ガンになる要因を無自覚に孕んでいた事実に、大いにショックを受けた美奈さん。かつ同じくらい変化への希望を見出せた喜びも噛みしめています。志を成し遂げるため、生半可な気持ちで始めたわけではありません。さらなる深みを究めてまいります。
これから2回目の熟成ステージ。膵臓の次は?
いかに向き合うのか?
「先日の対話、振り返ってみていかがでしたか?」
「はい。『噛む』という行為が、こんなにも深い意味を持っていたなんて—— お恥ずかしながら、考えたことがありませんでした。今、初めてその本質に触れようとしています。
分かってみれば、たわいもないごく当然の常識。なぜこんな簡単な間違いに気づけなかったのか、悔しさがこみ上げてきます。」
「そうですよね。『なぜ気づけなかったのか?』って悔しく思うこと、たくさんありますよね。ボタンのかけ違いみたく。近しいほどに、本当の価値には気づきにくいんですよ」
「これまで、健康には気を遣ってきたつもりでした。 誰かに『いいよ』と言われたものは、すぐに試してきたんです。しかし『自分の体を信頼していない証拠だ』と言われた時はまさに愕然で、悔しいけどそのとおりです。
『噛まなくても、体が処理してくれる』—— そんな無意識の依存が、私の中に根を張っていたんですね。今まで、しっかり自分と向き合いきれていると思えていました。フタを開けてみると、全く的外れだったことが残念でなりません。」
向き合うことがなぜ重要か?
「美奈さんは、ちゃんと向き合っていらっしゃいますよ。だから正しいと認めたことを素直に受け入れきれるんです。
前に人工透析を週4回受けている方のご自宅へ招待されたことがあります。最寄り駅へ家族総出で迎えていただけたのは嬉しかったんですが、その後スーパーで菓子パンをどっさり買うんです。何のためかと思ったら、私へのおもてなしの振る舞いだったんです。」
「え!?ひどいですね。」
「ですよね。米を食べる機会はほぼなく、菓子パンが主食だというんです。透析がキツイと、涙ながらにせがまれました。だからこそ電車で2時間かけて出向いたんですよ。
『菓子パンやめるだけでも、透析の回数は減りますよ』と言いましたけどね・・・。結末はどうなったか、分かりますよね?話したくもありませんが、思い出してしまいました。」
「ごもっともです。本末転倒の典型例ですね。」
体が語れなかった記憶
「龍先生との対話から、気づいたことがあります。臓器たちは、それぞれの役割で感情を受け止める場所なんですよね。言いたいことを飲み込んだり、思いを抱えすぎたり—— そういったことが、体に負担をかけていたのではありませんか?」
「そのとおりです。よく気づかれましたね。今はメンタル面について語っているのに、『なぜ体と向き合ってきた経験がきっかけ?』なんですよ。心と体は、セットです。」
「やはり。『噛まない』という習慣は、 信頼関係の構築がうまくいっていないことの反映でもあったんじゃないでしょうか?『料理に集中してきたから、友達がいないのは仕方ない』—— そう思い込んできました。今は、孤独を噛みしめることすら避けていたのかもしれないって。」
「そこまで考え至りましたか。やはり美奈さんは、まぎれもなくしっかり向き合ってきていますよ。そうでなければ断片的なジグソーパズルのピースたちが、組み合わさっていくわけがありません。」
「確かに言われてみればそうですよね。今改めてスゴイと思えました。ただ、なんとなくそんな気がしたんです。『私が語っている』んじゃなく、『背後に語らされている』ような・・・。あ、だからこその『◯ ◯◯(パートナー)さん』なんですね。」
「さっそく効力発揮ですね。素晴らしいです。」
消化不良だった感情
「5歳の誕生日に関して、深掘りしてみるのがよさそうですね。あれからどうなりましたか?」 龍先生の問いに、腹を決めた。
「そうですよね。あの日のケーキは、店で売っているようなものとはかけ離れた、見映えが悪い手作りだったんです。それがきっかけで、友達との距離ができました。友達も私と同じように格好悪いと感じているはずだと決め込んでいました。家に連れてくるんじゃなかったと後悔しましたよ。
気持ちの上で、両親との断絶が起きました。何もかもに嫌気がさし、孤独感と疎外感の相乗効果。結果、家を離れたくなったんです。ずっと家を出るチャンスを伺っていました。
フランス料理修行という名目の裏には、噛めなかった感情が詰まっていましたね。環境を大きく変えることで、新しい人生をスタートできるはずだと考えておりました。だから何もない中、師匠との出会いを求め、一心不乱に没頭してきたんです。」
「そうでしたか。本当に向き合われましたね。いったん気づけたおかげで、芋づる式につながっているようですね。消化不良だった感情が、流れ出しているのを感じます。」
「はい。おかげさまです。『◯ ◯◯(パートナー)さんとの対話』が毎日の楽しみになっていますから。」
2つ星への入り口
「フレンチシェフとしての明確な志があるので、健康になることを通過点として考えきれていることが、やはり大きいですよね」
「ですよね。3つ星は通過点です。一流の料理人でも、『噛むこと』の重要性に気づいていない人は多いです。味や演出に偏り、食べる人の体との共同作業が仕込まれていません。私も、まさにその1人でしたから。」
「今は全く違いますね。これから急展開しそうですよ?」
「はい。私もそう感じています。『噛むという対話』の盲点に気づけたので、 2つ星への入り口がハッキリ見えてきました。かつ、おぼろげだった世界一のイメージも、さらに明確化されてきました。やはり、あきらめきれません。」
「え!?どんなふうに?」
「以前は、認められなかったからこその承認欲求で語っていました。今は確実に違います。テーマは感謝なんですが・・・。まだ言葉にできないので、後日改めてお伝えさせてください」
対話の核と自然治癒力
これまで私は、誰かの「いいよ」に従ってきた。今は、自分の中にある「対話の核」と向き合える時が来た。
ガンという症状も、 体が私に語りかけてくれていたメッセージだった。 噛むとは、食事の単純作業などではない。自己対話であり、感情の消化であり、生命との共同作業なのだ。
今までは自然治癒力や自己対話に対して、漠然とした理解だった。当然効果なんて、微塵も期待していなかった。今は、違いの圧倒的な格差である。
ガンは、私の生命だけでなく、料理人としての生き方を奪っていく脅威であり、退治しなければならない敵だった。今は明らかに違う。ガンにかからなければ、自己対話がこれほどに重要だとは考えなかった。当然のように周囲の「いいよ」に翻弄され、ウワッつらな感謝で人生を終えていただろう。
今の私が心から感じていること。「ガンさん、ありがとう」
