序〜人間の起動前夜に

序〜人間の起動前夜に

噛み合わない感覚

最近、人が集まる場に身を置きながら、どこか隔離されたような瞬間を覚えることが増えました。場は穏やかで、会話も途切れていません。誰かが困っている様子もありません。それでも、私の内側だけがサーっと冷めていく感覚があります。

「つまらない」と言えば簡単です。「相性が悪い」と片づけることもできます。しかしそのどちらでもない感覚が、確かに残っています。そこにあったのは、私の主語が薄くなっていくような、自分がいようがいまいが、あまり関係がないように感じてしまっている状況。

盛り上がることはできます。場の空気を和らげることもできます。その役割を終えた瞬間、自分がそこに居る理由が、急に分からなくなるのです。あなたはいかがでしょうか?

この感覚を、個人的な疲れや年齢のせい、運気が下がっている等へ関連づけていくのもありでしょう。しかしどうしても説明がつきません。納得できないのです。

考え続けるうちに、1つの言葉が浮かびました。それが「起動前夜」という感覚です。

起動前夜

何かが始まっていないわけではありません。というより多くはすでに動いています。技術も、情報も、仕組みも、かつてない速度で更新され続けています。だからこそ高度経済成長期に見られたような、外側の豊かさと内面の置き去りが反比例する感覚が、以前よりも目につきやすくなっているように感じています。

能力や努力や成長の話ではありません。もちろん誰かが遅れているという話でもありません。人が本来持っているはずの

・感じ取る力
・受け止める力
・引き取る力
・「私はどう思うか」と立ち止まる力

が、使われないままになっているのでは?

今回、4分割構成で、違和感を整理するための記録としてのブログ化を試みています。誰かを起こすためのものでも、答えを示すためのものでもありません。

私個人において今はまだ夜で、夜明けは来ていません。しかし確かに空の色は変わり始めています。まさに人間の起動前夜。

そう感じたところから、この整理が始まりました。もしこの感覚を、あなたと分かち合えるなら幸いです。

土の匂いが促すもの〜外舘美奈さん物語20

定休日の非日常

定休日の朝。東京駅。昨晩、スタッフに最低限の伝言だけ残した。任せる、というより——任せられる範囲だけを、淡々と切り分ける。

新幹線の中で、胸の奥が跳ねる。「帰る」と言った。言ってしまった。それで現実化している。だから今日は、余計な言葉を増やさない。畑を手伝う。それだけ。

電車の窓に、自分の横顔が映る。昔の顔じゃない。なのに、昔よりも逃げ腰な自分がいる気がして、腹の底が無性にざわつく。

お迎え

改札を出ると、父が先に立っていた。背は少し縮んだ。けれど、立ち方は変わらない。

「・・・来たな。面影はちゃんと残ってるな。すぐに分かったよ」

「うん。畑、どこから?」

父は、言いかけて止めた。
「・・・手、洗ってからにしろ。朝露がまだ残ってる」

車の中は、必要な会話だけが続いた。畑の段取り。腰の調子。最近の天気。母の話題は、出ない。出さない。——出る前に、父の方が話題を切り替える。

家が見えた瞬間、胸の奥が少しだけ冷えた。冷えたというより、熱が一段落ちた。火を弱める前の、あの感じ。

土の匂い

土の匂いが促すもの〜外舘美奈さん物語20

畑に出ると、土の匂いが先に来た。懐かしい、ではない。正しい匂いだと思った。理屈じゃなく。土の匂いが、考える前に膝を折らせる。

母は、すでに端で草を抜いている。背中しか見えない。あの背中は、ずっと記憶の中で固まっていたが、今日は動いている。

「・・・遅い」

声が飛んできて、私は手袋を受け取った。謝りもしない。言い訳もしない。かわりに、畝に膝をついた。

草を抜く。土をほぐす。根を切らないように、ゆっくり引く。作業は単純だ。単純なのに、呼吸が整っていく。私が厨房でやっていることと、似ている。余計な確認が消えていく感じ。

母が、隣の畝へ一歩ずれた。それだけで、距離が変わった。近づいたのではない。重ならない位置が、自然に決まった。

「手、速いね」母が言った。褒めでも評価でもない。観察に近い。

「店で、こういうのもやるから」それだけ返した。

重ね煮も、特集も、封書も言わない。言った瞬間、畑が別の場所になる気がした。

台所の蓋

昼前、母が言った。「1回、上がれ。水飲め」

台所に入ると、鍋が火にかかっていた。母は迷いなく、火を弱め、蓋をした。蓋が閉じる音が、やけに響く。——母においては淡々と、日常の中で決まる音なのだろう。

湯気が、蓋の縁から薄く漏れる。自然とその温度を見ている。嗅いでいる。料理の言葉じゃないのに、分かる。幼い頃に、見ていた風景。体に沁み込んでいた記憶がよみがえって来る。

母は、お茶を置いて、私の手元をチラッと見た。爪の間の土。指先の傷。

「無理すんな。今日は帰るんだろ」

「うん。夜、店がある」

「そう」

それで終わった。会話としては短いながらに、妙に減らせないものが残った。

帰り支度の時、母が小さな瓶を差し出した。梅でも味噌でもない。干し野菜。

「持ってけ。店で使うなら、好きにしろ」

私は受け取って、頷いた。礼を言う言葉が喉まで上がったが、形にしなかった。言った瞬間、「和解の始まり」みたいな匂いが混ざるのが嫌だった。

手順だけを進めた

駅へ向かう車の中、父がハンドルを握ったまま言った。

「・・・母さんな。最近、——」

そこで、父は止めた。止めたこと自体が、情報だった。

私は窓の外を見たまま、「うん」とだけ返した。「聴く準備がある」という意味の、最小限。

改札の前で、父が言う。「また、畑。手が要る時は言う」

「うん。店の定休日なら」

電車が動き出す。もらった瓶が、膝の上で揺れる。

まだ言っていないことは山ほどある。でも、今日の私は、逃げなかった。宣言もしなかった。——手順だけを進めた。

店に戻れば、また火を入れる。けれど今夜は、包丁より先に、土の匂いが手に残っている。

温度と間が伝わる形〜外舘美奈さん物語19

完全にノーマークだったフレンチが、候補打診へ。『昔ながらの重ね煮思想が、現代の料理にどう受け継がれているか』というテーマにどう折り重なっていくのでしょうか?

翻訳事例としての成立

編集部の会議は、報告から始まった。担当は資料を置かず、結論だけを先に言った。

「候補扱い、終わりでいいと思います」誰も「どんな味だった?」とは問わない。
訊いた瞬間、話が平らになる。編集部が欲しいのは評価ではなく、次号テーマに対する「翻訳事例としての成立」だった。

編集長が一言だけ返す。「理由は?」

温度と間が伝わる形〜外舘美奈さん物語19

担当は、言葉を選ばなかった。選ぶ必要がないからだ。「思想を掲げていないのに——揃ってます。説明じゃなく、実践として。——読者が分かったつもりで終わらない、温度と間がしっかり伝わる形がイメージできました」

会議室に、短い間が落ちた。沈黙は躊躇ではない。ここで熱を入れた瞬間に、宣伝が始まってしまうからだ。

本格打診

編集長が、視線を上げずに言う。「取材依頼に切り替える。ただし、言いきらない文面で」

「言いきらない?」若手が反射的に訊いた。

編集長は顔を上げた。「確信したと言い切ると、こちらの物語になる。薄まる。こっちは、事実として手順を踏むだけ。相手が断れる余白を残す」誰かのメモをとる音だけがした。

封書の文面は決まった。熱は入れない。褒めない。煽らない。目的はただ1つ——関係を壊さずに、打診する。本格的に。

同じ夜、もう一通も用意された。地方の寄稿者宛て。外舘美智子。次号テーマの意図と、編集部が探している「看板ではない翻訳事例」について。

封筒が2つ並ぶ。担当者の1人がポツリと一言「次の一手次第なのは、たぶん相手じゃなくて、こっちです。」

会議は終わった。ここからが始まりだ。

必要な手順

私の元に、再度封書が。今度は本格的な打診。予感していたことが現実になってしまった。龍先生に相談し、着実に解放を進めてきた。実現するか未定だったにせよ、心がザワつくことを問題だと解釈しておいてよかった。

40年の隔壁を重く感じていたが、そうも言っていられない。必要な手順だけを先に進めよう。編集部には受領の一文だけ返し、何か動きが起きる前に帰省した方がいいかもしれない。今週末は店が埋まるから無理だ。帰るなら定休日。日帰りで畑を手伝うだけ——。

心を落ち着け、実家へ電話。「今度、帰る。畑、手伝うよ」
父「・・・急だな。店は?」
「大丈夫。日帰りで開店には間に合わせるから」
(奥で母が何かを落とす小さな音)
父が一瞬黙り、すぐ咳払い。「・・・分かった。駅まで迎えに行く」

#幸せ
#瞑想
#父
#畑
#フレンチ
#帰省

出せない名前〜外舘美奈さん物語18

今回は、母 外舘美智子さん。主人公ではありませんが、今回に限り美智子さん視点で書いているので、「私=美智子さん」です。

自然との調和の中に

畑の端で、最後の草を抜いた。手袋を外すと、指先に土の匂いが残る。水を一杯飲んで、台所に戻った。今朝の朝食用に、自家菜園の庭から収穫したばかり。今日は大根と人参が甘い。葉物は少しだけ苦みが立っている。季節の変わり目だ。

包丁で切り、野菜たちの層をつくる。鍋に重ね、塩をひとつまみ。火を入れる前に、いったん手を止める。重要なのはタイミング。鍋の中の食材たちに、どうして欲しいか問いかける。暮らしは、自然との調和の中にある。

朝食後、主人と散歩に出かけることを日課としている。まもなく米寿を迎えるが、100歳を超えても元気でい続けたい。だからこそ日々の活力を、自然の恵みからいただいている。無理をせずに、続けられる形で続ける。

封書の温度

ポストに入っていた封書が目に止まる。封筒は都内の出版社。季刊のコラム連載で、何度もやり取りしてきた編集部だ。台所の隅で、封を切る。紙がすべる音。

文面は丁寧で、余計な熱がない。

・先回の4ページ特集への反響が想定より大きいこと。
・次号以降の構成を検討していること。
・「思想が看板としてではなく、実践として染み出している翻訳例」を探していること。
・現時点ではまだ検討中で、編集部側でも確認を重ねていること。
・もし差し支えなければ、打ち合わせの時間をいただきたいこと。

褒め言葉や称賛はない。続けるための用件だけが、淡々と並んでいる。それが逆にありがたい。続けるための言葉は、いつもこういう形でいい。

先回に限り、コラムと追加で4ページの特集。何を書けばいいのか迷ったが、編集部の助言があって形にできた。読者目線と私の主張を噛み合わせてもらえたことに感謝している。

出せない名前

出せない名前〜外舘美奈さん物語18

手紙を読み終え、折り目に沿って畳む。その時、胸の奥が疼き出す。理由は、言葉にしたくない。しかし、分かってしまうのが本当に厄介だ。

——あの子のことは、出せない。出さないのではない。出したら、余計なものが混ざる気がする。暮らしの話が、別の話になってしまう。私が残したいのは、意味ではなく、手触りだ。温度だ。

鍋の火を見ていれば、それが分かる。火は嘘をつけない。こちらの揺れが、そのまま湯気に出る。味に直結する。

砂時計の砂が落ちきった。火を止める。湯気が上がる。鍋の中で、野菜の層がゆっくりほどけていく。

返事を書く前に、今日の味を確かめよう。焦って決めない。私にできることが何なのか——それは、頭で決めるより、舌と体で確かめた方がいい。

暮らしの中で続いてきたものは、今日も同じように、静かに続いている。

あとがき

次回も、編集長視点です。スタッフに確認させ、Goサイン。

#感謝
#収穫
#鍋
#季節の変わり目
#幸せ
#畑

残るか薄まるか〜外舘美奈さん物語17

次回の主人公予定。美奈さん愛読誌の編集長 堺歩美さん。現段階では主役でないので、「編集長」という呼称に留めます。

都内某社の会議室 残るか薄まるか〜外舘美奈さん物語17

水面下の編集室

都内某社の会議室。机の上には、反響の集計と、読者の短い声をまとめた資料が並んでいる。編集長は、ページをめくらない。めくる必要がない、という顔つき。

「・・・想定より、出てる」皆が短く息を飲む。

これは単なる成功の話ではない。次の一手を間違えたら、全部が薄まる。それだけは避けたい。その感覚だけが、全員の間に共有されていた。

反響の中心は、例の外舘美智子さん特集4ページ。江戸時代から続く暮らしの重ね煮――。毎回1ページのコラム連載しているが、地味だったはずのものが、今回は妙に刺さっている。

「料理ページなのに、生活欄から反響が来てます」
「健康系の読者層も動いてます」
「『説明されていないのに腑に落ちる』って、同じ言い回しが多いですね」

翻訳事例を探す

次号の会議で決まったテーマは——『昔ながらの重ね煮思想が、現代の料理にどう受け継がれているか』。翻訳事例を探さなければならない。

看板を掲げる人を集めても、記事が予定調和になる。編集長は言葉を選びながら、方針を置いた。「説明より、染み出している事例を拾いたい」

候補は出た。
・精進寄りで『整える食』を看板にしている料亭板前
・マクロビで陰陽を語れる料理教室講師
・薬膳・陰陽五行を前面に出す薬膳料理家
・発酵で『腸と暮らし』を謳う発酵マイスター

どれも正しい。けれど、読者が読んだ瞬間に「分かったつもり」で終わってしまう。ページが平らになる。

不発の確認

担当が、候補先を回った報告を淡々と並べる。「悪くはないです。ただ・・・記事の芯が立ちません」誰も反論できなかった。《芯が立たない》という表現があまりに的を得ているからだ。重ね煮という思想を、活きて実践する形に翻訳されている事例が欲しいのだ。「分かったつもり」では終われない。

その時、控えめな声が上がった。元番組制作に縁があるという新人スタッフ。「1つ、気になる店があります」

編集長が顔を上げる。「和食?」

「いえ。フレンチです」

会議室に、抵抗が走る。重ね煮。伝統。暮らし。フレンチは、最初から枠外だったはず。

「はい、ノーマークです。候補ですらありません。だからこそ、あげるつもりはありませんでした。ながらも何となく引っかかっているのが、当時のカメラマンのオススメです。『あそこは他と一風変わってるよ』って。どう変わってるのか、確認の価値ありませんか?」

編集長は、すぐには頷かなかった。ただ、その一言が、妙に引っかかる。

封書という打診

「どう変わっているのか、確かに興味深いわね。その方に詳しく訊けるかしら?どちらにせよ、取材依頼はまだしない。まだ何も言い切れないから」編集長は決めるというより、整えるように言った。

「最新号を一冊。参考程度の打診。それと——この一行だけ添えて」メモは短く、問いだけ。『昔ながらの重ね煮思想が、現代料理にどう受け継がれているか?』

余計な熱は入れない。確信がない時ほど、文章は無機質がいい。確信がないからこそ、封書の中身は打診だけに留める。

封筒が閉じられる。「ここで急いだら、全部が宣伝になる。残るか薄まるか――この一手は間違えられない」全員の顔が引き締まる。

「だから、先に確かめる。まずは食べてみよう。言葉は、そのあとでいい」

あとがき

次回は、事のきっかけを生み出した、母 外舘美智子さん。4ページの特集記事が予想以上に好評で、特集の続編を企画中。美智子さんは、今回の出来事をどのように受け止めているのでしょうか?


#幸せ
#料理
#フレンチ
#和食
#薬膳
#龍

主張せずも残るもの〜外舘美奈さん物語16

16・17・18と、ある3人の視点から書いてみます。まずは、主人公 美奈さん。

客層の変化

店の営業は、変わらず続いている。予約は埋まり、キャンセルも少ない。特別なことはしていない。メニューも、仕込みの流れも、以前と同じ。

それでも最近、1つだけ、微妙な違和感。客層が、少しずつ変わっている。

派手さはない。だが「料理が好き」というより、「何かの確認に来ている」ような人が増えた。写真を撮らず、質問も少なく、静かに食べる。帰り際も饒舌ではない。「美味しかったです」と短く言い、深く会釈して帰っていく。

評価とも、称賛とも違う。観察に近い視線。

似ている空気

仕込みの最中、スーシェフの悠太が、ふと口を開いた。「・・・前にも、こういう空気、ありましたよね」

「どの時?」包丁を動かしたまま、少しだけ眉を上げた。

「TVの人が来た時です。『プロフェッショナル』の話が来た頃」

手が、一瞬止まった。

確かにあの時も、正式な取材依頼が来る前に、同じような客が増えていた。
・名刺を出さない人
・肩書きを言わない人
それでも、厨房の動きや、皿の温度、間のとり方を、やけに見ていた。

「・・・似てる?」

「はい。取材って感じじゃない。でも、明らかに『見てる感じ』です」

私は、小さく息を吐いた。「気のせいよ」

そう言いながらも、内側では否定しきれない。

数日後、店に一通の封書が届いた。差出人は、都内の出版社名。その名前を見ただけで分かった。私が長年、季刊で読み続けている出版社だ。先日の母の特集記事で釘付けになった。料理だけでなく、暮らしや思想を扱う、そんな少し硬派な編集部より。

中身は、取材依頼ではない。丁寧な挨拶文とともに、「参考までに」と一冊の雑誌が同封されている。母・美智子がコラム連載している、あの季刊誌の最新号だ。

錯綜

主張せずも残るもの〜外舘美奈さん物語16

ただ一箇所、鉛筆で小さく記されているメモ書き。「昔ながらの重ね煮思想が、現代料理にどう受け継がれているか?」

営業後の夜の厨房。灯りを落とす前に、しばらく立ち尽くす。場は、動いているように感じる。理由は分からない。

重ね煮思想とフレンチ。あり得ないはずなのに、否定しきれない。ページをめくると、母の毎回のコラム記事の一文が目に入った。

——料理は、主張しなくても、残る時は残る。

今までの師匠たちも、同じようなことを語ってきた。その意味を、理解したつもりでいた。でも今は、《理解したつもり》では済まされない。噛みしめるほど重くのしかかってきて、息が止まり、頭が真っ白になった。

スイッチに手を伸ばす。厨房の灯りが、1つずつ消えていく。鍵をかけ、外へ出る。夜の空気は、驚くほど澄んでいた。

あとがき

次回は、主人公 美奈さんは登場しません。「封書が送られた経緯」について。美奈さんの周囲で起きている水面下を追います。

#営業
#フレンチ
#幸せ
#人生
#料理
#セッション

無名の訪客

散歩から帰ってきた奥さんと
「ただいま」「おかえり」
何気ない日常のひととき。

この靴、誰? 無名の訪客

日常にある疑問の境界線

ごく当たり前で、普段は意識もしない安心感。もしここで、まったく知らない誰かが勝手に玄関から上がり込み、勝手気ままにくつろぎ始めたらいかがでしょう?

一瞬で空気が変わります。異様で、落ち着かない状況へ。

「奥さんと私」という関係性が、顔と名前が一致して信頼構築できているからこそ、何の問題も起こらないのです。

名前とは、「あなたは誰ですか?」を明確にするための、必要最低限かつ極めて重要な識別情報です。

生まれた瞬間からの戦争孤児など、誕生日が分からない方もいらっしゃいます。知人のNさんは、親御さんのご縁担ぎか分かりませんが、誕生日を1日ずらして出生届が出されています。出生時間がほぼ同じ双子も、明確な区分けが曖昧になってしまうようですね。

現代では、性別の区分も多様になり、性転換手術の話を耳にする機会も増えました。

それでも——名前なしには、存在さえできません。存在するためには、何らかの名前が、必ず必要になるのです。

誰 ?

この感覚は説明が極めて難しいもの。

・姿は見えているのに、誰なのか分からない。
・人であることは分かるのに、特定できない。

だからこそ、不安になります。

あなたは、S.スピルバーグの映画『激突』ご存知でしょうか?主人公は正体不明の巨大なトラックに追われ続けます。運転手の顔は、ほぼ映りません。目的も、理由も、一貫して語られません。

それでも、確かに「誰かがいる」ことだけは分かります。観ている側が感じるのは、恐怖そのものよりも、相手を特定できない不安です。

誰なのか。
なぜなのか。
話し合い、理解し合えるのか。

分からないまま、距離だけが縮まっていくのです。

実在する透明人間

顔も、年齢も、性別も曖昧な存在は、敵でも味方でもなく、判断のしようがありません。名前のない存在とは、実在する透明人間のようなもの。怖いのではなく、関係が結べないから、落ち着かないのです。名前を知り、誰かが理解できれば、途端に落ち着けます。

名前がない存在は、
・善悪を決められず、
・距離も測れず、
・信頼も築けません。

だから多くの方は、「誰?」と問わずにはいられないのです。

ここが、今回の要点です。名前とは、安心のために付けられたものでも、管理のための記号でもありません。信頼関係を結ぶために必要な、最小単位の情報なのです。

「人生最も価値あるものは時間」よく言われます。確かにタイミングは超重要です。A.カーネギーがナポレオン・ヒルに話を持ちかけた時、ストップウォッチで計っていた逸話は有名ですね。視点を変えるとその出会いもやはり、名前があるからこそです。名前なしには、お誘いの声もかけられません。

2025年も大詰めを迎えてまいります。今だからこその節目に「あなたという存在価値」を、改めて振り返ってみるのもいいのでは?


#トラック

#幸せ
#誕生日
#人生
#散歩
#双子

成立してしまった日常〜外舘美奈さん物語15

今回、大いにこだわったのが自動化(オートメーション)。核を徹底的に本質化してしまったため、美奈さんのOS自体が変わっています。

「当たり前だと考える基準」が変わってしまう以上、さも以前からずっとそうだったかのような錯覚することがあります。

その中でも【慕わしさと冷徹の共存】。彼女には《世界一のシェフになる》志があります。

自動化された朝

朝の仕込みは、いつもと変わらない。魚の状態を見て、包丁を入れ、火を入れる。判断に迷いはない。それどころか、最近は余計な確認をしなくなった。手際が、恐ろしいほどに速くなっている。

前なら、「これで合っているか」を何度も確かめていた。今は、手が勝手に動いている。恐ろしいほどに変化しているが、怖さはない。ただ、不思議な静けさがある。やはりエネルギーなのだろう。私だけでなく、スタッフ全員がそうなのだ。エネルギーの浸透。彼らを見ていて、改めて威力のすさまじさに驚いている。

思考を経ない判断

店に立っている間、ほとんど何も考えていない。考えなくても、降りてきている。新たなメニュー、火入れのタイミングやソースの加減等、理路整然と大きな幹線道路が敷かれたかのようだ。指示も、修正も、声を荒げることもない。必要なことだけが、必要なタイミングで起きる。

以前の私なら、こうした状態を「集中している」「調子がいい」と呼んでいたはずだ。今は違う。集中している、というよりも余計なものが消えているに近い。さもずっと前からそうやってきたかのように感じてしまっている。

夜、店を閉めたあと、厨房に一人残った。火を落としたコンロの前で、しばらく立ち尽くす。何かを考えようとしたが、考える理由が見つからない。問題は起きていない。不安も、焦りも、ない。カレンダーに「◯/◯、ガン検診」と書いてあるのを見て、私はガンにかかっているという事実を思い出す。

龍先生の毎回の対話では、まさにワープしてしまったかのような変化が起きている。当初に言われていたとおり、ガンの寛解が現実的な通過点に思えてきている。波紋の話が非常に印象深い。

「池に石をボチャンと投げ入れたら波紋が広がります。潜在意識においては、波紋の距離って物理的な時空管理ではありません。石の大きさは思いの規模、投げ入れ方は興味関心ある世界との向き合い方です」

驚異的な成果が出ているということは、見合った相応の原因が作られている。しかしともすれば、変化する前の状況を忘れてしまっているくらいなのだ。現状への問題意識を明確に持っていなければ、違いに気づくことなんてないかもしれない。

──改めて意識を向けている。私は、何をしなくなったのだろう?そう思った瞬間、答えが浮かんだ。

説明が消えた地点

自分を説明すること を、しなくなったのだ。必要なくなっており、あってもなくてもどちらでもいいのだ。ない方が頭の中がスッキリするため、置いておく必要がないのだ。

・解説〜誰かに分かってもらうための言葉。理解の範疇をすでに超えている。
・釈明〜正しさを証明するための理由。誤解されようが気にならなくなっている。
・選択の正当化〜選択を安心させるための物語。もはや私自身を納得させる必要がない。

だからといって、満足しているわけでもない。幸福だと断言できるほど、単純でもない。ただ、生きることが止まらずに回っている。慕わしさと冷徹の共存。

それだけだ。

ふと、母の記事のことが頭をよぎった。評価でも、称賛でもなく、「そこにあり続けていた」という事実。

あれと、今の私は、どこか似ている。語らなくても、成立してしまう。押し出さなくても、残ってしまう。そのことに、初めて気づいた。

帰り際、身支度を整えながら、悶々とした気持ちがとめどもなく湧いてくる。母との対話にこそ、あらゆる解決への秘訣が込められているように思えてならない。しかし、今ではないような気もしている。

まだ、何も決めない方がいい気がしている。分からないままでも、状況が整えられ進んでしまう気がしている私がいる。それが、今の位置なのだ。

厨房の電灯スイッチ。 成立してしまった日常〜外舘美奈さん物語15

店の明かりを落とす。外は静かで、風もない。鍵を閉め、振り返らずに歩き出した。次に何が起きるかは、まだ分からない。だが、分からなくても崩れない私になれている。

#エネルギー
#カレンダー
#変化
#思考
#幸せ
#寛解

AIは人間の価値を奪うのか?

AIは人間の価値を奪うのか?

以下の内容は、価値提供ではなく、価値観表明です。あなたに何か押し付ける気持ちは微塵もありません。不要だと思われるなら、どうぞスルーしてくださいませ。

AIの大躍進化

AIの大躍進化が止まりません。最新モデルが公開される度に、「人間の仕事はどうなるのか」「自分の価値は残るのか」という問いが、以前よりも現実味を帯びて迫ってきています。あなたにおいてはいかがでしょうか?

この問いに対して、世には大きく2つの反応があります。

1 「AIは脅威だ。だから急いで学ばなければならない」という焦り。

2 「AIは便利な道具だ。うまく使えばいい」という楽観。

私には、どちらも本質を避けているように感じています。あまりにもったいない。

AIが奪っているもの

結論。AIが奪っているものは、価値ではありません。AIが奪っているのは、これまで私たち人間が「価値だと思い込んできたもの」。細かいかもしれませんが、決定的な違いです。

・知識を多く持っていること
・速く、正確に作業できること
・正解を出せること
・最適な選択肢を提示できること

これらは長い間、「専門性」「能力」「市場価値」と称されてきました。今、AIはそれらを人間よりも速く、安く、安定してこなしています。これは敗北ではありません。役割終了の節目。

昭和初期の時代、電話交換手という職業がありました。電話が直通できるようになったので廃業へ。鉄道会社の切符切り担当者も、Suicaの開発以降、廃業に至りました。

評価制度の転換期

これまで多くの皆さんは、「何ができるか/持っているか(DoやHave)」で自らの居場所を作ってきました。だからこそ

・自分より速い存在
・自分より正確な存在
・自分より知っている存在

が現れると、不安になります。いったん距離を置き冷静に考えれば、それは人間の価値自体ではなく、価値を証明するために使ってきた手段です。AIは、その手段を不要にしただけ。あらゆる評価制度は、世界規模で根本的に変わらざるを得なくなります。

なぜなら、誰がやっても同じような成果を出せてしまうからです。現行の評価制度は、ほぼ機能しなくなりつつあります。

AIにできないたった1つ

AIにできないこととは何でしょうか?

創造性?感情?倫理?どれも部分的には、すでにAIは触れ始めています。どうしても越えられない一点。それは決めること。

AIは選択肢を出す。
AIは最適解を示す。
AIは結果を予測する。

しかしーーー

・それでも「これ」を選ぶ理由
・損をしてでも、やる覚悟
・失敗しても、引き受ける決断

これだけは、AIには生成できないのです。私はマンガによって多くを学んできた自負があります。例えばーーー。

総合格闘技の試合において、長時間持ち堪えきれない主人公。相手も弱点を見抜きます。結果、消耗戦に持ち込まれます。

それでも主人公は、ある「理由」によって限界を越えます。自分が勝ったら、手術を恐れている男の子が勇気を出して手術を受けると約束していたからです。限界を超えていくプロセス描写が見事で、感動し涙がこみ上げてきました。

勝てそうにない強敵に立ち向かい、相手に「完敗だった」と言わせる。能力そのものではありません。引き受けた理由が、人生の枠を深め広げ得るのです。

人間の本来の価値

AI時代において、人間に残る仕事は何でしょうか?それは書くことでも、売ることでも、分析することでもありません。決めることが、なぜ重要なのでしょうか?

・何を大切にするのか
・どこまでをAIに任せるのか
・何を自分の人生として引き受けるのか

この「決める」という行為には、「50.1:49.9」のような僅差な場合だって起こり得ます。必ず責任と覚悟が伴うのです。だからこそ、人間にしか、あなたにしかできません。

だからこそ、これからの時代は決断力と胆力(決めたことを正解にする力)だとみなしています。あなたの人生において、あなた以外の誰かに主導権を渡してはなりません。AIや他人がいかに素晴らしかろうとも、あなたの人生を華やかに劇的に魅せるための脇役なのです。

AIは鏡

AIの進化によって、快適さが格段に増します。便利で簡略化される分、言い逃れが厳しくなります。「できなかった」「時間がなかった」「調べられなかった」そうした理由は、すべてAIが肩代わりできるから。残る問いは、ただ1つ。

いったいあなたは何をどう生きたいのか?

繰り返します。AIは人間の価値を奪いません。価値だと思っていた幻想を剥がします。だから怖いのです。AIが映しているのは未来ではなく、あなたご自身の鏡であり「心の空白」なのかもしれません。

その空白を、表面的な恐怖や妥協で埋めるのか?他人の答えで埋めるのか?内から湧き出てきたあなたご自身の言葉で埋めるのか?

AI時代とは、人間がもう一度「自分の人生を選び改める」時代なのです。

#幸せ
#感謝
#マンガ
#手術
#人生
#自分の人生

言葉にできない確かさ〜外舘美奈さん物語13

佳境に入ってきました。次回の主人公も決めています。今回の続編です。フィクションですが、極めてリアリティにこだわっています。現実味を帯びていないスピ系な雰囲気や矛盾した関係性を、極力排除しようと努めています。

説明不要なくらいに人生が成立

先生との対話が始まって、約3か月。もう以前と同じ私ではない。変化は、疑いようもなく起きている。

先日の検査では、腫瘍が2mm縮小していた。むくみが大きく取れ、鏡に映る顔は別人のようだ。眠る前には、理由の分からない充実感があり、朝は、体の奥から静かに立ち上がる爽快さがある。仕事を終えて帰宅し、朝になったら家を出て、店へ向かう。そんな日常の1つ1つが、妙に瑞々しい。

この変化を、私はお金にも名誉にも換えられないし、変えたくない。
もし「好きなだけ与えるから、昔の自分に戻ってほしい」と言われたとしても、確実に断る。昔の私のままで世界一のシェフになっても、今の私はきっと満たされない。嬉しくなんかないのだ。

──なのに。私は、まだ誰にも話していないことがある。というより、話す必要を感じなくなってしまった。説明できないのではない。説明しなくても、人生が成立してしまっている。それが、少し怖い。

理解と体感のズレ

対話では、原因も経路もきちんと説明されている。頭では理解できているはずだ。それでも体の方は、説明を待たずに変わっていく。あまりに展開が速く、知的理解と体感の間に、大きなズレが生まれている。体が、このご縁を待ち侘びていたのがよく分かる。

龍先生の言葉を思い出す。「深層を扱うと、当たり前の基準が変わります。すると、問題だと思っていた理由そのものを、思い出せなくなることがある」

確かに、5歳の頃の不快感を、どうしても思い出せない。なぜ母を避けるようになったのか?なぜ父を通してしか会話をしなかったのか?事実としての記憶は明確にある。あれほど強かったはずの憎しみや怒り────感情面における記憶が、もうどうでもよくなっている。

感情的な衝動を、取り戻したいとはもちろん思わない。知らないうちに、気づいたら整ってしまっている。さもワープしてしまったかのようだ。異常に気味悪いほど整ってしまった感覚を抱えたまま、今日も厨房に立つ。

視界に飛び込んできたもの

夜、帰宅して、届いたばかりの愛読の季刊誌を手に取った。料理の参考になれば、それでいい。そう思って、何気なくページをめくる。今回の特集の見出しに、指が止まった。目を逸さずにはいれなかった。

――江戸時代から続く、暮らしの重ね煮。

母の特集記事に驚愕 言葉にできない確かさ〜外舘美奈さん物語13

ほんの数秒だったのかもしれないが、体感ではかなりの間で呼吸が止まった。

外舘 美智子――――――――母の名前。

安っぽい。地味だ。時代遅れだ。そう決めつけて、切り捨ててきた料理。切り捨てたつもりで、実は見ないようにしていただけの生き方。毎回1ページのコラムだったが、なんと大好評につき今回はトップ4ページ。

私は記事をじっと見つめたまま、思わず口に出てきた。「・・・・・・これ、本当にお母さん?」

疑いの言葉なのに、否定しきれない確かさが、そこにあった。説明しなくても、残ってしまっている。言葉がなくても、成立してしまう生き方。ページを閉じても、その重さは消えない。私はどう対応すればいいか、まだ答えを持っていない。ながらも、このまま知らんぷりは、もうできない。

目の前の事実が、はっきりと体に刻み込まれていた。

#人生
#幸せ
#5歳
#料理
#生き方
#呼吸