凝縮フォーカス。その技法を、私はまず私自身に使いました。今回は、その中で向き合うことになった、ある告白の話です。かなり重いですが、当時はかなり本気でした。宗教に入った理由も、殉教できる期待感でした。

本当にいろいろありましたが、今は寿命を感謝感動で全うする覚悟です。だからこそ今、過去の話を客観視できています。

言葉は思想の衣装〜12年越しの答え4

あり方が言葉に

「言霊」という言葉があるように、日本文化は特に、言葉を重要視してきました。あり方が言葉に出てきていたことを噛みしめています。

例えば20歳当時、アロハシャツが好きでよく着ていました。もちろんアロハシャツ自体に問題があるわけではありません。しかしそれをまとった時、どうもチンピラっぽく見られていたようです。着ているだけで避けられていたと、振り返って感じます。

回想してみると、思い当たるエピソードがたくさんあります。今思えば、その清算のために2007.3.31、チンピラまがいの方にぶん殴られたのかもしれません。慰謝料を施術の学校へ入るための資金にでき、結果としてはよかったですが、直に痛みを味わいました。

自衛官当時(19歳の夏でした)、周囲におだてられてサングラスをかけタバコをくわえた写真を撮られたことがあります(吸わされたことはありますが、自発的に吸ったことはありません)。どんなに誠実で前向きな言葉を使っても、その写真からは説得力が皆無でした。私を知らない方が、その写真を見た時の第一印象は・・・。

営業時代、スーツを着て七三分け。低迷期は長かったです。成果を出せず、幾度も転職を繰り返しました。当時の社長からは「原因はニオイだ」と言われ、意味がさっぱり分からず、深い悩みに陥りウツ。献血を193回経てきましたが、貧血に悩みます。生死をさまようどん底の境地を味わいました。

否認と矛盾の生涯

自衛官時代、「制服を着ている」という責任意識から、反動で「犯罪者になってしまうのでは?」と恐怖に怯えながら生活していました。部隊配属初日に先輩から「調子に乗りすぎだ」とたしなめられたことを機に、すべてを抑圧する生活が始まります。大隊長からの気づきを得て、当時の心の弱さが浮かび上がり、理解が深まります。だからこそ左翼主義者と自称し、現実逃避していたのかもしれません。

抑圧するからこそ、酒を飲まされ記憶がなくなった時の暴走「酒乱」。当初は笑って許されましたが、ずっと続くと笑顔が消えていきます。ちょうどその頃、宗教に関わるようになり、酒を禁じられたのが好都合でした。

当時は自分を認めきれず、「世界平和」を謳いつつも、自分や親と弟を憎み嫌い、家系を根絶やしにすると本気で考えていました。他の誰でもない私自身に、悪影響な言葉を聴かせ続けていました。

幾多の意味不明な経験から、点と点が線になり、面につながっていく・・・。本当に言葉が思想の衣装ならば、見た目いかにカッコよく装っても、分かる方には本性を見透かされてしまうのかもしれません。

当時の私も、成長欲求に燃えて努力を積み重ねておりました。持てるすべてをフル活用するにはどうしたらいいか、ひたすら考えてきました。いかに努力しても、真心の限りを尽くしても、方向性が正しく適切でなければ、逆効果になってしまうことだってあり得ます。

あなたは日々の生活の中で、どんな気持ちで、どのような言葉を使っていますか?

ーーー

言葉は、思想の衣装である。 サミュエル・ジョンソン(イギリスの詩人・批評家、1709〜1784)

ーーー

いかに装っても、内側にあるものは必ず外に漏れ出ます。この確信を抱えたまま、深奥にに秘められた愛情に興味が向かいます。次回は、その話『笑顔の裏側にあるもの』です。


#転職

#幸せ
#言霊
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#世界平和
#あり方
#現実逃避

階段の作り方〜12年越しの答え3

前回の「覚悟の磨き方」を読んでくださったあなたへ。

覚悟は、カンタン。本音をあらわにした欲求と向き合い、体(潜在意識)との信頼関係を築いていけば、自然と至れる場所だとお伝えしました。

では、その覚悟を携えて、次のステージへ進もうとする時。多くの方が、ある不安にぶつかります。

「せっかく登れても、また落とされるんじゃないか?」

階段の作り方〜12年越しの答え3

難しいからこそ、簡略化

「施術6回1サイクルコースを規定通り受けていただくなら、施術前の悩んでいた状態に戻ることは、100%あり得ません」——そう断言してきました。施術やセッションを経て、あなたの願いに応じた超オーダーメイドな対応を心がけてまいりました(独自の反応の限りには、1回のセッションが施術約4回分に相当)。

それぞれ1回のみでも価値は十分あります。ながらも、継続して受けていただくことで、最低レベルが底上げされ、「竹の節を作り出せた」等の自己納得感を得ていただけるようです。あなたの気づきを、スッキリ消化させ、当たり前化できること。これが最適最大のメリットだとみなしています。

受けてくださったお客様方が、望ましい状態を思い出し、日常化へ向けて習慣づけていかれます。感動を分かち合えた軌跡は、至上の宝物です。

一緒に作る階段

Universal Flow Therapy では、あなたと一緒に階段を作っています。何事にも、成長するためには段階があります。次のステージまで、よじ登るようなアクションをしていませんか?どれくらいキツイでしょうか?しかもやっとこさ登っても、フルイにかけられようものなら、また落とされるんじゃないか——そんな不安・恐怖って・・・、ありませんか?

私はあなたに、次のステージへ簡単に登れるように、階段を作ることをオススメしたいのです。階段を作れば、次のステージへよじ登る必要はありません。もしフルイにかけられようとも、一時的に階段から少し下がればいい。再びすぐに登れます。

さらに作り方が分かっていれば、何度でも作れます。そうなれば、あなたが同じ課題に悩み苦しむ確率とは、どれくらいでしょうか?あなたが同じ過ちを繰り返す確率とは、どれくらいでしょうか?

「今」に凝縮フォーカス

なぜ「階段を作っている」と言えるのか。過去も未来も、「今」に集めているからです。

幼少期の傷は、今のあなた自身に癒していただきます。こちらで詳細を書くと混乱し、支障をきたす可能性があるため、控えさせていただきます。時間を味方につけられれば、空間も後からついてきます。

難しく複雑怪奇な課題は、どれだけ簡略化しきれるかが鍵を握っています。現時点ではいかに不可能に思われるような問題も、向き合い続ける中にカラクリが見出され、解決に至る日が来ないわけがありません。

たいていの場合、「フォーカス」に使うのは「徹底」ではないでしょうか?「凝縮」を使っている理由は、徹底は、フロー等のように、時間がゆっくり流れています。凝縮は、凝固等に使われるように、束縛固定です。未来も過去も、1枚の絵に収めるような手法を用いてまいります。

あなただけにしかできない役割分担、天命(生まれた目的成就への役割)があると思えてやみません。この「今」に凝縮フォーカスするという技法を、私はまず私自身に使いました。次回は、その中で向き合うことになった、ある告白の話です。

悩むべきことで悩んでいますか?

多くの皆さんから「学者の論文でも読んでいるような気持ちになる」等のありがたいアドバイスをいただいてきました。現状では残念ながら「これだけシンプルに表現していて、何が難しいのか?」どうしても理解できません。

いっそのこと、「何が分からないのかが分からない」というテーマで書いてみようと至りました。書き進めていく中で、「この表現がより分かりやすい」と更新を繰り返し、でき上がったのが以下です。

悩むべきことで悩んでいますか?

悩みをなくしたかった

20年以上前、あるメンターから言われたアドバイス。

「あなたは、悩むべきことで悩んでいますか?」

当時の私は、意味がよく分かりませんでした。悩んで当然。悩みがない方がおかしいと思っていたからです。しかし今振り返ると、私の人生を大きく変えるきっかけになっていました。

若い頃、「悩みをなくしたい」と考えておりました。生きることが苦しいから。考えても考えても、一向に出そうにもない問題に悩んだところで、何の意味があるのでしょうか?「悩んでいる私なんて、早くいなくなった方がいい」心の底からの願いでした。

本当に悩みはなくなるのでしょうか?100%確実になくなりません。なぜなら、人は理想を持つ存在だからです。理想があれば、現状との格差が生まれます。その差を埋めるために目標や課題が生まれます。課題をクリアするために考えます。考えれば悩みます。

悩み・課題・目標は同じ

脳の都合から言えば、悩み・課題・目標は同じこと。理想という山を登る途中で見えてくる、同じ高さの景色への違う呼び方なのです。だからこそ本当の問題は、悩みがあること自体ではありません。《その悩みが、本当に理想へつながっているのかどうか?》なのです。

・売上で悩んでいる。
・人間関係で悩んでいる。
・自信が持てないと悩んでいる。

もちろんそれらは、現実的な問題かもしれません。しかし本当に問題の中心なのでしょうか?もしかすると、あなたが問題だと思い込んでいる場所と、本当に向き合うべき場所は違うかもしれません。

多くは問題を解決しようとしますが、あなたはいかがでしょうか?本当の問題が見えていなければ、どれだけ頑張っても望む解決には向かいません。山頂を目指しているはずが、山の周囲を歩き続けているようなものかも。

だからこそ答えを探す前に、適切な問いを見つけることが大切なのです。

「どうすれば解決するか?」の前に、
・本当に解決すべきことは何なのか?
・今抱えている悩みは、理想へつながる悩みなのか?

私の経験上では、多角的に目を向けるためのサインだったことが、ものすごく多かったです。だからこそ解決よりも、解決自体を覆い尽くす、さらに核にあるキーワードを探究してきました。

悩むべきことで悩めている

もしあなたの人生を堂々巡りに感じるなら、一度立ち止まり問い直してみてください。

「私は今、本当に悩むべきことで悩んでいるだろうか?」

その問いから、新しい景色が見え始めるかもしれません。今、確信をもって断言できること。悩むべきことで悩めていることは、とーっても幸福なことです。

Universal Flow Therapyでは、「問題だと思っている場所」と「本当に向き合うべき場所」の違いを探究してきました。自立具現化コーリングは、そのために生まれた取り組みの1つです。あなたも荒れ狂う時代の流れに適応していく、絶対安心の中心軸を打ち立てませんか?

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#祈り
#信頼関係

覚悟の磨き方〜12年越しの答え2

覚悟の磨き方〜12年越しの答え2

適切な目標設定と現状把握

前回の「理解の7段階」を読んでくださったあなたへ。

前回、①〜⑦のどこにいても、それは対等な理解の一形態だとお伝えしました。序列ではなく、地図。今どこにいるかを知ることが、最初の一歩です。施術家当時から、「重要なのは『適切な目標設定と現状把握』です」と主張してきました。今も同じです。

では、地図を手にしたあなたが、次のステージへ進みたいと思った時。そこに必要なものとは何でしょうか?以降、12年越しの封印を解く意味でも、前回の「理解の7段階」を1とし書いてまいります。

多くのお客様が、施術後に口を揃えて評してくださる言葉。

覚悟はカンタン

確かに覚悟があれば、物事の様々な場面で、順当な道を歩めるのではないでしょうか?ただ、どうやったら覚悟できるのか?多くの皆さんは、覚悟しきれずに悩み苦しんでおられるのでは?あなたはいかがでしょうか?

施術を終えられた方に、当時を振り返ってお話しいただく機会があります。「向き合って克服できたからこそ語れること」は、やはりあります。

施術を受け始めた当時は、皆さん多くの悩み・問題を抱えていました。将来の可能性の話をしても、「そんなことできたら奇跡だよな」と、悲観的かつ卑屈な言葉ばかりだった方もいらっしゃいました。施術前から「私は何を犠牲にしてでも、絶対に」と明確に覚悟していた方は、決して多くはありませんでした。

結論から言います。覚悟を磨いていくのは、カンタンです。多くの施術と対話を重ね、繰り返し見出せてきた「覚悟へのカラクリ」があります。

ズレている基準

覚悟に至るまでの過程で、何より必要なもの。それは「本音をあらわにした欲求」です。

体の善悪基準は、一般的な基準とは全く違います。それはあなたが長く強く、考え行動してきた基準です。繰り返し積み重なってできたものこそが習慣です。

たいていの場合、あなたとあなたの体の価値観は、ズレています。「魔が差した」「こんなはずじゃなかったのに」——といった出来事が起こる理由は、まさにここにあります。

多くのお客様は、対話を重ねる時間の中で、ウワベだけの考えで生活していたことに気づかれます。より本質的な深掘りの中で「本当は私、こう考えていたんだ」と変わっていきます。積み重なり、醸成を繰り返し、それが「覚悟」へと変容していきます。

私の役割は、変わりたいと本気で願う方へ、今まで変われなかった理由を解き明かし解放することだとみなしています。

体のご主人様

施術の前に、必ずお訊きしてきました。《どうありたいのか?それはなぜか?何のためか?あなたにおける「成功」「幸福」「自由」とは何か?》

お訊きする理由は、あなたが体のご主人様だからです。あなたを心と脳と体の調和状態へ導くためには、体との信頼関係が欠かせません。あなたとの信頼関係を築き、体の通訳官として橋渡し。それが、施術という手法でした。仙骨矯正に始まり、臓器への施術を経て、課題を解放するキーワードを見定めていました。今は対話のみです。

元奥さんから「あなたは体とだけはコミュニケーション抜群よね」と皮肉まじりに評されてきました。体の声を聴かせていただき、あなたが願うように信頼関係の溝を築いていくお手伝いをしてきました。

今は場所がないので、オンラインを主に活動中。体に触れた方が瞬時でも痛みを明確に伴うので、体からのメッセージが直に届きます。しかし体に触れずとも、信頼関係次第でいかようにもできることが分かってきました。体への施術は、私自身楽しいからやりたいです。しかしやることはないと思います。お互いに時間と労力のムダです。

改めての結論。覚悟を磨いていくのは、カンタンです。

ここまで読んでくださったあなたへ。この「覚悟へのカラクリ」を、さらに再現可能な形にしてまいりました。次回は、その「階段」の話です。

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