健太郎さん、葛藤を経て参加したセミナーで気づきがあったようです。

変わり始めた「問いの感覚」
週が明け、会社の会議室。 パソコンに向かっていても、頭のどこかに「本来の自分とは?」という問いが残っている。 不思議なことに、それが邪魔ではなく、むしろ「自分と一緒にいてくれるような感覚」を覚えていた。
社員とのやり取りも、少しずつ「聴く耳」を意識するようになっている自分に気づく。
「それって、君はどう思ってる?どうしたい?」
以前なら、先に自分の意見を言っていた場面でも、相手にゆだねてみる余裕が生まれている。
昼休みに、若手社員の山本が声をかけてきた。
「社長、なんか最近ちょっと柔らかくなった感じっすね」
「そうか? 自分では気づかないけどな・・・」
「なんか、話しやすいというか。前よりちょっと空気が軽い感じです」
健太郎は思わず笑った。なぜか、その言葉が嬉しかった。今思えば、嫌われないようにしようと、よけいなことをしていたのかもしれない。自分に問いかけることは、自分のことを大切に扱うことと密接につながっているのではないか?
まとっているもの
日曜の夜。夕食後、ソファに座る隣に、妻 恵美子がそっと腰かけた。
「なんか、最近ちょっとだけ穏やかだね。なんというか・・・まとっているものが違う気がするわ」
そう言われて、ふっと笑った。
「そうかもな・・・。なんかさ、『自分って誰だったっけ?』って考える時間があってさ。自分を大切にするって意味が、なんとなく分かった気がして」
「へぇ・・・それって、いいことじゃない?」
「・・・うん、たぶん」
「私も・・・実はちょっとだけ安心してる。あなたがそういうふうに話してくれるとね。けっこう考え込んでたじゃない」
微笑みながらうなづいた。以降、言葉はない。 だが、それで十分だ。今の私に必要なものとは、周囲がどうのではなく、自分の答えに気づくことだったのだ。数多の本に書かれていることの意味を、なんとなく理解できた気がしている。
面談を迎える前夜
ノートを開き、健太郎はペンを取る。
書かれていたのは、たったふたつの言葉。
『聴く』 『問う』
「まずは、自分の声を聴いてみよう。そして明日『あの人』に、聴いてもらおう。 そして、自分にも問いかけてみよう。『本当はどうしたいんだ?』って」
そう思えたことが、どこか誇らしかった。