
・休んでも疲れが戻る
・頑張っていないわけじゃない
・前に進んでいる感じがしない
これは体力等の問題ではない場合がほとんどです。これらの問題の原因が解決できれば、結果が望ましい方向へ転じていくのは当然です。
今回の話は、前回の原因にもなり得るのではないでしょうか?施術だけでも3万人をはじめ、多くの皆さんと向き合ってみての確信。
私が決めたことだから
多くの方は、疲れの原因を「年齢」「仕事量」「性格」に置こうとしますが、あなたの場合はいかがでしょうか?問題は決断の先送りか、扇動され決断させられる、「私が決めたことだから」ではない状態。
・決めきれない
・選べない
・もう少し考えれば分かる気がする
この状態が続くほど、エネルギーはじわりじわり削られていきます。ポイントは、メリハリです。常に緊急事態だと、体はON/OFFスイッチの適切なタイミングが麻痺してきます。
憑依体質の方への施術を通じて実感。憑依霊とも対話し、結果として成仏へ導いたことがあります。その霊の言い分は「こいつが『自分の人生を嫌だ』って言うから、私が代わりに生きている」です。ご本人が、「自分の人生への価値」を見出されたので、憑依霊も満たされたのです。
「『今は決めない』」という決断
決めないことは、何もしないことではありません。「現状を維持する」という決断を毎日繰り返しているのです。「『今は決めない』という決断」もあり得ます。違いは、目的やビジョンです。たどり着く先のイメージが曖昧な状況で「『今は決めない』という決断」は・・・。
だから
・疲れる
・重い
・回復しない
の3点セットがつきまといます。
宗教に関わっていた当時、多くの矛盾に打ちのめされていました。離れた方がいいと感じつつも、なんとなくの流れに妥協していました。正しさに生きていたので、できない自分を裁き疎外感を生み出す悪循環にハマっていました。
今思えば、『7つの習慣』を紹介している私を反動分子とみなしていただけたことに感謝しています。そうでなければ、「いつ離れる?」と離教を勧められることはありませんでした。
「離れたら地獄に落ちる」と脅かされ、恐怖ゆえに決めずにおりました。「地獄を解放することが役割だ」と言いながら地獄を恐怖と結びつける矛盾に嫌気がさしました。「宗教には頼っていられない。私が解放する」と覚悟を決め、今に至ります。
考えて確認
1人で考えること自体は、素晴らしいです。考え抜いた土台なしに下した判断は、簡単に周囲の言葉に流されます。1人でどんなに考えても、たどり着けない場所があります。かつ同時に、1人で考え抜いた形跡がないまま他者に問えば、判断はその場で埋もれます。
1人で考え続ける問題は、決めるつもりがないまま考えている場合が多いですが、あなたには当てはまりますか?ある程度決めきれたら、確認したくなるもの。理由は、独りよがり対策です。
よくやらかしてきた叱られシリーズの1つ「確認せずによかれと思って」。例えば分かりやすく、掃除を頼まれました。徹底的にキレイにしようと、時間をかけてじっくり真心の限りを尽くしました。結果、「時間をかけすぎだ」となりました。
学んだ教訓は、途中経過です。ある程度完了できたら確認して、さらに精度を上げるか?もうこれで十分か?判断を仰ぐことにしました。さらに、着眼点も訊くように心がけています。
一緒に可視化サポート
私が扱っているのは、人生を変える方法ではありません。
せき止めつまってしまっている環境から、「自ら判断し決めていいよ」と、あなたご自身に許可を出すこと。「何が分からないのかが分からない」を一緒に可視化サポート。
もし今、考え続けている自覚があるなら――それが合図かもしれません。