結婚等で名前が変わる本当の理由〜呪縛の被害者から人生の創造主へ

結婚等で名前が変わる本当の理由〜呪縛の被害者から人生の創造主へ

「結婚して画数が悪くなり、夫婦仲が悪くなった」
「親の離婚のせいで、不条理に名前が変わって自分の運命が狂わされた」

人生の最大の転機とも言える「結婚と離婚による改姓」のリアルな現場。もし名前の呪縛に、被害者として立ち止まっているのだとしたら、大いにもったいなくないでしょうか?

結婚等で名前が変わる「事実」

一般的に、結婚して名前が変わるのは「相手を好きになったから」「家族になるから」という理由で語られます。20万人超の名前と人生に向き合ってきた私には、全く違う見解です。

あなたがその方と結婚し、その姓を名乗ることになった本当の理由。それは単に相手に惚れたからよりも、あなたご自身の魂が名前が変わる将来性に興味を持ち、「その生き方を自ら引き受ける」と覚悟したからです。

既存の多くの姓名判断業者は、「結婚して画数が悪くなったから、このままだと離婚しますよ」などと脅してきます。ナンセンス極まりない頭ごなしな決めつけです。彼らはもともと、そうした嘘をまことしやかに言っているにすぎません。

なぜなら、印鑑等の売り付けたい目的があるからです。彼らにはあまりに当たり前すぎて悪気はないのかもしれませんが、結果としてアラ探しをせざるを得なくなります。売るためには不安や恐怖に陥れるのが簡単だからです。

どんなに仲が良かろうが、今のご時世、離婚の可能性が0の夫婦なんて存在しません。にもかかわらず、いざ離婚となった時に「ほら見たことか、名前のせいだ」「相手のせいだ」と、相手や運命を怨むように仕向けるのです。

怨んで幸せになれるのなら、どうぞお好きなだけ怨んでください。ながらも、それであなたが心からの幸せを実感できるようになるとは、私には到底思えません。

「性質とエネルギー」ですべて説明できる

本当は逆です。もし仮に、新しい名前になって激動の人生が始まったのだとしましょう。あなたは「その激動を経験してでも、手に入れたい何か」があったから、自らその名前を引き寄せたのではありませんか?

結婚したその瞬間には、確かにその名前(生き方)に興味があったのです。時に人は離婚という選択をします。それはなぜか。「もうその生き方に興味がなくなったから」です。

興味がなくなったのであれば、その名前でいる必要はありません。だからこそ、元の名前にリセットして再出発。それはとても自然で、主体的なエネルギーの切り替えです。

逆に、離婚してもお子さんとの関係や仕事の都合等で、あえて名前を変えない選択をする方もいらっしゃいます。既存の姓名判断なら「元夫の運気を引きずる」なんて不吉なことを言うでしょう。

ですが、変えない側も同じ道理です。名前に宿る性質やエネルギーが、「2人の状態」から「1人の純粋な状態」へと戻るだけ。変化がないわけでは決してありません。

既存の姓名判断には、この「性質やエネルギー」という発想自体がありません。だから画数だけで価値観を強制固定し、縛ろうとします。しかしこの視点さえあれば、人生のあらゆる選択を説明できるようになります。

何かデメリットがあるでしょうか?

さらに言うと「幸せ解釈」に、何かデメリットがあるでしょうか?

交流会等で、名前をほぼ瞬時に解説できるため、「私は?」と列を作ることも多々ありました。Google検索よりも確実に速いので、間違ったことを口走っているかもしれません。構わず言いきることにしています。理由は、その方の幸せを心から願っての言葉だから。一期一会、もう会うことがないかもしれません。その瞬間を大切にしたいのです。

・「環境や名前に人生を狂わされた被害者」として生きるのか。
・「自分の興味とエネルギーに従って、自ら人生を選択してきた勇敢な主人公」として生きるのか。

どちらにせよ、「私が決めたことだから」と言えるのならば、どちらでもいいと考えています。とは言え、どちらをあなたの人生に採用した方が、生きるエネルギーが湧いてくるでしょうか?答えは明白です。吉凶という価値観に一喜一憂し、環境に支配されるのはもう終わりにしませんか?

過去の記憶すべてを引き受ける

過去の名前も、今の名前も、よくも悪くも生きてきた記憶からは逃れられません。改名したからと、その記憶が消えるわけではないのです。

ならば、やるべきことは「悪い画数を排除する行動」ではありません。「その名前で生きてきた自らの全承認」だと主張してきましたが、あなたはどのようにお考えでしょうか?

子どもの頃に親の離婚で名前が変わった経験を持つ方もいるでしょう。一見不条理な被害に見えるその激動も、体内記憶において「もしや離婚して姓が変わるかもしれない」という前提のもと、受精したのだとしたら?「他人に人生の手綱を渡さない『真の自立』を果たす」ために、必要があって自ら演出したシナリオだったのだとしたら?

あらゆるすべてにおいて、いいも悪いも含まれています。一見悪い(凶)名前だと感じていた中にこそ、真の自立(吉)という本質魅力が眠っているのです。

誰が決めたかもわからない古いルールに言いくるめられ、被害者として生きる必要なんて、微塵もありません。あなたが歩んできた改姓の歴史は、あなたが主人公として輝くための、完璧な伏線です。

環境や名前に支配される側から、あなた自らが人生の創造主となる側へ。その手綱を、もう一度あなたの手に握り直しましょう。いよいよ、あなたの出番です。

運気が悪いのは名前のせい?幸せを実感できる秘訣

運気が悪いのは名前のせい?幸せを実感できる秘訣

姓名判断20万人超と6年間紡いできた確信

これまで連載してきた「堺歩美さん物語」等は、前回の最終回をもって完結となりました。お付き合いいただき、ありがとうございます。

物語という形を通して私が伝えたかったこと。それは、登場人物たちの生き様であると同時に、今こちらを読んでいただけている「あなたご自身の人生の物語」でもあります。

今回はフィクションの幕をいったん閉じます。あなたご自身の現実と「名前と運」について、「伝える」と覚悟を決めた2020年からの6年間と、20万人超の名前と向き合ってきた話をさせてください。

27歳で全く信じていなかったながらも職業として始め、真剣に向き合ってきたからこそ条件反射レベルに至ります。多くの皆さんに「Google検索より速いですね」と驚かれます。

しかし姓名判断が大嫌いで、仕事にしようとはどうしても思えません。よって私には、師匠がおりません。だからこそ「姓名承認」という完全独自の文化を紡ぎ出せたのは、結果として幸せだと噛みしめております。

「画数が悪いから不幸」という呪縛

世間には、長年稼ぎ続けている姓名判断業者が溢れています。 彼らは「この画数は凶だから不運になる」「名前のせいで人生がうまくいかない」と、不安を煽り立てます。そして「改名しなさい」「この解決策◯◯◯を買いなさい」と、手軽な行動を勧めてきます。

私は、こうした既存の姓名判断が持つ構造を、問題だと感じつつも言語化できませんでした。今なら明快に分かります。彼らのビジネスは、あなたを中毒症状へ巻き込むシステムです。「名前のせいで不幸になっている」という被害者のポジションにあなたを留め置き、人生の手綱を放棄させようとします。例えば流派によって言い分にズレがある事実、あなたはご存知でしょうか?

分かりやすく、ボールを転がしたとしましょう。バックスピンでもかけない限り、転がした方向へ向かいます。同じように、「悪い」と言い始めたら、「嘘も100回繰り返せば真実に」という諺があるように、まことしやかに聞こえてきます。吉凶とは、「思い込ませてきた技術」にすぎません。

そんな「既存の時代遅れな遺産」に過ぎない客観的な正しさや、流派のルールに、あなたの貴重な人生を振り回されていいのでしょうか?古い枠組みで深い闇へ陥れ呪縛をかけ、洗脳しようとするシステムの残骸に、あなたの人生が言いくるめられるなんて残念でなりません。

徹底追究

人間はどうしたら、心からの幸せを実感できるのか?

真偽を重要視してきた私は、ある日自らに問いかけました。「今、幸せ?」答えは当然No。「じゃあ、どうする?」となります。「幸せ?」と問うている以上、「幸せかどうか?」が最大の命題だと考えることにしました。これが「幸せ解釈」の原点です。

この究極の問いから逆算し、多くの名前と向き合う中で、「姓名承認」が降りてきた2020年から一貫した確信があります。例えば私の本名は26画です。26画は、波瀾万丈だと評されています。確かに大いなる波瀾の中生きてきました。

26画が持つ性質やエネルギーは、「一貫性」です。一貫性という矛盾を嫌い、つじつまを合わせたがる傾向性を持っています。そのエネルギーが強いほどに、周囲が矛盾だらけに思えてきます。結果、巻き込まれてしまうのです。

とはいえ、巻き込まれようとひたむきに向き合い続けていると、だんだん波風が緩まっていきます。いつの日か、拮抗する凪のような調和状態となる日も十分あり得ます。要は、ご本人自身が質や量を適切に理解と把握を経て、扱いこなせる人生を作り出せるか次第です。

すべての画数において、性質やエネルギーを一覧表化し、ストーリーを作り出しています。結婚して名前が変わる場合も、「◯◯◯という名前から、⚫︎⚫︎⚫︎をしたかったからなんでしょうね」と、即興で変容のプロセスを物語化できます。

こうなってくると、吉凶とは全く無関係だという点、お分かりでしょうか?「私には師匠がいない」という理由は、私ほどに追究する方に会ったことがないからです。姓名判断とは似て非なるものなので、一緒くたに扱われることを嫌ってもきました。

「本当 or 嘘」の解放

「だから何だっていうんだ」「ゴロ合わせ、でっち上げ、思い込みじゃないのか」

そう思う方もいるかもしれません。実際、まちがいかもしれません。しかしそんな真偽の判定は些細なこと。超重要なことが抜けています。

大切なのは、この解釈をあなたご自身の人生に当てはめた時の納得感です。
・いかに深く心の底から「どおりで」「だから!」と腑に落ちきるか?
・「私が決めたことだから」と言いきれるエネルギーが湧いてくるかどうか?

それこそが、人間が幸せを実感するための確かな道筋だと主張いたします。本来の吉凶という価値観は、陰陽五行に基づいています。吉の中にも凶を含んでおり、凶にも吉が存在しています。

姓名判断で言う吉凶がナンセンス極まりないのは、頭ごなしな決めつけです。画数すべてにおいて、いいも悪いも含まれているのです。あなたにはどう映っていますか?

過去の名前も、今の名前も、よくも悪くも生きてきた記憶からは逃れられません。すべてはあなたが「あなたとして存在する」ために必要で、引き受けてきたもの。親から愛情込めてつけられた名前が、吉凶といういつ誰が決めたか曖昧なルールに縛られ呪われる必要が、あるのでしょうか?本当に?

環境や名前に支配される側から、あなた自らが人生の創造主となる側へ。 これから、あなたの人生の手綱を取り戻す「姓名承認」、1歩ずつ始めてまいります。

魅力編者〜堺歩美さん物語24

魅力編者〜堺歩美さん物語24

「魅力編者」としての余白

決定的な節目、龍先生と出会って、10年が経つ。社長という看板を背負い、かつて「いかに取り繕うか」しか考えていなかった編集長時代には、あり得ないほどのネットワークと影響力の中に身を置いてきた。

娘 直美の万引きを発端に、「うわっつら仮面の私」を叩きのめされた。殻を打ち破りたい切実な気持ちと、「人が簡単に変われるわけがない」という先入観がせめぎ合い、飛び込むしかなかった。今では本当に感謝している。

今、私は経営の第一線から退き、「顧問」という立場である。それは責任や利害という鎧を完全に脱ぎ去り、場を調和させる究極の「余白」としてのあり方、「魅力編者」という位置を生み出している。社長として培ってきた器があるからこそ、今は組織の枠を飛び越えた4つの生き方を完璧に調和させ、体現できている。

4要素の結実

プロデューサー

役職等の盾を持たずとも、私自身がメディアだ。外舘親子のような本質を突く表現者の傍らに黒子として寄り添い、何者かになろうとしていない才能にスポットライトを当てている。

出版コミュニティの磁石

飯田橋は、ピラミッドではなく円環のプラットフォームだ。「自立具現化コーリング」を意識ある方々へおつなぎしてきた。説明しようがないので、おつなぎする方が最短解であり、確実だ。共通言語をベースに、スタッフや作家たちと安らぎを分かち合う日常がここにある。

メンター&エディター

10年前、龍先生のセッションで経験した「私1人では絶対にたどり着けなかった心身の解放」。あの時もらった「間」。今度は私が若手編集者や作家たちに手渡し、彼らの価値を引き出し活かしている。

余白の作家

編集する側から、自ら表現する側へ。あの娘との泥臭いもがき、2027年という時代の転換点の予兆。言葉にならない領分を内臓をちぎるようにして紡いだ「自身の著作」が、今世界へ浸透している。

他にも多くのステキな方々と出会って紡がれてきた軌跡を、「魅力編者」としてどう編集して世に出せばいいのか、ワクワクが止まらない。

世界への一歩を

当時は娘を機に必死に悩み、ぶつかり、のたうち回っていただけだった。未来への準備なんて、発想が湧かず何もできなかった。「言葉にしてはいけない」と自らに禁止令を出していた事実には、本当に驚いた。

龍先生から「肺を解放できましたよ」と言われた時の呼吸の深みに感動した記憶が、今も鮮明に残っている。白髪やシワが見え始めてきたが、それも愛おしい。苦しくも愛おしい泥の中からしか、「これでいい」「これがいい」「だからこそいい」という究極の承認は生まれ得なかったのだ。

今は長女 育美と次女 直美、2人とビジネスパートナーとして気づきを共有し合っている。札幌の母 麻由美と打ち合わせ、定期的に4人で家族旅行を楽しんでいる。

新緑の風薫る空の下、あるいは新しい時代の息吹の中で。「堺歩美」という広大な余白は、世界への一歩を踏み出すため、今日も誰かと分かち合っている。

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覚醒〜堺歩美さん物語23

社長室の編集 

2030年、春。社長に就任して最初に取り組んだのは、社長室という空間の編集だ。これまでの権威を象徴するような、重々しく沈み込むソファ。それは訪れる方を「客という記号」に固定し、背筋を強張らせる装置のようではないか。

温もりある木のテーブルと、座る方の体を自然に支えるタイプへと入れ替え。「堺社長、これでは外部の方への威厳が・・・」秘書の懸念はごもっとも。それでもやる。私を訪ねてくる方々が求めているのは、威厳ではなく、対話から生まれる予兆のはず。

覚醒〜堺歩美さん物語23

散歩を通じて社員と向き合い、家族と対話しながら得た確信。私の役割は、本質魅力にスポットライトを当てることだ。本質魅力がない方はいない。いかに引き出し、「これでいい」「これがいい」「だからこそいい」と、承認を分かち合うこと。

外部との交差点

就任以来、取引先や作家、投資家等々、多くの方々が訪ねてくる。彼らは、社長室に入った瞬間戸惑う。扉は常に開いており、かつての社長の重圧はない。和やかな光と一輪の花、スニーカーを履いた私が座っているからだ。

「ここは、不思議と落ち着きますね」 多くの賓客が、ソファに腰掛けた途端に漏らす。

私は彼らと向き合う際、社長ではなくなる。相手を思いやる気持ちで、お声がけする1人の「場を整える編者」である。彼らもまた肩書きという鎧を脱ぎ、自分でも気づいていなかった本音を語り始める。

相手の声の動きに合わせて、心を寄り添わせていく。その後訪れる豊かな静寂は、強張った心が和やかにほどかれていく。社長室は、合意を形成する場ではない。互いの本質魅力が芳潤に混ざり合う、最高級の茶室のような空間へと変容していく。

深まり広がる覚醒

編集は、社長室という四角い部屋の中だけに留まらない。外部の方々が、整えられた状態で弊社を去っていく。その背中に、新たな時代の風を感じる。常務だった頃には、私の手が届く範囲でしか変えられなかった。

今は社長という看板を通じて、弊社と関わる外の世界の空気までも、同時に書き換えていける。社長だからこそのご縁もでき、 連鎖的相乗効果が起きている。着手できる範囲が深まり、広がるとは、こういうことだ。「いかに取り繕うか?」しか考えていなかった編集長当時にはあり得ないこと。

私は今日、誰とどんな対話するのだろう?2030年、桜舞い散る激動の空の下。社長という余白は、あり方を伝えるという世界をなじませるため、小さいながらも確かな発火点になっている。

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空気を編集する〜堺歩美さん物語22

迷路を抜ける「安心」

2026年秋。出版業界全体の地盤沈下が進み、弊社も「これまでの正攻法」が一切通用しなくなる閉塞感に包まれている。焦る経営陣が数字を詰めれば詰めるほど、現場は疲弊し、離職者が相次ぐ。その中で我がライフスタイル部だけが、表だった広告を出しているわけでもないのに、なぜかヒット作が連発している。

空気を編集する〜堺歩美さん物語22

役員会議室の重い扉の向こうでは、2027年という得体の知れない予兆に怯える方々が、数字という名の「過去の遺物」を必死に積み上げていた。

役員会議室で、1人の役員が問いかける。「堺さん、なぜ君のところの本が、広告も打たずにこれほど売れるんだ?会員数も鰻登りで、いったい何が起きているのか?」

私は部屋全体を見渡しながら「それは・・・私たちが、単なるレシピではなく『安心』『どう生きるか』を届けているからだと思います」と返す。

役員たちは顔を見合わせる。彼らが必死に「どう売るか」を考えているよりも、生き方やあり方を根底に置いてきた。不安を抱える読者たちの心に、深く優しく刺さっていたのではなかろうか。

沈黙という安らぎ

私は、 反論も、肯定も、説得もしない。 イスの背もたれに体を預け、窓から差し込む秋の陽を味わっている。

沈黙が、重苦しい会議室に満ちていく。 かつての私なら、この「空白」を恐れて、何か気の利いた言葉で埋めようとしただろう。けれど今の私は、この静寂こそが最も饒舌であることを知っている。

私のあまりの「何もしなさ」に、役員たちが1人、また1人と、毒気を抜かれたように筆を置く。 「・・・堺さん、君は、怖くないのか?」 1人の役員が、すがるように漏らす。

フフッと小さく、独り言のように笑う圧倒的な安らぎ。「自分の中でちゃんと立てない方は、誰かを立たせようとして、余計に疲れてしまうのかもしれませんね」そんな思いが、言葉になる前にふっと消えていく。

気づけば、会議室の空気が変わっている。言い負かされたわけでも、納得したわけでもない。彼ら自身の中にあった「数字」という呪縛が、どうでもよくなった感覚。

社内という宇宙

2027年初日「常務取締役兼編集統括を任ずる」との辞令。年末に社長から呼ばれた一言「君をこの部屋に置いておかないと、僕らは数字の迷路に迷い込んでしまいそうだから」。現場との関わりを保ち続けるという条件で引き受けた。

私の机は、重厚な扉に守られた「常務取締役室」へと移された。「・・・また、いらっしゃらないのか?」 秘書の声が廊下に響く頃、社内を「散歩」している。ハイヒールからスニーカーに履き替えて。

社内という宇宙〜堺歩美さん物語22

かつての私は、他部課のフロアを通るだけで体が強張り、目を伏せていた。今は、常務取締役兼編集統括という、全社を見渡す「目」を持っている。

「堺常務、お疲れ様です!あの・・・この企画、どうしても行き詰まっていて」廊下で、あるいは給湯室で、立ち止まる。「散歩」の途中で受ける質問。常務室の革椅子では、決して届かない現場の「生身の震え」だ。

「・・・ここ、もう少しだけ、あなたの『余白』を信じてみないか?埋めようとせず、もう少し向き合ってみよう」常務室という、本来なら重責で隔絶された場所。そこを拠点にしながらも、社内という宇宙を歩き続ける。

質問に答え、背中を押し、時に頷く。私の役割は、確かに変わった。かつては1冊の本を編むことが仕事だった。今はこの会社に流れる「空気」そのものを編集しているのだ。

2027年。澱んでいた空気を爽やかに流していく。編集部が変わっていったように、弊社も穏やかな呼吸に合わせて着実に、新しい形へと作り替えていけるのだ。

余白の地平〜堺歩美さん物語21

言葉にならない領分

朝、目が覚めたベッドの上。窓から差し込む光が、以前よりも鮮明に、粒立って見える。イスに座り、ただ呼吸を繰り返す。肺の奥まで空気が沁み入り、背中が内側から広がる感覚。丹田に気力がみなぎっているのが分かる。

「ビジョンが曖昧だ」 昨夜感じたその戸惑いは、今朝、満たされた納得感。これまでの私は、未来を「作る」ことに必死だった。足りないものを埋めるために、必死に計画を立て、正解を、目標を、私の外側に求めていた。

今は、その「足りない」という感覚が消えている。満たされているから、追いかける必要がない。今の私の中にあるのは、広大な「余白」だ。それは、何も無いことの不安ではない。何でも描き込める、あるいは何も描かなくても成立する、圧倒的な自由の感触。

滲み出す輪郭

飯田橋のオフィス。デスクと向き合っていても、すぐにPCを開く気にならない。かつてなら、1分1秒を惜しんでメールを処理し、周囲に「仕事をしている私」を見せつけていただろう。ふと、これからの仕事のあり方について考えている。

「自立具現化コーリング」 インタビューで美奈さんから聞いたキーワード。同じようにたどってみたからこそ、今の体感と重なり始めている。これから向き合うのは、誰かが作った正解をなぞることではない。

私という存在から、何が滲み出ようとしているのか?それを、整えずに、そのまま世界へ映し出すこと。龍先生のサポートを経て、1人では決してたどり着けなかった「心身の解放」という土台の上に、新たな私の輪郭が着実に結ばれようとしている。

「編集長、少しお時間いいですか?」 昨日のスタッフが、また声をかけてきた。 彼の顔にはまだ迷いがありつつも、以前のような私への依存はない。

私は、椅子から立ち上がろうとして、止めた。座ったまま、ただ、彼を視野に入れる。

「ええ、いいわよ。話して。長くなるなら場を変えようか?」 私自身も聞いたことがないほど深く穏やかな声に驚く。美奈さんが言っていたように、変化した私のエネルギーが、周囲へも浸透する相乗効果。実際に起きているのかもしれない。

始まりの予感

帰り道。飯田橋の駅へと続く坂道を下る。夕暮れの外堀通り。行き交う人々の足音、家路を急ぐ車の列、お堀の底から響いてくる中央線の重低音。そのすべてが、私を通り抜けていく。

帰りの電車に揺られながら、ふと気づく。私はもう、「誰か」になろうとはしていない。今の私にできることを、不格好なままでも差し出す。それだけでいいのだという、強く静寂な確信。

マンションに着き、玄関のドアを開ける。部屋の明かりをつける前に、暗闇の中に立ってみる。不安はない。ここにあるのは、1人ではたどり着けなかった、新たな私と世界との「間」。 明日、何が起きるかは分からない。分からないまま、この自由な空白へ飛び込んでいく。「・・・さあ、いこう」 湧き出てくる自分自身を突き動かすような声。それは、ようやく始まった、本当の意味での私の人生の産声。

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心身の解放〜堺歩美さん物語20

何もしない

朝の吉祥寺駅。中央線がホームへ。人の流れに紛れながら、ふと気づく。急いでいないのに、足が止まらない。整えようとしなくても、そのまま動いている。呼吸が楽で、深く吸えている。足どりがものすごく軽い。

車内。いつもなら、頭の中で今日の段取りをなぞっていたのに、何もしていない。窓に映る自分をぼんやり見ている。つい1ヶ月ほど前までは、通勤中の化粧だった。「何をするか」「誰と会うか」を考え、ファンデーションの厚みやルージュの色を調整していた。何もしないことが、妙に心地よい。

飯田橋で降り、会社へ。歩幅を合わせようとも、速めようともしていないのに、流れから外れていない。どこにも力を入れていないのに、崩れていない。

「それでいこう」

「おはよう」オフィスに入る。

「編集長、例の件ですが・・・」スタッフが資料を差し出す。受け取り目を通す。すぐに言葉が出てこない。そのまま黙っている。

「それで、どう進めるつもり?」とっさに出た言葉に、間が空く。予想外だったのか、驚いた表情でこちらを見る。そんなに驚かれるような私だったのか?彼自身の言葉で語り始める。途中で口を挟む気にならない。最後まで聴いて、うなずく。

「それでいこう」以上。心なしか嬉しそうなスタッフ。私も嬉しくなる。

沈黙という「間」

午後、作家との打ち合わせ。言葉を探している沈黙。以前なら、何か言って埋めていた。
今日は、沈黙という「間」が心地よい。軽くコーヒーを1口。コーヒーポットからお互いのカップに注ぎ足し、そのまま待つ。

心身の解放〜堺歩美さん物語20

「堺さん。・・・今の感じ、なんかいいですね」作家がぽつりと言う。理由は訊かず、軽く微笑みうなずく。安らぎを分かち合えている充実感。そうだ、私が求めていたのはこういう感覚だ。

安らぎに満ちている

帰り道。中央線の満員電車の中吊り革につかまり、達成感とともに1日を振り返る。前に美奈さんが言っていた「求めてきたマリアージュ」の意味を噛みしめている。当時は何を言っているのか、雲をつかむような感覚だった。変わろうと努力した感覚は皆無だ。気づいたらいつの間にか、切り替わっている。

吉祥寺で降り、改札を抜け、家路へ。夜の商店街を抜け、雑踏の空気が穏やかに入ってくる。エレベーターを上がり、ドアを開ける。部屋の中の安らぎに、思わずアツい何かが込み上げてくる。またこうして家に帰って来れたことがありがたい。

リビングの灯りをつけ、イスに座わる。明確なビフォーアフターの違いに、驚きとともにビジョンの曖昧さに戸惑いが湧いてくる。

#ありがとう
#幸せ
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#ビフォーアフター
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あり得なかったはずの会話〜堺歩美さん物語19

ゆでたまごのように

家に戻り、明かりをつける。いつもと同じ部屋のはずなのに、何かが違う。洗いざらい模様替えをしたい気分。

今日1日を思い返す。何かを頑張ったわけじゃない。特別なことを成し遂げた実感もない。それでも、はっきりしていることが1つだけある。

一度も「確認」をしていない。正しいかどうかも、誰かにどう思われるかも、この選択でいいのかも。何かに照らし合わせることなく、そのまま決めて、そのまま動いていた。なのに、不思議とズレていない。むしろ、これまでよりも静かに、1つひとつが噛み合っている。

——ああ、そういうことか。何を選ぶかじゃない。「どこから選んでいたか?」だったのだ。これまで私は、選び決める前に、どこかへ預けていた。確かめて、照らして、間違えないように。

今日は違った。肚(ハラ)で決めていた。最初から、私だった。胸の奥にずっとあった場所から、そのまま選び決めていた。たったそれだけのことなのに、1日が、まるごと変わっている。

「記念日」とも言えそうだが、名前をつけるほどのものじゃない。しかしもう戻らない気がする。タマゴからゆでたまごのように。

私は、もう——自分の枠外で選ぶことはない。「今の私に何ができるのか?」その問いだけは、外さずにいられる気がしている。

あり得なかったはずの会話

あり得なかったはずの会話〜堺歩美さん物語19

直美との夕食で、重い沈黙のあと、直美が口を開く。「別れたんだよね・・・」

「そう」さらに重い沈黙。直美の言葉を待つ。

「・・・・・なんかさ」

改めて姿勢を正す。

「・・・終わったはずなのに、全然終わってなくて」

間が空く。

「頭では分かってるのに、何をやってもどうにも収まらなくて」

視線が落ちる。「・・・どうしたらいいか、・・・分かんなくなって」

途切れ途切れの言葉。前なら、ここで埋めていた。正しく受け止めようとしていた。でも今は違う。待つ。急かさない。

「・・・だから、やった」。

「やった?あぁ、万引きのことね。」

「そう。もうどうでもよくなっちゃった、・・・っていうか」

言葉を探すように、視線が揺れる。涙が滲んできた。

「どうでもよくしないと、無理だった・・・・・・・・」

「・・・何はともあれ、話してくれてありがとう。つらかったわね」

「うん。・・・だけどもういいの。なんかふっきれたわ。・・・学校からの冷たい視線はあるけど、やり抜いてみるわ。」

「よかったわ。直美、生まれ変わったみたいね。今までと全然違うわよ」

「ママの方こそだよ。今までじゃ、こうやって話すなんてあり得なかったから」

コーヒーを淹れ直し、時間を忘れるほどの語らいとなった。

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生まれ変わる背中〜堺歩美さん物語18

鏡に映る顔

昨夜、龍先生の継続セッション。言葉にできなかった感情が理解できるようになってきた。何より驚いたのが、無性に怯えていた原因が腎臓や肺にあったという事実。「ちゃんとやらなければ」という衝動が湧き出ていた経路をたどり、気にならない状態へ導いていただけたのは圧巻だ。施術家としての経験からの見識だというが、怪しがっていたことが恥ずかしくなる。

一夜明けて、何かが切り替わった感覚はあった。はっきり説明できないが、今までと同じでないことだけは分かる。朝の目覚めで、昨日と同じ天井を見上げた瞬間、いつもなら先に動き出していたものが穏やかなままだ。

起き上がる前に1日が組み上がっていく感覚。「どこでズレるか?」「どう立て直すか?」「どこを先に潰すか?」が来ない。今まで、顔を洗う時に見たことがなかった鏡に映る私の顔。化粧は駅に着いてホームか電車の中だったが、今した方がいい気持ちになる。

キッチンに立ち、コーヒーを淹れる。いつもなら、もう仕事の修正が始まっていた。まだ起きてもいないことを、幾重にもシュミレートしていた。龍先生が言う通り、「ちゃんとやらなければ」という防衛反応からくる動機でやってきていたのだ。それが全く湧かないまま、朝が進んでいく。

深み

外に出て、通勤のいつもの道。人の流れに合わせながら、前なら自然にやっていた細かい調整に気づく。ぶつからない位置、歩く速さ、わずかなズレを埋める動き。今は、その必要を感じない。昨日までの違いに気づいて、そのまま通り過ぎる。

生まれ変わる背中〜堺歩美さん物語18

会社に着きデスクに座り、メールを開く。並んでいる内容を1通ずつ確認中の、深呼吸してみての気づき。深みが違う。「自信がない・息が浅い・猫背はセット」と言われていたのがよみがえる。画面上の私しか分からないのに、すべて見抜かれていたのか?確かにイスの座り心地も、湧き上がる感覚も・・・。

1通、返信を書く。整えないわけではない。適正化させ、そのまま送る。しばらくして「了解です」と返ってくる。今まで「言葉を選び整えて、結局出さない」を繰り返してきた。今の私には、余剰な熟考は不要なのだ。「やはり!」「よし!」という気持ち。

止まっている

昼。いつもなら次の段取りを詰めている時間。頭の中を探るが、同じようには動かない。代わりに、はっきりしていることがある。「前は、止まれなかった。『止まれば崩れる』と思っていた」。今は「止まっている」。しかし何も崩れていない。

仕事を終え、帰り道を歩く。朝と同じ道なのに、疲れ方が全く違う。背筋が立っている。呼吸が深い。かつ、見守られているかのような、包み込まれている安心感。これが美奈さんが言っていた「求めてきたマリアージュ」なのだろうか?

家に着き、ドアを開ける。同じ場所。同じ空間。だからと言って、前と同じ私に戻る理由が、見当たらない。私は、確かに生まれ変われている。静かに1日が終わる。

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響き合う世界〜堺歩美さん物語17

響き合う世界〜堺歩美さん物語17

言葉が体に浸透

朝。目覚まし時計の音が鳴る前に目が覚めた。というより、現実へ戻ってきた感覚だ。

静寂だ。昨日溢れて止まらなかった「ありがとう」と「ごめんね」。消えたわけじゃないが、言葉が体に浸透し1つにまとまった何かがある。

うまく言えない。しかしだからこそ、前と同じ自分には戻れない、戻りたくないのが分かる。起き上がるが、体が重い。昨日の濃密な集中力もあって、ドッと疲れている。

カーテンを開ける。光が射し込む。前と同じ朝なのに、同じ感じがしない。とはいえ「違う」と言い切れるほどの変化でもない。その曖昧さに戸惑う。

キッチンに立つ。コーヒーを淹れる。お湯を注ぐ。動きが、やけに遅く感じる。遅くしているわけじゃない。急ぐ必要がない気がしている。——いや、実際は分からない。急いだ方がいいのかもしれない。分かるが、体がもうそれを選ばない。

不安になる。こんなことでいいのか?こんなふうに動いて、間に合うのか?答えが出ないまま、コーヒーを飲む。

スマートフォンを手に取る。声をかければ済む距離にいるのに、直美からのメッセージ。息が止まる。前と同じ反応。胸の奥が、固くなる。・・・そのまま開く。短い文。意味を考えようとした瞬間、ハッとする。また「正しく読もう」としている。完全にやめきれたわけじゃない。それでも、進める。

返信を打つ。言葉が詰まる。それでも消さない。整えようとして、途中で手が止まる。そのまま、整えず送る。

送ってしまってから、「——あ」。もっといい表現があったかもしれない。もっとちゃんとできたかもしれない。でも、もう戻せない。「・・・それでもいい」と思っている私がいる。妙に割り切れていることが、なんだか怖い。

外に出る。人が多い。いつもの道。少しぶつかりそうになる。前なら、無意識に身構えていた。今も、完全には消えていない。我ながら驚く。足が軽い。

会社に着く。メールが並んでいる。最近着手できなかった箇所もあり、視界が鮮明に映っている。大きく深呼吸し今日の流れをイメージすると、思考が巡る。どう処理するか?どう優先順位をつけるか?どう整えるか?——全部、前と同じことをやろうとしている。強烈な違和感。昨日までは当たり前だったのに・・・。

「・・・いいか」小さく呟く。何が「いい」のかは分からないまま、1通目を開き、書く。途中で引っかかるが、止めない。少し雑なまま、送る。数秒後、返信。

「了解です」それだけ。それだけなのに、なんとなく胸の奥が緩む。

響き合う世界

昼。直美から、またメッセージ。今度はすぐに開けた。怖くないわけじゃない。でも、さっきよりはスムーズ。短いやりとり。途中で、言葉に詰まる。送るか迷うが、そのまま送る「直美のこと、聴かせて」。

既読。少し時間が空く。その時間が、やけに長く感じる。心がざわつき揺れる。

返信。「なら話せる」それだけ。その一文で、何かがほどける。安心とは少し違うが、確かに前とは違う場所にいる。

夕方。仕事はまもなく終わるが、前ほど重くない。見守られているかのような温もり。ちゃんと疲れている。その疲れを隠そうとしない私がいる。それもまだ慣れない。

家に着きドアを開けたら、直美と目が合う。言うべきか、待つべきか、迷う。分からない。ながらも「・・・昼のメールのことだけど」口が動く。

途中で何度も詰まる。うまく言えない。それでも、やめない。整わないまま、言葉が出ていく。自分でも聞いていられないくらい、不格好な声。でも、止められない。

直美は、黙って聞いている。長い沈黙。逃げたくなる。それでも、その場にいる。何を語っているのか、自分ながらによく分からない。いったい何が起きているのか?

「・・・それでいい」小さく、返ってくる。その一言で、力が抜ける。直美の表情が和らぎ、直美が生まれて初めてなくらいに、語り合った。今、初めて直美と響き合えている。

何が起きたのかは、分からない。何も解決していないかもしれない。それでも、確かに私の中で何かが変わっている。

部屋に戻る。静かだが、昨日とは違う静けさ。もう前と同じやり方には戻れない。それだけは、はっきりしている。理由は、まだ分からない。分からないまま、今日が終わる。

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