今回は、すべて美奈さんの独白です。
新たなステージへの鍵
3人の対話から数日。龍先生と真紀子さんの確信ぶりから、新たなステージへの鍵をいただけた気がしている。龍先生との対話の日まで、何をいかに整理できればいいのか?
まず感じているのが、表現できない濁り感。店の空気は澄んでいるはずなのに、どこか微細なノイズを感じる。スタッフとのやりとり、客の反応、自分の動き——そのすべてに、 何かが引っかかっている。
泥水が時間を経て沈澱し、上澄み水を掬い上げるような時期に来ているのだろう。明らかに次の世界を生きているイメージがある。言葉にできないのがもどかしい。
「何が違うんだろう?」 私は厨房の隅で、目を閉じ集中した。
気を遣う
スタッフの一言に、違和感が走る。「お客様のために、気を遣って・・・」その言葉が、空気の流れを遮り濁らせた。「気を遣う」に意識を向けているから、自然体で振る舞えていないのでは?「気を遣う」が、説明のための言葉を生み出しているのでは?「気を遣う」ことなく、気を遣っている状態を作り出すには、どうすればいい?
「お客様への気遣い」大いにこだわってきた重要事項だ。しかし今は足かせに感じている。空気の流れの動きに集中してみよう。流れが淀む場所を、仕掛け人として見定めるのだ。「新たなステージへの鍵」まさにこのことだろう。
響きの再構築
「響く場」とは何か?真紀子さんが感じた「響いていい」という感覚。それは、空気が応答していたからこそ生まれた。料理だけではなく、場の一流と呼ぶにふさわしい雰囲気を味わって欲しくて、お客様にご来店いただいている。店のドアの前に立った時点で、「違い」を感じていただきたいのだ。

今のこの場は、応答しているだろうか? 自分の動き・言葉・視線を見直してみる。「私自身が、流れを淀ませていないか?」が、仕掛け人として気にしたい重要ポイントだ。私が起点となっているこの店。私のあり方が、店の売り上げや客層、スタッフ等々に表れているのだ。
「バカとハサミは使いよう」とことわざにもあるとおり、一見粗悪に見えても適材適所な活用ができれば見違えてくるのだ。名店と称される場の雰囲気を思い出し、点だった感覚が線や面につながっていく。
仕掛け人としての覚醒
違和感を検知する力。流れの淀みを整える意志。空気の澄みを守る責任。それらすべてが、 仕掛け人としての資質だ。
私は、厨房の隅でゆっくり息を整えた。「整えるのは、まずは私自身の動きだ」 そう思えた瞬間、さらに空気が澄んだ気がした。
ガンの事実は、スタッフ以外にはまだ伝えていない。伝えることが目的ではなく、響いていい場かどうか—— それが、選択の基準である。今はまだ、沈黙を選ぶ。その沈黙が、場に響いてきていることを感じている。