運命の手紙〜堺歩美さん物語5

候補全滅

企画の候補として挙がっていた店は、いくつもあった。だが実際に当たってみると、取材拒否・スケジュール不一致・企画との方向性のズレ・・・。1つ、また1つと消えていく──。

気づけば、候補名がすべてなくなっていた。そんな時、編集部の新人がぽつりと一言。

「そういえば・・・、麻布に変わった店があるらしいですよ。前にTV局に勤めていて、その時一緒にやったカメラマンの話です」

紹介された店の名前を見て、少し眉をひそめた。フレンチ。今回の企画の対象は、庶民的な飲食店ではなかったか。フレンチのような格式ばった類では相性がいいと思えない。

「違う」と思いつつも、なぜかその名前が頭に残った。「変わった店」とはどういう意味なのか?

打診

数日後、1通の封筒。正式な取材依頼ではない。ただの打診。いわば、軽いジャブだ。

「現在このような企画を検討しており、貴店も候補の1つとして挙がっております」

断られても構わない。むしろその可能性の方が高い。それでもなぜか、送らずにはいられなかった。封を閉じ、業者へ郵送依頼。なぜこんなにも心がざわつくのか?

他にも多くの候補を挙げて打診を送っている。どれもことごとくつながらない。企画自体は悪くない自負がある。あまりの行き詰まりに、長女 育美からの「ママらしい」がのしかかってくる。完全に無関係なのに、なぜこうも気になってしまうのか?

確信

数日後。返事が届いた。

まず、オーナーシェフの美奈さん自身が、弊社のこの本の愛読者だと言う。事務的な質問。企画の趣旨、取材の形式、掲載時期等。

話の元のカメラマンに「変わった店の理由」を訊くとともに、スタッフに下見を兼ねて食べに行かせた。

「候補扱い、終わりでいいと思います」誰も「どんな味だった?」とは問わない。訊いた瞬間、話が平らになる。私が欲しいのは評価ではなく、次号テーマへの「翻訳事例としての成立」だから。

一言だけ返す。「理由は?」

担当は、言葉を選ばなかった。選ぶ必要がないからだ。「思想を掲げていないのに——揃ってます。説明じゃなく、実践として。——読者が分かったつもりで終わらない、温度と間がしっかり伝わる形がイメージできました」

会議室に、短い間が落ちた。沈黙は躊躇ではない。ここで熱を入れた瞬間に、宣伝が始まってしまう。担当者の確信めいた返答に、大いに手応えを感じた。

告白

運命の手紙〜堺歩美さん物語5

改めての本格的な打診に対して返信。なんと今回の特集のきっかけとなった外舘美智子さんと親子だと言う事実。そういえば名字が同じだと、伝えられて初めて気がついた。

「実は、私たち親子です。私が17歳で家を出て、先日畑の手伝いに行くまで、全くの連絡をとっていませんでした。どちらかが死ぬまで母に会うことはないと考えていましたが、特集記事を読んだ時から動揺を隠せませんでした。

さらに狙ったかのように御社から打診をいただき、畳み掛けるように話が進んでいったことに驚いています。この手紙を書くにあたり、腹を決めなければと考えた次第です。どうぞよろしくお願いいたします。」

しばらく、返信の手紙を見つめていた。候補だと見立てていた方々が全て潰れ、ノーマークだったフレンチにまとまり、かつ美智子さんの娘さんだったなんて・・・。身震いがする。まさに運命の導きとしか言いようがない。

企画の起動

その夜、オフィスはすでに静まり返っていた。机に資料を広げ、今までを振り返っていた。企画の新たな起動だ。

これは単なる飲食店の記事ではない。1つの系譜。1人の料理人から、娘へと続く物語。料理の味だけではなく、生き方を描く企画。そう思った瞬間、頭の中で構図がはっきりした。

メモ帳を引き寄せる。ページの上に、新しいタイトルを書いた。『継がれる味』そしてその下に、小さく書き足す「母と娘の物語」。

これはいける、この企画が「絵」にならないわけがない。明日が楽しみだ。

本物の好相性〜堺歩美さん物語4

今回のこだわりは、美奈さん物語との矛盾はないか?です。あえて同じ文章を用いています。

美智子さんの特集企画

編集部の会議室を出た後も、私の頭の中には1つの言葉が残っていた。

「好相性」

今回の特集は、美智子さん。人や野菜との関係性の中で、凛と立つ人物として知られる彼女を軸に、「本質的な好相性とは何か」を探る企画だ。

特集にふさわしい人物を探すため、候補者を洗い直した。

・精進寄りで『整える食』を看板にしている料亭板前
・マクロビで陰陽を語れる料理教室講師
・薬膳・陰陽五行を前面に出す薬膳料理家
・発酵で『腸と暮らし』を謳う発酵マイスター
・・・・・・・・・

経歴だけ見れば申し分ない。実績もある。評価も高い。それでも、どこか決定打がない。取材メモを閉じながら、小さくつぶやいた。

「・・・違うんだよな」言葉にしにくい違和感。何かが欠けている。デスクに戻り、資料を広げた。人物・歴史・文化・伝統――思いつく限りの資料を引き寄せていく。しかし、どこかしっくり来ない。

伝統が背負うもの

ふと目に止まったのは、江戸時代から続く老舗の話だった。とりわけ美智子さんの重ね煮思想は、江戸時代から代々受け継がれてきたもの。伝統や格式をいかに承継してきたのか?美智子さんが生活に溶け込ませていく生涯で、オリジナリティはどれくらい発揮されているのか?どんな葛藤があったのか?

何百年も続く家。
継承される技術。
守られる格式。

その記事を読みながら、息を吐く。

パリの三つ星を歴代受けている老舗レストラン。
日本検察の有罪確定率99.9%。
名家や老舗企業の後継者問題。

どの世界でも、長く続くものには共通点がある。「失敗できない」という空気だ。

評価を落とせない。
伝統を傷つけられない。
前例を壊せない。

それは誇りであると同時に、見えない恐怖でもある。「型破り」とは、基礎から忠実に鍛錬してきた者にしかなし得ない。美智子さんがまとっている空気感は、明らかに温故知新を生き様として体現させているのだ。

本物の好相性とは

本物の好相性〜堺歩美さん物語4

ペンを手に取り「好相性とは何か?」メモ書き。そしてその下に、もう一行。「安心して同じ型に入れること?」自分で書いた文字を見つめる。違う気がする。もう一行書く。「型を壊しても成り立つ関係?」手が止まる。どちらが本物?

夜になり、オフィスはひっそりとしている。椅子にもたれ、天井を見上げる。

もしかして―――頭に浮かんだ考えを、すぐに否定しようとした。しかし消えない。《今探している枠の中に、本物はいないのではないか?》候補者が悪いわけではなく、この企画の問いに応えるものではない。そんな気がしてしまう。

PCを閉じた。このままでは特集が組めない。新しい視点を見出し活路を探さなければ。誰か、本当に「好相性」という言葉の意味を体現している人。美智子さんの温故知新という生き様に応えきれる人。

そう思った瞬間、スマートフォンが震えた。画面を見る。長女「育美」。また?連日は本当に珍しい。通話をタップする。

「もしもし?」

ほんの数秒の沈黙のあと、電話の向こうで育美の声がした。

その声を聴いた瞬間、胸に別の不安がよぎった。仕事の問題とは別の、もっと身近な――家庭の問題が、しめやかに深まり始めていた。

#幸せ
#長女
#龍
#薬膳
#好相性

間。〜堺歩美さん物語3

間。〜堺歩美さん物語3

長女 育美から

15時。原稿の赤入れを終えてコーヒーブレイク中、スマートフォンが震えた。画面に表示された名前を見て、思わず手が止まる。長女 育美から。

珍しい。通話をタップ。

「もしもし」

「ママ?」

外にいるらしい。風の音が混じっている。

「どうしたの?今、どこにいるの?横浜?」

育美はすぐに答えない。わずかな間を置いて返す。

「さっき、おばあちゃんから電話あった」

母だ。札幌から。

間。

「直美のこと、心配してた」コーヒーカップを机に置く。

「もうやるべきことは全部終わったよ。弁償もしたし、警察も店の人も初めてだろうって」

事実。電話の向こうで、育美がかすかに「うん」と言った。

「それ、直美にも言った?」

「言ったよ」

「そっか」

少し沈黙が流れる。育美が続ける。「あとね」

「うん?」

「昨日、直美からLINE来た」

なぜだろう?息がつまる。呼吸が2拍ほど止まる。

「なんて?」

育美は息を吸ってから言った。

「一言だけ」

間。育美にも言いにくいことがあるのだろうか?

「ママらしい」

「ママって、怒らないよね」

は?拍子抜け。間を空けて言うような重要なこと?育美には言いにくいことなの?なぜ直美は私にも言ったことを重ねて育美にも?

電話の向こうで、風が強くなる。

「それだけ?」

「うん」

また沈黙。育美の苦笑う気配。

「なんかさ」

「なに?」

「直美、怒られると思ってたっぽい」

・・・・・・・・。育美が続ける。

「でもママ、怒らないじゃん」

その言い方に、なんとなく引っかかる。

「怒る必要ある?弁償したし、初めてだし。怒ったって何も解決しない」

育美の渇いた笑い。「ママらしい」

その言葉が、心に雪が降り積もるように落ちた。

編集企画会議

17時。予定されていた会議。外舘美智子さんの特集記事の件。

「料理ページなのに、生活欄から反響が来てます」
「健康系の読者層も動いてます。創刊以来のダントツレビューです」
「『説明されていないのに腑に落ちる』って、同じ言い回しが多いですね」

想定外の反響に、どう特集をつなげていけばいいのか?ひとまずは、美智子さんに相性がよさそうな候補をあげてみることに落ち着いた。

直美との件は、今は切り離した方がいい。集中しよう。

正しいかどうか〜堺歩美さん物語2

私自身、正しいかどうか?かなり長期にわたって重要視してきた判断基準。

根底にあるものとは・・・。

触れない朝

警察署から帰宅した翌朝、次女 直美はいつも通りに起きてきた。平坦な声で「おはよう」

トーストを焼きながら返した。「おはよう。大学は?」

「行く」

・・・・・・。昨夜のことには触れない。触れても触れなくても、日常は変わらない。触れたところで、何のメリットがあるというのか?コーヒーを注ぎながら、考え振り返る。

謝罪は済んだ。弁償も済んだ。大学側への連絡も確認した。警察からの注意も受けた。今後同じことが起きないよう話もした。やるべきことは、すべて終わっている。何が足りないというのか。

無言の朝食後に

無言の朝食後、直美が机をバンと叩き席を立ちかけ、ふいに言った。「ねえ」

私は顔を向ける。

「ママってさ、本当に絶対に怒らないよね」

昨夜と同じ言葉。昨日言ったことを覚えていないのか?

「怒る場面じゃなかったから。しかも怒ったって何もいいことないじゃない」と返した。

直美は片側だけ口角を上げ、コーヒーカップの縁を指でなぞりながら、笑った。「そういうことじゃない」

正しいかどうか

その一言が、重々しく空気を変えた。長い沈黙が続く。

正しいかどうか〜堺歩美さん物語2

指を机でトントン鳴らしたり、体を震わせながら「ママって、いつも正しいよね」

うなずきかけて、止まる。正しいかどうかは分からない。ながらも、間違えないよう心がけてきた。

直美は続けた。「私が何考えてるか、訊こうとしないよね」。

言葉がすぐに出て来ない。聴く必要があるなら、訊く。今まで「訊いて欲しい」と言われたことがなかった。とはいえ何をどう訊けばいいのか、分からない。直美は、何を訊いて欲しいのか?

直美はそれ以上何も言わず、玄関を出た。ドアが閉まる音が、やけに大きかった。

助ける側の記憶

昼休み、札幌の母 麻由美に電話をかけた。昨日から今朝のことを話す。母は聴いてから―――

「あなたは昔から冷静だったものね」

悪い意味ではないと思う。

「歩美が慌てるところ、見たことないわ。」

私は笑った。「慌てても、仕方ないし」

母は少し黙った後、ポツリとこぼした。「お父さんが亡くなった時も、あなたは泣かなかったものね。」

あの時は、そうするしかなかった。「歩美はしっかりしてるね」父の言葉からも、私の強みだと受け止めている。

「助かったわ。あなたがいてくれて。」

母の声は、感謝だった。ながらもその言葉に、なんとなく些細な違和感が混じる。

《助かった》のか。私は、「助ける側」だったのか。

「分からない」

電話を切った後、机の上の原稿に目を落とす。文字は整っている。構成も問題ない。しかし朝の直美が言った言葉が、脳裏をよぎる。うまく切り換えきれない。

「私が何考えてるか、訊こうとしないよね。」

私は、聴こうとしていないのだろうか?それとも、どう訊けばいいのか、分からないのか?訊いたところで、何がどうなるのか?初めて思う。

今――、何を感じているのだろう?答えが出ない。理由も分からない。「分からない」ということがあるのだと、初めて知った。

#幸せ
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言葉につまる夜〜堺歩美さん物語1

言葉につまる夜〜堺歩美さん物語1

青天の霹靂

「娘さんが、万引きで保護されています。できる限りお早めに、こちらの署へいらしていただけますか?」

警察から電話があったのは、飯田橋の編集部で校正を確認している最中だった。

まさに青天の霹靂で、何の冗談かと意味が分からなかった。大学生の次女 直美は、静かで手がかからない子だと思っていた。

私は席を立ち、必要な連絡を済ませ、中央線に乗った。車内はいつも通り混んでいた。
誰も動揺していない。私も、動揺していないはずだった。怒りは湧かなかった。悲しみも、焦りも。

事実を処理する段取りを考えていた。怒るべきだろうか、と一度だけ考えた。まずは、店に謝罪し、弁償し、今後の手続きを確認する。それが私の役割かつ、正しい母親の対応。

私が立たねばならない

吉祥寺に着く頃、ふと、札幌の冬を思い出した。父が死んだあの夜も、私は同じように段取りを考えていた。母が抱きしめ号泣する中、私は泣かず立っていた。「歩美はしっかりしてるね」父の言葉が、今も体のどこかに残っている。

私は堺歩美、47歳。出版社の編集部長として、企画やインタビュー・校正等を受け持っている。新聞記者だった父の死から、12歳ながら長女として家族を守っていくと決めた。高卒で進学のため上京し23歳で結婚したが、夫の浮気で34歳当時に離婚。夫からの援助なしで、娘2人を育ててきた。

23歳の長女 育美は、高卒で家を出て今は横浜市在住。何をやっているのか詳細を理解しかねるまま、日本中を巡っている。母 麻由美は地元の札幌にて、もともとは戸建てだったが私の上京の際にマンションへ引っ越した。

父の死は表面的には事故死だったが、何か知られてはならない禁忌事項を突き止め、解明しようとしていたに違いない。死ぬ前の父は、よく「もし私が死んだら〜」と語っていた。だからこそ私が立たねばならないと、気を引き締めてきたのだ。

言葉につまる

警察署で直美は、ずっとうつむいたままだった。電車の中で想定した段取りに基づき対応。

帰宅後、沈黙の中「ママって、絶対怒らないよね。」

「は?」と、本気で不思議に思う。怒る必要があるだろうか?まず謝罪と再発防止だ。父が死んだあの夜から、段取りを優先するようになった。突如言われた返答には、思いがあっても言葉につまる。

答えを探す。叱る?諭す?慰める?どれが正しい?

直美は私を見ている。その視線の意味を考えているうちに、今日が終わった。

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#札幌
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揺らがない火〜外舘美奈さん物語23

揺らがない火〜外舘美奈さん物語23

3年連続の三つ星

10年後。

三つ星、3年連続。発表の日も、厨房で知らせを受け取った。前年と同じ方針と流れ。火入れの秒数も変えていない。発表の連絡が入っても、仕込みの手を止めなかった。

世界の料理誌が特集を組み、海外の若手料理人が研修を願い出る。本場パリの怪物職人と並び、「フレンチ基準を変えた料理人」として名が挙がっている。競い合う気持ちはない。評価の軸が違う。

昔の私なら、違った。星を意識した瞬間、皿を寄せにいっていた。審査員が来ると聞けば、火を強め味を濃くし、印象を作ろうとしていた。周囲は好ましく評してくれるかもしれないが、今振り返って感じているのは隠したかった黒歴史で、だからこそ成長の軌跡と言えるのだ。

今はしない。なぜか?星を得たいがための料理をやめたからだ。星が増えたのは、待つと切り換えた年からだった。

証明から決断へ

10年前。舌ガンの告知。医師は3人とも切除を勧めた。私は拒否した。無謀だったかもしれない。その夜初めて気づいた。

私は料理を「愛していた」のではない。料理で「証明」していた。

母への反発。
業界への対抗心。
自分への劣等感。

それを燃料にしていた。それでは、永続性がない。いつか終わりが来る。舌ガンは、私にとって方向修正だった。

肥やしにする

自立具現化コーリングを1つに集約するならこの問い。

「それは、あなたが決めたこと?」

答えられなかった。

三つ星も、世界一も、誰かに魅せるための目標だった。ようやくそこで初めて、自ら決め直した。世界一を目指すのは、《私があきらめきれないから》だと。

母の影響も、過去の折り目も、病も、材料にすると決めた。否定しない。肥やしにする。

そこから具体的に変えた。

・メニューの回転数を減らした
・客単価を上げた
・SNS露出を止めた
・星狙いの演出を外した
・仕込みを分業にした
・重ね煮野菜はじめ、世の調理法を研究した

結果、初年度は売上が下がった。批判も来た。仲間に見切られるかもしれない。それでも戻さなかった。星がなくなるかもしれない不安が襲ってきた。それでも決断を曲げなかった。

2年後、星が増えた。

4年後、三つ星。

揺らがない

今は分かる。星は「狙った料理」には来ない。軸を打ち重ねた結果である。3年連続は、驚きではない。再現性があるから。誰が来ようと、同じものをお客様へおもてなすのだ。

舌は戻った。だが戻ったから星が増えたのではない。舌へのプライドを保ちながら、「私の自主・自立・自律とは?」を追究してきたからだ。私の中核と向き合ってこれた達成感がある。

母から、毎週野菜が届く。仲間と定期的に畑の手伝いへ行くようにしてから、さらに団結が深まった。彼ら全員が、独立しても立派にやっていけるレベルにある。引き抜きの誘いもあるだろう。堅く一緒に関わり続けてくれていることが、本当にありがたい。

振り返って思うこと。10年前の私が恐れていたのは、舌を失うことではない。自分の人生に納得できないまま料理を続けることだった。だから向き合った、真剣に。だから今、揺らがない。

三つ星3年連続も、本場の怪物職人と並ぶ評価も、10年前からの積み重ねの延長。今まで道を作ってきた。今日からまた始める。これからだ。

#幸せ
#野菜
#料理
#自分の人生
#魂
#フレンチ

伝統を読み解く〜外舘美奈さん物語22

伝統を読み解く〜外舘美奈さん物語22

体に沁むまで

畑へ向かう朝。手帳を確認して、母の畑へ向かう予定を組んだ。手順だけを知りたければ、本を読めばいい。体感しなければ分からないことがある。最優先に考えている以上、何としても母の生き様を読み解き、核となる奥義を体現していく覚悟である。体に沁むまで。

土の感触を確かめる。水分はどうか、硬さはどうか、日照の角度や時間はどうだったか。収穫の熟度はどう判断していたか。目で、手で、体で読む。干し野菜の重さや層の並び方、鍋に落とすタイミング——それらはすべて、母の判断基準による。その微差の根拠とは、机上の空論では分かり得ないのだ。

戻した干し野菜を出汁に落とす。温度、浸す時間、置き方。それだけで、手順の意味が浮かび上がる。頭で考えなくても、体が先に理解する感覚。手順をなぞるだけでは決して辿り着けない深み。

母の背中を見ながら思う。手順だけを身につけても意味はない。本当に消化するためには、判断の理由や環境まで読み解く必要がある。母のやり方を自分の体に取り込み、消化し、自分の生き方でアレンジして初めて、意味が成立する。

深みの体現

江戸時代から受け継がれてきた我が家の重ね煮の伝統。母は他のことに興味が湧かなかったのだろうか——。ふと、過去の記憶がよみがえる。5歳の祝いに作ったケーキを否定され、17歳で家を出て以来、一切帰らなかった日々。私のような気持ちが湧いたことがないのか?

今、畑の端で黙々と草を抜く母の背中を前に、疑問が自然と手や目に流れ込んでくる。何にこだわり、何を取捨選択してきたのか——。言葉にする必要はないと言わんばかり。ひたすらに黙し、作業を続ける母の姿に、長年の重ね煮思想を示しているように感じられる。

全てが母の意思の現れであり、過去の折り目を消そうとする必要もない。理解しようとするのではなく、体に刻まれた判断の流れを感じ、吸収する——将来の輝く私になるために。

もともと寡黙な母。私も、所作から読み解いていきたい。今日、畑で確かめたことは、フレンチの現場で生かせる。「温度」「間」「火入れ」の感覚として、手に残る。それは単なる技術ではない。母の哲学を、体と手で理解した結果だ。

母が受け継ぎ実践している伝統を読み解くのだ。深みは、ここでしか得られない。これこそが、世界一のシェフへの道を、確かな手応えとして示してくれる。


#ケーキ

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#5歳
#畑

分からないから、確かめる〜外舘美奈さん物語21

夜の厨房。母の特集ページを、何度も読み返している。「重ね煮」という調理手法について、他の文献も取り寄せ研究してきた。陰陽五行論を交えた「鍋の中の宇宙」という感覚等、理解が深まっている。重ね煮調理を経て、天日干しによって、メニューへの活用度が広がっていく。

分からないから、確かめる〜外舘美奈さん物語21

比較検証

母からの小瓶を開ける。重ね煮の干し野菜。根菜もきのこも形は崩れ色は沈み、野菜かどうかも分からない。母が作った小瓶の野菜と、本を読みながら作った私の野菜。違いを比較検証している。

言葉にできない違和感。どれも違う。私の野菜の味は、はじめ強いが、残らない。小瓶の野菜は、静かながら皿を置いたあとも残る。説明できない。もう一度、温度を変える、違う。塩を一粒、崩れる。どうやっても、外れる。

スタッフの仲間にも試食してもらったが、全員が迷わず小瓶を選ぶ。原因は、配分が読めないことではなかろうか?理由は、野菜の状態を知らないからだ。

・収穫時の水分や熟度
・土の硬さ
・日照時間や強さ

判断できる前提が、あまりに足りない。

手帳を開き、母の畑へ行く予定を組む。教わるためではない。条件を知るため。「母の味」ではなく、母が判断し決めていた環境をつかむため。

瓶を閉じる。まだ自信はない。だからと言って逃げない。私が追求しているのは、再現ではない。勘に頼らない。分からないから、確かめる。母がやってきたことを私の生き方で消化するのだ。

誠で、魂で

本場パリで、2世代にわたって3つ星を守り続ける本物たち。あの完璧な張りつめた厨房。1mmや1秒の狂いも許さない皿。まさに怪物、巨匠。

「私なんかじゃ無理」何度も思った。それでも、包丁は置かなかった。あきらめきれない。基準は3つ星。お客様に想像を超える感動を提供すること。評価ではなく、自分の誠で、魂で受け決める。これでいい。まだ届いていないだけで、嘘は混ぜない。

失敗ではない。まだ設計途中なだけだ。瓶を閉じる。畑へ行く。道はまだない。ならば、心の声に寄り添いながら創っていこう。

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私が決めたことだから〜幸せを全うする道

私が決めたことだから〜幸せを全うする道

ここまで読んでくださった方の中には、「結局どうすればいいのか?」と感じた方いらっしゃるかもしれません。今ここで何かを勧める気持ちはありません。

今年は特に、「基盤」をテーマとしています。周囲がどう評価しようと、一喜一憂することなく将来への準備を進めてまいります。

書いた文章を、改めて読み返してみました。何を表現したかったのか、さらにまとめてみました。あなたには、どのように伝わっているでしょうか?

結論は、「『私が決めたことだから』と言えるあなた」を思い出すこと。

本当にこれでいいのか?

この問いは、迷うために置いていません。何度も問い直し、戻ってきた場所を確認するために。どんなに素晴らしかろうと、ほぼすべてにおいて何らかの欠点があります。「49.9 VS 50.1」のような状況でも、決めなければならないことがあります。

決断力を鍛える秘訣は、迷い抜いた期間と情熱次第です。決めても、揺らぎます。「本当にこれでいいのか?」常につきまとうでしょう。「胆力=決めたことを正解とする力」は、今のご時世かなり尊ばれるのではないでしょうか?洗練していく力のことを、柔軟貫徹力と称しています。

疑うことは、素晴らしいとみなしています。私自身、自ら出した答えに対して、幾度も疑ってきました。疑って疑って疑って、「やはりこれしかあり得ない」と洗練されていくのが、確信です。確信に終わりはありません。

何でもやればいいのか?

私は『7つの習慣』に大いに救われました。できることは多いものの、やる価値があることは限られています。あなたの人生において、何がどのように価値があるのでしょうか?

・反応があるからやる
・理解されやすいから出す
・成果が見えやすいから続ける

陥りがちなのが、「木を見て森を見ず」。「経営者と社員では、意見が噛み合わない」と言われる理由です。多くの社員は、自らの持ち場において「これが重要」と考えています。経営者は、社全体や顧客との関係性において「これが重要」と考えています。

誰も雇っていない方でも、どちらかに偏ってはいませんか?「これをやる」と決めるより「これをやらない」と決めた方が捗ることも。

何でもかんでも、やれば進めばいいというものではありません。時には立ち止まってみるのもいいかもしれません。朝ドラに影響を受け、スキップしてみました。なかなかいいものですね。

決めていますか?

まだ決めていないふりをしていませんか?条件が整えば〜という逃げ道を残していませんか?重要な決断を適切に扱っていなければ、ツケが回ってきます。

あなたは「代価の先払い」という言葉、ご存知でしょうか?尊敬する松下幸之助さんは、6歳で奉公に出されたことを幸運だと言いました。理由は、人生において支払うべき代価が、誰しもにあるようです。早いうちから支払えたことがよかったというのです。

私の場合、決めているようで「曖昧に決めていた」「決めさせられていた」人生を送ってきました。振り返ってみれば、悔しく残念に思えることだらけです。だからこそ、他人の評価に翻弄される生き方にウンザリしています。だからこそ、「世の錨となる生き方」を志すことにしたのです。

自己納得感

大テーマ「幸せを全うする道」で伝えたかったのは、方法や正解ではなく、自己納得感(名前や役割を自分の意思で整理できた感覚)についてです。

・決めないまま、流れに妥協している
・誰かの正しさや価値観で、決めさせられている

どちらの場合も、あなたご自身の人生を生きている実感は薄れていきます。だから必要なのは、背中を押されることでも、答えを与えられることでもありません。

「『私が決めたことだから』と言えるあなた」を思い出すこと。

うまくいく保証も、失敗しない確証もありません。それでも、自ら決めた選択だけが、後から「納得」に変わります。

もし今、「考え続けている自覚があるなら」「決めきれない状態が続いているなら」ーーーそれは、あなたの人生を全うできる合図かもしれません。

#幸せ
#人生
#経営者
#6歳
#生き方
#魂
#朝ドラ

「決める」の重要性〜幸せを全うする道

「決める」の重要性〜幸せを全うする道

・休んでも疲れが戻る
・頑張っていないわけじゃない
・前に進んでいる感じがしない

これは体力等の問題ではない場合がほとんどです。これらの問題の原因が解決できれば、結果が望ましい方向へ転じていくのは当然です。

今回の話は、前回の原因にもなり得るのではないでしょうか?施術だけでも3万人をはじめ、多くの皆さんと向き合ってみての確信。

私が決めたことだから

多くの方は、疲れの原因を「年齢」「仕事量」「性格」に置こうとしますが、あなたの場合はいかがでしょうか?問題は決断の先送りか、扇動され決断させられる、「私が決めたことだから」ではない状態。

・決めきれない
・選べない
・もう少し考えれば分かる気がする

この状態が続くほど、エネルギーはじわりじわり削られていきます。ポイントは、メリハリです。常に緊急事態だと、体はON/OFFスイッチの適切なタイミングが麻痺してきます。

憑依体質の方への施術を通じて実感。憑依霊とも対話し、結果として成仏へ導いたことがあります。その霊の言い分は「こいつが『自分の人生を嫌だ』って言うから、私が代わりに生きている」です。ご本人が、「自分の人生への価値」を見出されたので、憑依霊も満たされたのです。

「『今は決めない』」という決断

決めないことは、何もしないことではありません。「現状を維持する」という決断を毎日繰り返しているのです。「『今は決めない』という決断」もあり得ます。違いは、目的やビジョンです。たどり着く先のイメージが曖昧な状況で「『今は決めない』という決断」は・・・。

だから
・疲れる
・重い
・回復しない
の3点セットがつきまといます。

宗教に関わっていた当時、多くの矛盾に打ちのめされていました。離れた方がいいと感じつつも、なんとなくの流れに妥協していました。正しさに生きていたので、できない自分を裁き疎外感を生み出す悪循環にハマっていました。

今思えば、『7つの習慣』を紹介している私を反動分子とみなしていただけたことに感謝しています。そうでなければ、「いつ離れる?」と離教を勧められることはありませんでした。

「離れたら地獄に落ちる」と脅かされ、恐怖ゆえに決めずにおりました。「地獄を解放することが役割だ」と言いながら地獄を恐怖と結びつける矛盾に嫌気がさしました。「宗教には頼っていられない。私が解放する」と覚悟を決め、今に至ります。

考えて確認

1人で考えること自体は、素晴らしいです。考え抜いた土台なしに下した判断は、簡単に周囲の言葉に流されます。1人でどんなに考えても、たどり着けない場所があります。かつ同時に、1人で考え抜いた形跡がないまま他者に問えば、判断はその場で埋もれます。

1人で考え続ける問題は、決めるつもりがないまま考えている場合が多いですが、あなたには当てはまりますか?ある程度決めきれたら、確認したくなるもの。理由は、独りよがり対策です。

よくやらかしてきた叱られシリーズの1つ「確認せずによかれと思って」。例えば分かりやすく、掃除を頼まれました。徹底的にキレイにしようと、時間をかけてじっくり真心の限りを尽くしました。結果、「時間をかけすぎだ」となりました。

学んだ教訓は、途中経過です。ある程度完了できたら確認して、さらに精度を上げるか?もうこれで十分か?判断を仰ぐことにしました。さらに、着眼点も訊くように心がけています。

一緒に可視化サポート

私が扱っているのは、人生を変える方法ではありません。

せき止めつまってしまっている環境から、「自ら判断し決めていいよ」と、あなたご自身に許可を出すこと。「何が分からないのかが分からない」を一緒に可視化サポート。

もし今、考え続けている自覚があるなら――それが合図かもしれません。

#感謝
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