過ぎてみれば、愛だった

手助けしたはずが・・・

ある日少年が、木の葉に繭がついているのを見つけ、家に持ち帰った。数日後、蝶が繭を破って外に出ようと苦闘を始めた。長く厳しい戦いだった。

少年には蝶が繭の中に閉じ込められているように見えた。蝶の動きが止まったように見えた少年は、心配してハサミで繭を切って蝶を助け出した。

その蝶は、翼を広げて飛べず、這い回るだけだった。本来なら、繭の小さな穴から苦闘しながら出ることで、体液が翼にまで行き渡り、飛べるようになるはずだった。

この教訓は、私達にも当てはまる。人生は苦闘の連続だが、もし苦闘がなければ、本来あるべき強さを発揮できなくなる。人生を切り拓く者は、逆境が人格を鍛えることを理解し、苦闘を歓迎する。

分岐点は、ピンチの瞬間に来る。困難に直面した時前進し続けきれるか?勝敗の分岐点は、現在にある。『自分を磨く方法』p72 A.ロックハート

以前ある詩に感動し、いつも手元に置いて置けるようにと、メール化させていた時期があります。当時の文章ですが、今でも感動します。

過労死の恐怖

以前あまりに忙しく、「過労死するんじゃないか?」という心配が、どこからともなく湧いてきた時のエピソード。

心が枯渇し萎えてきます。何をやっても失敗しそうな不安。「一歩を踏み出す勇気が大切」等々励まされるほどに、「うるせえ!」なんて苛立ちを隠しきれませんでした。

それでもやり続けていくんだと、か細いながらもフォーカスに努めていたある日。「過労死」というキーワードが完全払拭された感を抱きました。その時「死ぬかもしれないという不安を抱いていた私」とは、今までの価値観に固執し手離そうとしていなかっただけだと気づきました。

分かってみれば、「なぜ悩んでいたのか?」「なぜ難しいと感じていたのか?」疑問にさえ思えてきます。例えば、「自転車で転んでください」と言われて、転べますか?

成長と限界枠

悩みの解決策とは、大半の場合、あなたの限界枠の外にあります。内側にあれば、「悩み」ではなく「タスク」「やるべきこと」です。

悩みを解決しようと、あなたが彼のために素晴らしく適切な助言をしたとしましょう。彼が納得しないことって、今までありませんでしたか?表現を変えて、例えを交えて、尽くしまくって・・・・・。「やっぱり分からん」という返答だったら、ガックリしませんか?

成長とは、限界枠を深め広げること。限界線と常に向き合うような生き方をしている方が、成長できないわけがありません。わずかながらにも、礎を着実に築き上げていくでしょう。

限界枠を克服できた差が大きいほどに、以前のあなたとは別人のように見えるはず。幾年後かに、あなたは成長して過去のご自身を慈しめるようになるんじゃないでしょうか?

過ぎてみれば、愛だった

幾年後かに思えることが分かっているなら、現時点でそう考えた方が、あなたにとって大きなメリットなように思えますが、あなたにはいかがでしょうか?

あなたは、「今までのあなた」ではありません。「未来の成長したあなたからの呼びかけに応えようとしているあなた」です。

あなたは、「今までのあなた」ではありません。「『今までたくさん克服してきたよね?』と、ご自身へ言い聞かせきれるあなた」です。

あなたは、「今までのあなた」ではありません。「ガンばった先の光り輝いている姿が鮮明に思い描けているあなた」です。

だからこそあなたは過去を慈しみ、多くの皆さんを癒しと希望へ導くようなことが、立て続けにあからさまに起きてきます。忌まわしいと思えていた過去の記憶さえも、感謝の気持ちが湧いて来ないわけがありません。

題名である「過ぎてみれば、愛だった」は、私が21歳当時から座右の銘としてきた言葉。ドンドン深まっていることを痛感しています。

もし「今までいろんなことを克服してきた。今まではすべてが愛情に包まれていた。これからは違うんだろうか?」と問いかけるなら、何と返ってくるでしょうか?

未来のあなたから見れば、今起きているキツい出来事は、【愛情という贈り物】です。

悪化の経路と反対をたどる

ある行列待ちにて

先日、行列待ちの最中に出会った方、膝が痛くて歩くのも辛いと悩まれていました。

半月板側が痛むと思っていたようですが、原因は裏側でした。膝の裏側が痛む大半の原因は、副腎です。約3分のお試し施術で、階段もずい分楽になったと、その夜お電話いただけました(*´∀`*)

「副腎なら、メンタル的ストレスですよ」と、コリリンテーブルに基づいた話をしました。その時点では何の事やらさっぱり分からなかったそうです。

帰宅後、思いを巡らせてみたそうです。
「前に主人が脳梗塞で倒れました。その時まで、主人が『~をしたい』と言って来ていても、すべて『あなたには合わないわよ』と否定していました。後になって、ある方から『ご主人がそうなってしまった理由は~』と告げられ、ショックでした。・・・」

まさか初対面で会って、3分ほどのお試し施術でそこまで深く話していただけるとは、かなり予想外でした。

脳とスピリチュアル

かなり的を得た視点だと感嘆しました。脳の分野においては、まだまだ解明されていない点が多々あります。私自身、大脳生理学や心理学の視点から書いているつもりでも、スピリチュアルに聴こえるらしく表現に困っています。

前にした、ある問答を思い出しました。その方は、「人間だけが、形がある世界では霊的存在」と話していました。そこで、「猫や狐が化けて出るようなのは、どう説明するんですか?」と質問しました。返答は、「例えば猫を無下に殺してしまった等、人間側の良心の呵責がそれを引き寄せたと考えればつながりませんか?」「なるほど」と納得しましたが、あなたはどう考えますか?

症状が表面化した原因とその経路

私の中では、電話でのやりとりとこの問答の内容がつながりました。
今までの臨床データでは、脳梗塞の方は冠状動脈や心筋に疾患がある方が多かったです(冠状動脈と心筋は、陰陽の関係にあります)。

・心筋のメンタル的要因は、まじめ・誠実・ひたむきさ・皆のために一生懸命、
・冠状動脈は、自分を犠牲にしてでも全体の調和を図ろうとする、
・・・・・です。
ご主人さんは、おそらく否定され続け、限界枠を作り出していたんでしょう。限界枠の中でしかできると思えないんですから、当然できると思える事も限定されてしまいます。

そうなってくると視野が狭まりますから、周囲の意見を聴き入れたくなくなります。悪なる相乗効果がもたらされ、症状が表面化してしまった・・・。

後になってご主人の発症の原因を告げられた奥様は、良心の呵責から勝手にマイナスな幻想を作り出し、悩んできた・・・。結果脳を萎縮させ、ホルモンバランス等が崩れていく・・・。

体は、いつも安定を保とうと作用します。しかしもし、当のご主人様であるあなたがそうなる事を望んでいない場合(「主人をこんな目に合わせてきたのは私。何らかの報いを受けなければ」といった勝手な思い込み等)、あなたが願うように作用します。

原因と向き合う価値

悪くなっていった経路が見えてくれば、対処できる経路は必ず見えてきます。

この方が真剣に「『ご自身』の治療」に取り組むなら、生い立ちにさかのぼり、なぜご主人さんを否定するような言動をしてきたのか、一緒に見つめていきます。本気で受けていただければ、解放されます(時間はかかるかもしれません。個人差があります)。

原因があからさまになった時、夫婦関係においても劇的に変わり得るんじゃないかと見込んでいます。感情が解放され、考え方が変わったなら、同じ過ちや行動を繰り返すでしょうか?

Universal Flow 整体では、「できないと決め込んでしまう理由」を1つ1つ解放していきます。あなたにおいて、「できないと決め込んでしまう理由」とは何でしょうか?

コリリンテーブル

心あるところに宝あり

整体とは一見無関係に見えるかもしれませんが、Universal Flow 整体では、超重要視しています。

靖国参拝(2007.8.15.)で謝ってから、鍵山先生(イエローハット創業者)と急速に近しい関係になりました(完成人と自然体)。嫌われる覚悟で話したのに、逆に好感を持たれてしまいました。

イエローハット中目黒にて
常に一流たるを目指せ
2010までの当時は、三軒茶屋に住んでいました。そんな中、中目黒イエローハット本社に掃除研修に行った事があります。

「きれい」という基準がまったく違います。ごみ収集部屋がまったく臭くなく、ずっとそこにいたい感覚になった事をはじめ、給料とはまったく無関係ながら社員の皆さんが率先してホウキ等を持って取り組まれていた事・・・、手際のよさや物を大切にする気持ちに感動しました。

生ゴミを近くの公園に持って行き、集積場へ積んでいました。それを堆肥にするんだとか。地域の皆さんから感謝されてないわけがありません。今は移転し、イエローハット本社ではありませんが、「日本を美しくする会 事務局」は近くにあり、菅刈公園で毎日継続されています。

奥さんから「分別の鬼」と言われていましたが、きっかけとなった場所です。

今でも分別には極力気を使いますが、「ゴミ回収業者の皆さんはどんな気持ちでこれを持っていくんだろう?」と考えるようにしています。業者の皆さんが、感動するような分別を心がけてます。「目に見えないもの」というと、宗教っぽい等好印象は得にくい場合が多いですが、この場合も、「私」には見えていない事が多いですよね。ゴミを拾ってみないと、なかなか当事者(ここでは回収業者の皆さん)の気持ちは分からないでしょうね。

終えてたたみかけるように、何人かの皆さんで朝食の場を持っていただきました。その日(1回目)はたまたま、先生は広島に出張講演でいらっしゃいませんでした。しかしそれでラッキーだったと感じています。

そこにいた皆さんが口を揃えて、鍵山先生の話題ばかり。よほど先生を尊敬しているんだと伝わりました。当時の私なら、「私は鍵山先生と出会って~に成長した」と自分自身の証を中心に話していたでしょう。そこで”人を見極める基準は、その人自身じゃなく周囲にどんな方がいるか?”だと身をもって諭されました。不思議と似たような方が集まってくるものです。整体の師匠に出会ったのは、まさにこの判断基準でした。

帰り間際に、『心あるところに宝あり』という講演文集をいただきました。それを見た時目頭が熱くなり、逃げるように去りました。白地に筆書きの題名で、見た瞬間先生の思いが伝わってきました。自称「波乱万丈の人生」を慰労されているような感覚だったと、はっきり覚えています。

成長するとは、「限界枠を深め広げる」事だと考えています。限界枠とは″自分の器″です。器が大きくなったかどうかが分かるのは、どれだけ「私」自身が限界と向き合っているかどうかじゃないでしょうか?そんな文字を見ただけで感動し涙している自分に、また感動しました。

ペン揮毫
約1年後、歌舞伎町の掃除であらかじめ買ってた先生の本に一筆お願いしました。雨が降ってましたから、渡したボールペンをとってササーッと書いてもらえれば十分でした。それをポケットから筆を取り出し、本が濡れないようにハンカチを地面に置き、四つんばいになって「心あるところに宝あり」と書いていただけました。体を覆わせて、本が濡れないよう細心の注意を払われていました。

後日、鍵山先生や皆さんにその事(本の『』に感動した事、一筆書いていただけた事、…)をお伝えしました。先生は照れ笑いされつつも、周囲の皆さん大変喜ばれてました。

今現在は、脳梗塞でリハビリ療養中ですが、「早く掃除したい」と意気込んでおられます。鍵山先生との出会いは、確実に私の人生を大きく変えました。すでに80歳近いご高齢の身でもありますから、ずーっとお元気で世に光を与えていただきたく感じています。先生の後継者になれるよう、精一杯の精進を重ねていきます。

完成人と自然体
ゴミから教わったこと