
ここまで読んでくださった方の中には、「結局どうすればいいのか?」と感じた方いらっしゃるかもしれません。今ここで何かを勧める気持ちはありません。
今年は特に、「基盤」をテーマとしています。周囲がどう評価しようと、一喜一憂することなく将来への準備を進めてまいります。
書いた文章を、改めて読み返してみました。何を表現したかったのか、さらにまとめてみました。あなたには、どのように伝わっているでしょうか?
結論は、「『私が決めたことだから』と言えるあなた」を思い出すこと。
本当にこれでいいのか?
この問いは、迷うために置いていません。何度も問い直し、戻ってきた場所を確認するために。どんなに素晴らしかろうと、ほぼすべてにおいて何らかの欠点があります。「49.9 VS 50.1」のような状況でも、決めなければならないことがあります。
決断力を鍛える秘訣は、迷い抜いた期間と情熱次第です。決めても、揺らぎます。「本当にこれでいいのか?」常につきまとうでしょう。「胆力=決めたことを正解とする力」は、今のご時世かなり尊ばれるのではないでしょうか?洗練していく力のことを、柔軟貫徹力と称しています。
疑うことは、素晴らしいとみなしています。私自身、自ら出した答えに対して、幾度も疑ってきました。疑って疑って疑って、「やはりこれしかあり得ない」と洗練されていくのが、確信です。確信に終わりはありません。
何でもやればいいのか?
私は『7つの習慣』に大いに救われました。できることは多いものの、やる価値があることは限られています。あなたの人生において、何がどのように価値があるのでしょうか?
・反応があるからやる
・理解されやすいから出す
・成果が見えやすいから続ける
陥りがちなのが、「木を見て森を見ず」。「経営者と社員では、意見が噛み合わない」と言われる理由です。多くの社員は、自らの持ち場において「これが重要」と考えています。経営者は、社全体や顧客との関係性において「これが重要」と考えています。
誰も雇っていない方でも、どちらかに偏ってはいませんか?「これをやる」と決めるより「これをやらない」と決めた方が捗ることも。
何でもかんでも、やれば進めばいいというものではありません。時には立ち止まってみるのもいいかもしれません。朝ドラに影響を受け、スキップしてみました。なかなかいいものですね。
決めていますか?
まだ決めていないふりをしていませんか?条件が整えば〜という逃げ道を残していませんか?重要な決断を適切に扱っていなければ、ツケが回ってきます。
あなたは「代価の先払い」という言葉、ご存知でしょうか?尊敬する松下幸之助さんは、6歳で奉公に出されたことを幸運だと言いました。理由は、人生において支払うべき代価が、誰しもにあるようです。早いうちから支払えたことがよかったというのです。
私の場合、決めているようで「曖昧に決めていた」「決めさせられていた」人生を送ってきました。振り返ってみれば、悔しく残念に思えることだらけです。だからこそ、他人の評価に翻弄される生き方にウンザリしています。だからこそ、「世の錨となる生き方」を志すことにしたのです。
自己納得感
大テーマ「幸せを全うする道」で伝えたかったのは、方法や正解ではなく、自己納得感(名前や役割を自分の意思で整理できた感覚)についてです。
・決めないまま、流れに妥協している
・誰かの正しさや価値観で、決めさせられている
どちらの場合も、あなたご自身の人生を生きている実感は薄れていきます。だから必要なのは、背中を押されることでも、答えを与えられることでもありません。
「『私が決めたことだから』と言えるあなた」を思い出すこと。
うまくいく保証も、失敗しない確証もありません。それでも、自ら決めた選択だけが、後から「納得」に変わります。
もし今、「考え続けている自覚があるなら」「決めきれない状態が続いているなら」ーーーそれは、あなたの人生を全うできる合図かもしれません。