「ぅ~ん、どうしたらいいのかしら?」
朝食の片付けを終え、ソファーに横たわる。いつものように、店へ向かう前のわずかな時間。「行かねばならない」と言い聞かせている。胸の奥に、言葉にできないモヤがずっと居座っている。
私の名前は佐藤真紀子。52歳。F市内でアパレルショップを経営している。もともと20年以上専業主婦だったが、長男の研司の就職を機に、友人の誘いで始めたこの店。思いのほか軌道に乗った。周囲から「成功者」と羨まれることもある。果たして本当にそうなのだろうか?
妹の由依が都内で就職し、子どもたちも独立して、家庭は夫と二人きりになった。結婚当初はあれほど情熱的だった広志も、今では週末は接待ゴルフ、平日は会社に籠もりきり。何をしているのか、何を考えているのか、すっかり分からなくなった。
将来のことを夫に相談しても、「好きにしたらいい」としか返ってこない。「あなただって、定年後どうするの?」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「私、このままでいいの?」
ママ友たちとの会話も、なんとなく虚しい。半数以上が離婚し、新たな人生を歩んでいる。彼女たちは前を向いて進んでいるのに、私はただ時間に流されているだけのような気がする。だからと言って離婚が正解なのか?経済的な不安もあるし、何より「夫を嫌いではない」自分がいる。
「何か新しいことを始めなきゃ」
焦燥感に突き動かされるように、新規事業説明会やカウンセリングを受けたり、SNSを通じて色々な人とつながった。何かが足りない。「これだ」と思える手応えが、どうしても見つからない。
ひたむきに子どもたちのためにと走ってきた。更年期的な類のものだろう。誰だって陥るような時がある。きっといつか晴れるはず・・・・・・・・・・・・。
夜になると、その焦燥感はさらに増す。布団に入っても眠れない。時計の針が1時、2時と進んでいくのをただ眺めるしかなかった。病院で「不眠症ですね」と言われ、薬をもらったこともある。薬が効く日もあれば、まったく眠れない日もある。どうして自分がこんな状態になっているのか、さっぱり分からない・・・・・・。
「ストレスですね」
医師にそう言われても、ピンと来なかった。私は特にストレスを感じていなかったし、むしろ日々の生活は充実している。
ある日のオンライン交流会をきっかけのご縁。あとあと振り返ってみて、この出会いが私の人生を根底から揺さぶり変革を起こすことになる。今のこの瞬間には、アヤシさ満載だったが・・・。
「ほぉぉぉ、佐藤真紀子さん?47画のいいお名前ですね」
画面越しに、作務衣姿の男性が微笑んでいる。彼の第一声に、私は思わず驚いた。
「はぁ?私の名前、47画なんですか?」
「きめ細やかな配慮が強みですが、同時に些細なことを気にしやすい弱みもあります。佐藤さんの場合、どちらの傾向が強いですか?」
「・・・どちらも当てはまるかもしれません」
ドキッとした。初対面なのに、まるで私の心の奥を見透かしているような鋭さ。何者?この人?
「申し遅れました。私、『姓名承認』の発明者、龍 庵真(りゅう あんしん)と申します。」
「姓名……承認?姓名判断とは違うんですか?」
「違いますよ。姓名判断は運命を決めつけますが、姓名承認は『自分で決める』ためのものです。」
【自分で決める】ーーその言葉に、何かロックされた感覚。興味が湧いてくる。
「ところで、佐藤さんの旧姓は?」
「中田です。」
「なるほど、中田真紀子さんだったんですね? だとすると、キーワードは感謝です。感謝を具現化させたくて佐藤真紀子という生き方に興味を持たれたのでは?結果として、佐藤さんというご主人様と結婚したのかもしれません。という話を聴いてみて、どう思われますか?」
「えっ?」
今まで考えたこともなかった視点に、言葉を失う。「結婚して苗字が変わるのには、ちゃんと意味があるんですよ。もし離婚して旧姓に戻ったとしても、『佐藤真紀子』を生きた経験は、真紀子さんの一部です。名前の変化をどう解釈するかで、人生が大きく変わります。」
この人の話には、なんとなくどこか「答え」がある気がする。少なくとも、私が今まで考えもしなかった視点がある。
「もし本当に変わりたいと願っているなら、一歩踏み出してみませんか?」
その言葉に、私は思わず身を乗り出していた。
「お願いします。」
こうして、不安いっぱいの中で、新しい人生の扉が開かれたーー。