AIは人間の価値を奪うのか?

AIは人間の価値を奪うのか?

以下の内容は、価値提供ではなく、価値観表明です。あなたに何か押し付ける気持ちは微塵もありません。不要だと思われるなら、どうぞスルーしてくださいませ。

AIの大躍進化

AIの大躍進化が止まりません。最新モデルが公開される度に、「人間の仕事はどうなるのか」「自分の価値は残るのか」という問いが、以前よりも現実味を帯びて迫ってきています。あなたにおいてはいかがでしょうか?

この問いに対して、世には大きく2つの反応があります。

1 「AIは脅威だ。だから急いで学ばなければならない」という焦り。

2 「AIは便利な道具だ。うまく使えばいい」という楽観。

私には、どちらも本質を避けているように感じています。あまりにもったいない。

AIが奪っているもの

結論。AIが奪っているものは、価値ではありません。AIが奪っているのは、これまで私たち人間が「価値だと思い込んできたもの」。細かいかもしれませんが、決定的な違いです。

・知識を多く持っていること
・速く、正確に作業できること
・正解を出せること
・最適な選択肢を提示できること

これらは長い間、「専門性」「能力」「市場価値」と称されてきました。今、AIはそれらを人間よりも速く、安く、安定してこなしています。これは敗北ではありません。役割終了の節目。

昭和初期の時代、電話交換手という職業がありました。電話が直通できるようになったので廃業へ。鉄道会社の切符切り担当者も、Suicaの開発以降、廃業に至りました。

評価制度の転換期

これまで多くの皆さんは、「何ができるか/持っているか(DoやHave)」で自らの居場所を作ってきました。だからこそ

・自分より速い存在
・自分より正確な存在
・自分より知っている存在

が現れると、不安になります。いったん距離を置き冷静に考えれば、それは人間の価値自体ではなく、価値を証明するために使ってきた手段です。AIは、その手段を不要にしただけ。あらゆる評価制度は、世界規模で根本的に変わらざるを得なくなります。

なぜなら、誰がやっても同じような成果を出せてしまうからです。現行の評価制度は、ほぼ機能しなくなりつつあります。

AIにできないたった1つ

AIにできないこととは何でしょうか?

創造性?感情?倫理?どれも部分的には、すでにAIは触れ始めています。どうしても越えられない一点。それは決めること。

AIは選択肢を出す。
AIは最適解を示す。
AIは結果を予測する。

しかしーーー

・それでも「これ」を選ぶ理由
・損をしてでも、やる覚悟
・失敗しても、引き受ける決断

これだけは、AIには生成できないのです。私はマンガによって多くを学んできた自負があります。例えばーーー。

総合格闘技の試合において、長時間持ち堪えきれない主人公。相手も弱点を見抜きます。結果、消耗戦に持ち込まれます。

それでも主人公は、ある「理由」によって限界を越えます。自分が勝ったら、手術を恐れている男の子が勇気を出して手術を受けると約束していたからです。限界を超えていくプロセス描写が見事で、感動し涙がこみ上げてきました。

勝てそうにない強敵に立ち向かい、相手に「完敗だった」と言わせる。能力そのものではありません。引き受けた理由が、人生の枠を深め広げ得るのです。

人間の本来の価値

AI時代において、人間に残る仕事は何でしょうか?それは書くことでも、売ることでも、分析することでもありません。決めることが、なぜ重要なのでしょうか?

・何を大切にするのか
・どこまでをAIに任せるのか
・何を自分の人生として引き受けるのか

この「決める」という行為には、「50.1:49.9」のような僅差な場合だって起こり得ます。必ず責任と覚悟が伴うのです。だからこそ、人間にしか、あなたにしかできません。

だからこそ、これからの時代は決断力と胆力(決めたことを正解にする力)だとみなしています。あなたの人生において、あなた以外の誰かに主導権を渡してはなりません。AIや他人がいかに素晴らしかろうとも、あなたの人生を華やかに劇的に魅せるための脇役なのです。

AIは鏡

AIの進化によって、快適さが格段に増します。便利で簡略化される分、言い逃れが厳しくなります。「できなかった」「時間がなかった」「調べられなかった」そうした理由は、すべてAIが肩代わりできるから。残る問いは、ただ1つ。

いったいあなたは何をどう生きたいのか?

繰り返します。AIは人間の価値を奪いません。価値だと思っていた幻想を剥がします。だから怖いのです。AIが映しているのは未来ではなく、あなたご自身の鏡であり「心の空白」なのかもしれません。

その空白を、表面的な恐怖や妥協で埋めるのか?他人の答えで埋めるのか?内から湧き出てきたあなたご自身の言葉で埋めるのか?

AI時代とは、人間がもう一度「自分の人生を選び改める」時代なのです。

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#自分の人生

言葉にできない確かさ〜外舘美奈さん物語13

佳境に入ってきました。次回の主人公も決めています。今回の続編です。フィクションですが、極めてリアリティにこだわっています。現実味を帯びていないスピ系な雰囲気や矛盾した関係性を、極力排除しようと努めています。

説明不要なくらいに人生が成立

先生との対話が始まって、約3か月。もう以前と同じ私ではない。変化は、疑いようもなく起きている。

先日の検査では、腫瘍が2mm縮小していた。むくみが大きく取れ、鏡に映る顔は別人のようだ。眠る前には、理由の分からない充実感があり、朝は、体の奥から静かに立ち上がる爽快さがある。仕事を終えて帰宅し、朝になったら家を出て、店へ向かう。そんな日常の1つ1つが、妙に瑞々しい。

この変化を、私はお金にも名誉にも換えられないし、変えたくない。
もし「好きなだけ与えるから、昔の自分に戻ってほしい」と言われたとしても、確実に断る。昔の私のままで世界一のシェフになっても、今の私はきっと満たされない。嬉しくなんかないのだ。

──なのに。私は、まだ誰にも話していないことがある。というより、話す必要を感じなくなってしまった。説明できないのではない。説明しなくても、人生が成立してしまっている。それが、少し怖い。

理解と体感のズレ

対話では、原因も経路もきちんと説明されている。頭では理解できているはずだ。それでも体の方は、説明を待たずに変わっていく。あまりに展開が速く、知的理解と体感の間に、大きなズレが生まれている。体が、このご縁を待ち侘びていたのがよく分かる。

龍先生の言葉を思い出す。「深層を扱うと、当たり前の基準が変わります。すると、問題だと思っていた理由そのものを、思い出せなくなることがある」

確かに、5歳の頃の不快感を、どうしても思い出せない。なぜ母を避けるようになったのか?なぜ父を通してしか会話をしなかったのか?事実としての記憶は明確にある。あれほど強かったはずの憎しみや怒り────感情面における記憶が、もうどうでもよくなっている。

感情的な衝動を、取り戻したいとはもちろん思わない。知らないうちに、気づいたら整ってしまっている。さもワープしてしまったかのようだ。異常に気味悪いほど整ってしまった感覚を抱えたまま、今日も厨房に立つ。

視界に飛び込んできたもの

夜、帰宅して、届いたばかりの愛読の季刊誌を手に取った。料理の参考になれば、それでいい。そう思って、何気なくページをめくる。今回の特集の見出しに、指が止まった。目を逸さずにはいれなかった。

――江戸時代から続く、暮らしの重ね煮。

母の特集記事に驚愕 言葉にできない確かさ〜外舘美奈さん物語13

ほんの数秒だったのかもしれないが、体感ではかなりの間で呼吸が止まった。

外舘 美智子――――――――母の名前。

安っぽい。地味だ。時代遅れだ。そう決めつけて、切り捨ててきた料理。切り捨てたつもりで、実は見ないようにしていただけの生き方。毎回1ページのコラムだったが、なんと大好評につき今回はトップ4ページ。

私は記事をじっと見つめたまま、思わず口に出てきた。「・・・・・・これ、本当にお母さん?」

疑いの言葉なのに、否定しきれない確かさが、そこにあった。説明しなくても、残ってしまっている。言葉がなくても、成立してしまう生き方。ページを閉じても、その重さは消えない。私はどう対応すればいいか、まだ答えを持っていない。ながらも、このまま知らんぷりは、もうできない。

目の前の事実が、はっきりと体に刻み込まれていた。

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名前×人生 選命最適化セッション

確実に喜んでいただける内容です。祈り求め研鑽を重ね、結晶化させた結論をお届けします。あなたの人生が「これでいい」から「これがいい」へと変わる一歩になりますよう・・・。

本質を生きる準備

最近、自己対話を通じて把握できてきた全体像。「幸せ解釈 名前の専門家」として、あなたが本来の人生へたどり着けるよう祈り求めてきました。私自身の内側とあなたとの関係性等、「どうしたら調和を醸し出せるか?」を逆算してみての、現状での結論です。

保育園当時、相手の指に噛みついたことがあります。理由は名前を馬鹿にされたから。この記憶が蘇ってきたのは37歳当時の瞑想中です。30年以上、意味不明な罪悪感に囚われてきた過去があります。

今まで確実に20万人超の名前と向き合ってきました。おかげさまでGoogle検索より速く解説文が出てきます。日常生活において、条件反射レベル。しかし吉凶という価値観をどうしても受け入れきれず、様々な他の職業に就いてきました。

多くの矛盾を感じつつも、「姓名承認」という造語を生み出せてから、ようやく名前を事業にできると至りました。これは、時代より少し早い探究かもしれません。だからこそ、深く向き合いたい方だけにお届けしています。

最近こんな感覚ありませんか?

  • どこか噛み合わない、納得できない
  • いくら努力しても、心からの満足に届かない
  • 進んでいるのに、進んでいない気がする
  • 「変わりたいのに動けない」感覚だけ残る
  • あなたの人生なのに、自ら選べていない気がする

その違和感の奥には、あなたの 名前が持つ、本質の意志が関わっている可能性があります。例えば独創性が強みだとおっしゃるMさん。思い込みが強いことを嘆かれていました。「独創性と思い込み、どう違うんですか?」という問いに、本質魅力に気付かれたようです。

名前は、ラベル等の識別情報や占いの道具では断じてありません。生き方の軸として刻まれた設計図なのです。すべての名前には価値があり、素晴らしくない名前は存在いたしません。

もともとの私のように、「悪い名前だ」と感じてしまっている方もいらっしゃいます。理由は、その本質を「今の生き方を正しく適切に受け止めきれているか?」は別の話です。

どれほど優しさを持っていても、どれほど能力があっても、どれほど努力しても・・・「名前の本質と生き方が一致」していなければ本領発揮できません。

🔍【このセッションの目的】

表面的に名前を知ることだけではなく、《名前を生きる準備ができているか?》を確かめること。

ただ確かめるだけではありません。あなたの名前に刻まれた本質の意志と、今の生き方を重ね直す行程に一緒に取り組みます。「名前と生き方の一致=本領発揮のスイッチ」を入れる時間です。

  • 吉凶や当たり外れの話ではありません
  • 暗号を解くような診断でもありません
  • 慰めるための癒しでもありません

あなたの本質に、今の生き方がどう向き合っているのかを、あなたと一緒に確認する時間です。「名前に秘められた共鳴和音」がいかに素晴らしいものか、あなたと一緒に分かち合いたいのです。

多くの方が、「そんなことまで分かるんですか?」と驚かれます。名前には、生き方そのものを動かす共鳴和音が刻まれています。例えば大谷翔平さんの決断力は、総画の影響です。名前の画数には9パターンあり、どう組み合わせていくかにより、解釈次第で無限の可能性を秘めています。

【好相性な方】

  • 「種の遺伝子設定」から取り組む覚悟を持てる方
  • 即答より、自己対話の時間を許容できる方
  • 結果より、永続的な成果にふさわしい「あり方の確立」を求める方
  • 自ら育てる意思がある方
  • 失敗の意味を、学習や経験として受け入れきれる方

【今は見送った方がいい方】

  • 即効性・即結果を要求する方
  • 自ら考えるより、盲従し指示や答えを求めてくる方
  • なりたい自己像を、外的評価(富・有名・成功)から動かしたくない方
  • 他人任せを前提にしている方
  • あなたご自身と向き合う姿勢が薄い方

こういった方々は、別の手法が役に立つ時期です。ふさわしい時期が、今ではないというだけ。向き合うタイミングは、各人各様です。今どの段階どの状況かで、要するものも変わります。

【セッション詳細】

  • 個別(オンライン)
  • 60分
  • 受講料:11,000円(税込)

※ こちらから勧誘することはありません。自発的な意思が曖昧なら、見送られる方が賢明です。
※ 方向性が一致した方へのみ、ご案内があります
→「決める」のは、あなたの人生です。

【お申込み方法】

以下の質問にご回答のうえ、メッセージください。正解・間違いはありません。「あなたの言葉」でお答えください。

質問はこちら
(このままコピーして返信してください)

【ご回答項目】

Q1. あなたの名前に、これまでどんな気持ちを抱いてきましたか?
(好き/嫌い/違和感/誇り など)

Q2. 最近、噛み合わないと感じた出来事はありますか?
※具体的に

Q3. その違和感を、なぜ解消したいと思いますか?

Q4. 「本質を生きる」という言葉に、どんな怖さや不安が浮かびますか?

Q5. 変わる必要がないとしたら、どんな生き方を望みますか?

Q6. 自分の人生の土台と向き合う覚悟はありますか?
□ はい
□ 分からない(それでも向き合ってみたい)

ご希望日時(第1〜3希望):
お名前:
生年月日(任意):

最後に

私は人を選ぶのではなく、あなたの名前が望む深度に合わせて一緒に歩きます。名前は、点数づけでも占いでもなく人生の設計図。

本質を生きたいあなたへ。その扉を開け、一緒に確認していきましょう。


#保育園

#生き方
#人生
#思い込み
#幸せ
#占い

温度が思い出させてくれる〜外舘美奈さん物語12

温度が思い出させてくれる〜外舘美奈さん物語12

心と体のマリアージュ

龍先生との対話を通じて、今までの当たり前に感じてきたことが、ものすごく新鮮味を帯びてきた。体を通じてひも解いていく手法が、あまりにピンポイントであることに圧倒されている。

最近は、料理で言っているマリアージュが起きている。心と体のマリアージュ。料理ではできたとしても、私自身においては得体の知れない大きな壁を感じていた。長年の悩みだった低体温症から解放されてきた。むくんでいた事実にも気づけず、解消されてきたことで初めて実感できたのだ。

骨盤を境に体が分離したような感覚がずっとあったが、腎臓に原因があったことを指摘され、大いに納得。「孤独でいい」と思い込んできたあの感覚は、ただ体に無理を押しつけていただけだったのかもしれない。

生き方の軸に戻れる道標

そして、もう1つ。姓名覚醒という龍先生オリジナルが、自分の核を炙り出す術だという実感が芽生え始めている。

名前とは「生まれた時に与えられる識別情報」ではなく、生き方の軸に戻るための道標なのだと、今なら分かる。

龍先生は言う。「名前をどう解釈するかは、人生を大きく左右します。美奈さんがどんなに迷っても、名前にこそヒントがあります」

その言葉が、最近になってじわりと腹に落ち始めてきた。対話を通じて感じてきている「本来の私」から外れてしまうと、体が違和感サインを出す。逆に自分に戻るほど、体は追い風に乗っているかのように整い始める。

開かれた時空の扉

私にとって姓名覚醒は、迷い続けた人生の地図を、正しく適切に更新する行為だったのだ。何より、ライフプロファイリングを通じて「時空のリズム」をとらえきれたことが大きい。私は「黒宙長空」という性質を持っており、

・親元を離れ上京した
・NHK出演依頼があった年
・今が向き合うべき転換期であること
・開店してから4年間、急激な成長

これらが驚くほど整合している。ここまでの人生がその周期に沿って動いていたのなら、これからの予測にも使えるはずだ。人は誰でも、明確なリズムに乗って生きている。追い風なのか向かい風なのか、周期等のポイントさえ分かれば、恐れから準備に変えられる。

温度が思い出させてくれる

ガンである事実を仲間に打ち明けてから、店の空気が変わった。私1人で背負ってきた厨房が、初めてチームになった。

これから検査で店を空ける日も増える。料理も仕込みも、仲間に任せる場面が必ず出てくる。

私の舌。
私の包丁さばき。
私の判断基準。

そのすべてを、仲間を信じて託す時期が来たのだ。「任せる」という行為に、恐怖感が否めなかった。しかし実際に最も感じたのは、温かさだった。「仲間を信じきれている私」が嬉しいのだ。

ガンである事実を打ち明けてから、チームとして一丸となって進めていく方針を決めた。検査等で店を空ける状況も増えてくるだろう。どうしても仲間に任せなければならない。私の舌や包丁さばき等の強みを、仲間を信じなければならないのだ。

 信頼が味をつくる

「今日は、試作があります。味、みてもらえませんか?」スーシェフの悠太が言い寄ってきた。

心臓が跳ねた。──味をみる?──今の私が?

断る理由はいくらでもあった。けれど、喉元に浮かびかけた否定を飲み込んだ。代わりに、静かに息を吸った。

「・・・いいわ」

厨房の奥では、他のスタッフもそわそわとこちらを伺っていた。その視線を背中に受けながら、椅子に腰を下ろす。悠太が運んできた皿は、彼らしい繊細な構成だった。
魚介の香りとハーブの蒸気が、ほんのりと立ち上る。

「味わってみてください」

フォークを手にした瞬間、ほんの少し震えた。味わうという行為が、こんなにも怖い日が来るとは思わなかった。

ひと口。舌は、やはり曖昧だ。輪郭はぼやけ、立体感が薄い。────でも「・・・温度が、いいわね」自分でも驚くほど自然に、その言葉が出た。悠太が目を丸くする。

「温度・・・・・・ですか?」

「うん。舌じゃなくて、体の奥で分かる感じがする。あなた、最近変えたでしょ? 火入れのタイミング」

悠太は、嬉しさと驚きが入り混じった顔で頷いた。

「はい。気づくとは思いませんでした」

「味は・・・まあ、曖昧なんだけどね」苦笑した。けれど、その苦笑は今までの強がりとは違った。肩の力が抜けていた。

仲間の配慮

「シェフ」悠太が不意に、真剣な顔で言った。

「え?何?」

「僕たち、ずっと待っていますよ。『味を判断する人』じゃなくて・・・、僕たちと一緒に料理を作るあなたを」

返事ができなかった。胸の奥が熱くて、うまく声が出ない。今まで「私だけが一生懸命」だと感じていた自分が恥ずかしい。

味覚が戻ったわけでもない。未来への不安が消えたわけでもない。ながらも──今、私の隣に大切な人がいることが、ただ嬉しかった。こう考えると、ガンにならなければ仲間の配慮にも気づけなかった。

龍先生いわく「ガンが治るかどうかは分かりませんが、治った方のほぼ100%が、生き方が変わっています。のべ3万人超の体と向き合ってみて感じるのが、体は確実にご主人様である美奈さんを慕っています。すべての症状は、生き方修正のメッセージなんです」がこだましてくる。

「・・・ありがとう」恥ずかしさまじりで、か細い声だった。それでも、仲間の笑顔が返ってきたのが嬉しい。店の空気が、ほんの少し温かくなった。

厨房の天窓から差し込む木漏れ日が、ほのかに揺れた。私は改めて包丁を手に取った。

「少しだけ、手伝ってもいい?」

悠太の顔がパッと明るくなる。「もちろんです」

私は前掛けを結んだ。結び目をきゅっと引き締めた時、心にも同じ音がした。──まだ終わっていない。その感覚が、ほんのかすかな灯として、胸に灯っていた。

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夫婦別姓を決めるより重要なこと by 名前の専門家

夫婦別姓を決めるより重要なこと by 名前の専門家

どちらがいい?

国会に「選択的夫婦別姓」に関する3つの法案(立憲民主党、国民民主党、日本維新の会)が提出されました。

夫婦別姓か、同姓か──────このテーマはよく「制度の話」にされがち。名前の専門家(姓名承認&覚醒)の視点では、全く違う景色です。20万人超の名前と向き合ってきた私の視点から「名前の本質」について(よかったらシェア拡散いただけると嬉しいです)。

夫婦別姓でも、同姓でも、どちらがいいという話ではありません。気にされる方々へ、「どうぞお好きなようになさってください」とお伝えしています。前提として、本当に望ましい決断ができるよう、明確な判断基準があります。

名前とは「苗字(ご先祖の願い) × 名(あなたの使命)」が調和統合して1つになる存在価値の核です。だから名前を変えるかどうかは、ご本人の魂が選んでいる流れや方向性によって変わります。

苗字は「ご先祖様からの願い」

あまり語られていませんが、苗字には

・ご先祖の願い
・家系が守ってきた価値
・積み重ねてきた歴史
・魂の縦の流れ

という「深いストーリー」が宿っています。苗字は「血統的習慣性を運ぶ器」なのです。

名(下の名前)は「あなたのミッション」

名前のより本質は、下の名前にあります。

・何のために生まれたのか
・どんな価値を創るのか
・どんな質で生きるのか
・何を果たす役割なのか

名は、生まれた瞬間からあなたのミッションを示しています。また名は、前世からの影響も反映されます。

よくある質問

「結婚して姓が変わる人と、変わらない人で人生はどう違うんですか?」ここが誤解が本当に多いので、分かりやすくお伝えします。20万人超の名前と向き合ってきた中で、確信パート3級の重要ポイントです。

名前が変わる人生

偶然ではありません。いずれ名前が変わる方は、最初からそういう予定で生まれています。名前の音・字・響きを読むと、そこに

・役割の転換
・新たな流れとの統合・変更
・人生のフェーズ移動

といったテーマが刻まれています。だから自然と「変わった後の名前が似合う相手」と出会うのです。

これが、結婚で姓が変わる真相です(親が離婚して名前を変えることになったお子様も同じ)。たとえ名前がいかに変わろうとも、過去の名前で生きてきた記憶からは逃れようがありません。

中卒で自衛官になった時、「心機一転、新たな気持ちで〜」と希望を抱いていましたが、中学生までの延長線的な出来事が起きていました。表面的なものをいくら変えたところで、結果はさほど変わらない場合が大半です。

名前が変わらない人生

これまたよくある質問。「姓が変わらない側は、同じ人生が続くんですか?」絶対にそんなわけありません。

名前=性質×エネルギー
です。

名前がそのままでも、結婚という大きな出来事で

・人生の流れが変わり
・役割が変わり
・接する人が変わり
・環境が変わり
・人生の「行き先」が変わります

分かりやすく電車に例えてみましょう。あなたという「電車」が

・車両が増結され
・接続路線が増え
・乗客が変わり
・走行区間が伸び
・役割が広がる
そんな変化を経験するのと同じ。時間帯によっても、夜は酔っ払いのケンカがあっても、昼間は譲り合いのホノボノ感。同じ電車でも、環境が変われば働くエネルギーは変わるのです。名前も全く同じです。

やはり「名前が変わらない=人生が変わらない」ではありません。

「あなたの人生」というあり方

制度の賛否の話ではなく、魂の流れとしてどちらが自然か?が本質です。ここで改めて「お好きなようになさってください」の意味を強調いたします。

変えようが変えまいが、あなたの人生です。もし変えたことによってうまくいこうが、ご期待に添えきれずとも、あなたが決断して進んでいくのです。そのようなあり方。「決める」という行為を前提とした場合、「お好きなようになさってください」を、あなたはどう解釈なさいますか?

・名前が変わる人生=役割の乗り換え
・名前が変わらない人生=役割の自立

どちらも命の流れとして自然で、どちらも美しい選択です。

かつ、名前は「名だけ」「姓だけ」で成り立つものではありません。「苗字(縦糸) × 名(横糸)→セット(生地)」があなたの存在価値です。

夫婦別姓の議論が進んでも、大切なのは、名前の本質に戻ること。ここを外していなのに、人生が整っていかない理由を思いつけないのですが、あなたにはいかがでしょうか?


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#結婚

選択的夫婦別姓 3つの野党法案 条文から見えてきた意外な違い

自分軸を超えて〜世界幸福への調和案

「自分軸を持ちなさい」この言葉はとても強く響きます。自信が揺らいだ時ほど、その響きに寄りかかりたくなります。ながらも実際のところ、多くの人が自分軸を握りしめたまま、苦しくなっているのも事実です。

なぜでしょうか?理由は、とてもシンプルです。

自分軸(価値観防衛)

自分軸自体が悪いのではありません。むしろ、誰もが最初に必要とする基礎です。自分軸と他人軸は、車の両輪のようなもの。自分軸なしには動けませんが、強調しすぎると弊害が起きます。自分軸は自分を守るための設計であり、世界へ広がるための設計ではありません。1パーツなのに、さも全体を司るかのような表現が問題なのです。

だからこそ、一定のところで必ず限界を迎えます。「尊敬するステキな方々が、いまだ自分軸を手放せないのはなぜ?」と不思議に感じてなりません。繰り返します。自分軸だけでは、確実に破綻します。

・自分の価値観だけで判断してしまう
・他者の言葉が受け取れなくなる
・正しさがぶつかる
・孤独感が深まる

これは人間としての故障ではなく、《自分軸という構造の限界》です。成れの果ては孤立です。今回は、「自分軸と他人軸の調和案」を主張いたします。

自分軸を超えて〜世界幸福への調和案

自立軸(自他調和)

私は施術家当時から、「自立」を強烈に重要視してきました。本来の自立とは辞書に書いているような「依存しない状態」とは全く違います。「自然や社会とのつながりから、自らを確立させる」と定義づけています。

本当の意味で前へ進みたいなら、自分軸の上に自立軸を築く必要があります。自立軸によって柔軟貫徹力が培われます。会社に例えるなら経営戦略部。車のパーツならステアリングシステム。

・私とあなたが矛盾なく共に進める軸
・自分の願いと、相手の願いがぶつからずに折り合える軸

つまり自他調和 の感覚です。ここへ進むと
・影響力
・人間関係
・仕事の創造性
あらゆる領域の質が一段階上がります。「私が望むもの」を超えて「私とあなたが望むもの」という視点から自分軸を考えたら、だいぶ解釈が変わりませんか?

自律軸(心身調和)

ここまで読んで、「他者と調和するのは大切だけど、自分の内側はどうなるの?」と感じた方もいるかもしれません。その疑問こそが、「自律軸(心身調和)」の必要性を示しています。

もともとこだわっていたのは自立でしたが、あるお客様との対話から自律の価値が浮き彫り化されてきました。定義を「自然や社会とのつながりから、自らを確立する」としており、会社では企業&経営理念のような役割を示します。

分かってみて、気にならなかった理由が、つかみどころがないから。「自立と自律の違いって何?」を問い続けて8年が経ちました。

自立軸が外との調和なら、自律軸は内側の調和。自発適応力が培われます。

・頭と心のズレが減る(身口意)
・感情に振り回されなくなる
・体の声が聴こえやすくなる
・余白を生み出し直感が働きやすくなる

外との調和を持続させるためには、
内側の静けさとしなやかさが欠かせません。

心身調和が土台にあるからこそ、自他調和が安定します。この順番が、とても大切なのです。

「守る」から「開いていく」

自分軸にこだわるほど、視野は内側に閉じていきます。自分軸は必要ですが、出発点でありゴールではありません。そこから先へ進みたい方のための道が、

・自立軸(自他調和)
・自律軸(心身調和)

この2つの軸は、自己開示によって強くなります。閉じて守る軸から、開いてつながる軸へ。この転換こそが、人生の流れを大きく変えます。

自分軸 → 自立軸 → 自律軸 と展開していますが、あなたはこう感じていたりしませんか?

「なぜその順番なのか?」

「自分を守る軸 → 他者と歩む軸 → すべてを統合する軸 」という順番でないと、世界観が壊れてしまうから。繰り返しお伝えしているとおり、自分軸も必要です。自分軸が明確でなければ、自立軸もブレます。無形でつかみどころがない自律軸なんて分かり得るわけがありません。

もしあなたが、「自分軸で頑張っているのに、なぜかうまくいかない」と感じているなら──────

それは故障ではなく、次の段階へ進む準備が整った合図なのかもしれません。あなたが今握っているものを、ほんの少し緩めた先に、全く新しい世界幸福が待っています。

#人間関係
#龍
#感情
#価値観
#直感
#自分軸

9割が無自覚!人生を左右する習慣

私の話が伝わりにくい理由

ここ最近の瞑想で、つながり納得できたことがあります。なぜ私の表現が伝わりにくいのか?────「内容が、私の人格の器を超えている」からです。

振り返ってみると、10年以上前の施術家当時からの悩みでした。多くの場合、聴く耳持つ前に「こいつの話を聴く価値があるのか?」と、人格査定が入ります。分かりやすく内容の情報量が1,000で、私の器の許容量を100とします。900は隠されている現状なのだと理解できました。

今までは「理解者を探す」ことに意識が向いていましたが、優先順位は逆でした。まずは私の器を深め広げ、伝えたい内容がきちんと伝わる土台を作ること。本格的に届けていくのは以降の話です。この順番の大切さに、ようやく気づけたのです。

気づけたきっかけは、無自覚の正体である「◯◯◯◯」。あまりの格差を目の当たりにしてしまったのです。

あなたも毎日している◯◯◯◯

9割が無自覚というのは、自己対話。あくまで私の体感で、統計データがありません。相応に、データにする価値がないとみなされているのか?しようとしてはいるが、つかみどころがなさすぎてできないのか?

なぜ自己対話でこのような展開になるのでしょうか?「人生の質は、内側の対話の質で決まる」聞いたこと、ありませんか?私の場合、幼少期から周囲との価値観が合わず、自己対話せざるを得ませんでした。思い返した限りには小4の「死んで呪い殺してやる」が出発点。本当に紆余曲折ありました。

長年「自己対話なんて誰でもしているはず」と思っていたのですが、現実を知って驚きました。「している自覚がない方」が圧倒的に多いのです。その無自覚さが人生を迷わせてしまう原因でもあります。

9割が無自覚!人生を左右する習慣

例えばな場面。家族のために、夕食を作ろうとしている時。食材の買い出しに出かける前から、「◯◯ちゃんは魚が好きだから〜」なんて考えたなら、未来の「料理を皆で食べているあなた」と対話しているのです。これも立派な自己対話の一種。気づかないだけで、誰もが日常的に続けています。

「ただの・・・」と言えますか?

・「また同じ失敗した・・・」
・「なんか気が重いな」
・「あの人、どう思ってるんだろう」
・「私って、やっぱりダメなのかな」
・「まあいっか、今日はこっちにしよう」
・「なんであんなこと言ったんだろう」

すべて「自分の内側との会話=自己対話」です。

多くの方は、それを「ただの気分」「ただのつぶやき」として扱ってしまいます。私が初めて気がついたのは、「お風呂で体を洗っている時に多い」という話を聴いた時。なんと「あ〜、ムカつく!」と叫び声まであげていたのです。

ある日の買い物にて。となりでブツブツ声が聞こえてきます。「これ、買ったら◯◯がキツくなるよな〜。だけど欲しいな〜。あれを切れば買えるようになるかな?しかしな〜」

周囲に聞こえていることを自覚していない典型例ですね。

人生を揺さぶる「無自覚な対話」

何気なく思った一言が、その日の気分を作り、やる気や行動を決め、人間関係や仕事の結果にまで影響します。

親しい友人と買い物へ出かけたとしましょう。「AとB、どっちがいい?」と問われたので、「Aかな」と返したらガッカリな顔をされた記憶、ありませんか?訊いてきた方は、「Bがいい」と半分決めていたのでは?確認の意味であなたに問うていたとしたら?

もともと強烈なネガティバーです。「俺はなんて不幸な星の下に生まれたんだろう?」が口グセだった20歳当時。振り返ってみて、やることなすこと全てが裏目に出ていたのは「そりゃそうなるよなぁ」と、大いにうなづきます。

私自身、よく「考えてみます」を多用していました。自らに問うたのが「『考えてみます』って、自分の中の誰と?」。多くは対話をしている自覚がないから、気づいたら心が重くなっていたり、自信が揺さぶられていたりします。あなたの場合、いかがでしょう?

自己対話で何が変わる?

すごく分かりやすいのは、気持ちの回復です。

・落ちてもすぐ戻れる
・不安の原因が分かる
・自分の本音をつかめる
・余計な我慢がなくなる
・他人に振り回されにくくなる

これらは全部、内側で起きているカラクリに気づけるから。別の言葉で表現するなら、客観視。さもTV番組を見るかのように、起きている出来事を傍観できるのです。

客観視のメリットは、感情移入が減ることです。例えば英会話のビデオセットを買ってしまった22歳当時。法外なやり方に感情的になりましたが、渦中から抜け出て傍観していると、買うようになてしまった背景や気持ちの移り変わりが伝わってきます。結果、当時の過ちを許せるように。

大小の差はあれども、日常的に多くの選択や◯想をしています。日々の積み重ねの結果、ここぞという時に成果に結びつけるスターが現れます。Mr.ジャイアンツ長嶋さんの「ボールが止まって見えた」なんて分かりやすい実例です。

自己対話は生理現象の1つ

もしあなたに「どうしたらあなたのような呼吸ができるのか、ぜひ教えていただけませんか?」と問われても、「はぁ?」となりませんか?自己対話とは、呼吸が勝手に行われているようになされています。

重要ポイントは、扱い方次第。私の場合、32歳当時に生み出した「究極のパートナー」との対話を繰り重ねています。対話相手がはっきりしているほど、人生の軸はブレません。もちろん、生み出した後の設定や調整等は、ご要望に合わせて関わらせていただきます。

だからこそ、まず最初の一歩は──「私は内側で何をしゃべっているんだろう?」と、少し意識を向けてみる。これだけで、人生の見え方が変わり始めます。

もしあなたが今、理由の分からないモヤモヤや、前に進めない感覚を抱えているなら──あなたからのメッセージお待ちしております。

生かすも殺すも言葉次第

常識の創出

「恒常性自発力」の続きとして、なんとなく今は「常識をつくる」というテーマを探っています。ナカモトサトシさんが残した一文が、気づけば世界を変えてしまったように、大変化は、案外些細なひと粒の概念がきっかけなのです。

瞑想から「私の中に何か小さな原石みたいなものがある?」そんな、おぼろげながら言葉にせずにいられない衝動が起きました。誰かに頼まれたわけでもないのに、どうしても新しい言葉を生み出したい欲求に駆られます。

私は長いこと姓名判断の世界で、20万人を超える名前に触れてきました。そこでは、正しいか間違いか、吉か凶か──そんな基準が渦巻く場所です。施術家でもあり名前で傷つく瞬間を何度も見てきたからこそ、言葉の力がどこまで人の心と体に響くのか、深く感じ取れるようになりました。

「生かすも殺すも言葉次第」は、気づいたら体に刻まれていた実感です。あなたにはどう感じるでしょうか?2020.4.26.に「姓名承認」が降りてきて、「ようやく地で生きていける」と感じたのは、本質魅力ルネサンスの火種でした。「生きた言葉を使い、天才性を発掘する」と舵を切ったのです。

恒常性自立力を発揮して世界幸福を実感している方のイメージ 「生かすも殺すも言葉次第」

恒常性自発力のその先へ

以下、私の自己問答の流れをそのまま載せます。あえて独白調で表現してみます。

「ずっと恒常性自発力である能動性を発揮し続ける」って、どういう状態なんだろう?そもそも「ホメオスタシス(恒常性維持機能)」とは、膝を擦りむいたら時を経て元に戻るように、すべての生命体に備わっている。まさに機能だ。

恒常性自発力とは、機能に意図を加えたものだから、常に発揮されるものではない。主体性を持った力(エネルギー)が働いている。これがずーっと発揮されるってことだよね?

回り続けるコマみたいな感じ?回転数に応じて軸がブレなければ、多少の揺れは自然に吸収してくれる。そうなると、自律とか自立とか、そんな軸が必要になるよな。だってずっと長く続けさせるためには、回転運動じゃないと成り立たないから。

自律はエネルギーそのもので形がなく、自立の中には自律が含まれているようにも思える。現実に影響を与えようとするなら、やっぱり自立が表に出てくるよね?となると、「恒常性自立力」──そんな言葉が浮かんでくるよな。

どんな状況でも、自立力が自然と発揮されている状態。そう考えていくと、なんだか理想論のようでもあり、自然治癒力の本質を理解して生きていけば、まったくの絵空事とも言い切れないような気もする。

ただ、それをそこまで追究する必要があるのか?今回はちょっと、私の好みや感覚をいったん脇に置いて考えたいね。

世界幸福

20歳の頃から願ってきた世界平和。とはいえ現実には争いが続き、身近な人間関係でも衝突は起き、「思い描く平和」とはどこか距離があります。

「このまま成長し続けた先に、本当にその光があるのだろうか?」そんな問いがずっと消えませんでした。

かつ私は、「平和」という言葉に昔から少し違和感がありました。《感謝すればいいい》と言われ続け、「どうしたら感謝できるのか」を尋ねても答えられず、その似たような空白が20年以上積もっていったからかもしれません。

願っても叶わないなら、もしかしたら「平和」という言葉そのものが、私には混乱を生み出す元凶だったのかもしれません。振り返ってそう考えると、いろんな矛盾が整理できます。

そこで浮かんできたのが、【世界幸福】。幸福とは、生きがいや喜びを分かち合えている状態。人によって形が違うからこそ、むしろ現実味がある。みんなが「私は幸福だ」と感じている世界があるとしたら、それは想像以上にしなやかで広がりのある世界かもしれません。

もし恒常性自立力が人々に当たり前に浸透していたら、世界幸福という状態が当たり前になっていても不思議ではない気がします。

量子力学では、世界はあなたの主観で形作られると言われます。あなたの世界観次第で、「世界幸福」の輪郭も変化していくのかもしれません。

もしも──もしも世界中の誰もが、「今の自分は幸福だ」と、ほんの少しでも感じられる瞬間が満ちていたなら。それは、これまで語られてきた「平和」を、確かに超えていくのではないでしょうか。

では、あなたの周囲ですぐにできる小さな変化とは何か?そんな問いが次に浮かびます。これは理論ではなく、体感としての問いです。あなたの言葉や行動が、大切な方の心にほんの少しでも響く──その瞬間が重なって、世界幸福の一部を形作っていくのかもしれません。

あなたの中へゆるやかに、世界幸福(Global Happiness)が満ちていく日を願いながら。


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#感謝
#平和

消化不良だった感情〜外舘美奈さん物語11

ガンになる要因を無自覚に孕んでいた事実に、大いにショックを受けた美奈さん。かつ同じくらい変化への希望を見出せた喜びも噛みしめています。志を成し遂げるため、生半可な気持ちで始めたわけではありません。さらなる深みを究めてまいります。

これから2回目の熟成ステージ。膵臓の次は?

いかに向き合うのか?

「先日の対話、振り返ってみていかがでしたか?」

「はい。『噛む』という行為が、こんなにも深い意味を持っていたなんて—— お恥ずかしながら、考えたことがありませんでした。今、初めてその本質に触れようとしています。

分かってみれば、たわいもないごく当然の常識。なぜこんな簡単な間違いに気づけなかったのか、悔しさがこみ上げてきます。」

「そうですよね。『なぜ気づけなかったのか?』って悔しく思うこと、たくさんありますよね。ボタンのかけ違いみたく。近しいほどに、本当の価値には気づきにくいんですよ」

「これまで、健康には気を遣ってきたつもりでした。 誰かに『いいよ』と言われたものは、すぐに試してきたんです。しかし『自分の体を信頼していない証拠だ』と言われた時はまさに愕然で、悔しいけどそのとおりです。

『噛まなくても、体が処理してくれる』—— そんな無意識の依存が、私の中に根を張っていたんですね。今まで、しっかり自分と向き合いきれていると思えていました。フタを開けてみると、全く的外れだったことが残念でなりません。」

向き合うことがなぜ重要か?

「美奈さんは、ちゃんと向き合っていらっしゃいますよ。だから正しいと認めたことを素直に受け入れきれるんです。

前に人工透析を週4回受けている方のご自宅へ招待されたことがあります。最寄り駅へ家族総出で迎えていただけたのは嬉しかったんですが、その後スーパーで菓子パンをどっさり買うんです。何のためかと思ったら、私へのおもてなしの振る舞いだったんです。」

「え!?ひどいですね。」

「ですよね。米を食べる機会はほぼなく、菓子パンが主食だというんです。透析がキツイと、涙ながらにせがまれました。だからこそ電車で2時間かけて出向いたんですよ。

『菓子パンやめるだけでも、透析の回数は減りますよ』と言いましたけどね・・・。結末はどうなったか、分かりますよね?話したくもありませんが、思い出してしまいました。」

「ごもっともです。本末転倒の典型例ですね。」

体が語れなかった記憶

「龍先生との対話から、気づいたことがあります。臓器たちは、それぞれの役割で感情を受け止める場所なんですよね。言いたいことを飲み込んだり、思いを抱えすぎたり—— そういったことが、体に負担をかけていたのではありませんか?」

「そのとおりです。よく気づかれましたね。今はメンタル面について語っているのに、『なぜ体と向き合ってきた経験がきっかけ?』なんですよ。心と体は、セットです。」

「やはり。『噛まない』という習慣は、 信頼関係の構築がうまくいっていないことの反映でもあったんじゃないでしょうか?『料理に集中してきたから、友達がいないのは仕方ない』—— そう思い込んできました。今は、孤独を噛みしめることすら避けていたのかもしれないって。」

「そこまで考え至りましたか。やはり美奈さんは、まぎれもなくしっかり向き合ってきていますよ。そうでなければ断片的なジグソーパズルのピースたちが、組み合わさっていくわけがありません。」

「確かに言われてみればそうですよね。今改めてスゴイと思えました。ただ、なんとなくそんな気がしたんです。『私が語っている』んじゃなく、『背後に語らされている』ような・・・。あ、だからこその『◯ ◯◯(パートナー)さん』なんですね。」

「さっそく効力発揮ですね。素晴らしいです。」

消化不良だった感情

「5歳の誕生日に関して、深掘りしてみるのがよさそうですね。あれからどうなりましたか?」 龍先生の問いに、腹を決めた。

「そうですよね。あの日のケーキは、店で売っているようなものとはかけ離れた、見映えが悪い手作りだったんです。それがきっかけで、友達との距離ができました。友達も私と同じように格好悪いと感じているはずだと決め込んでいました。家に連れてくるんじゃなかったと後悔しましたよ。

気持ちの上で、両親との断絶が起きました。何もかもに嫌気がさし、孤独感と疎外感の相乗効果。結果、家を離れたくなったんです。ずっと家を出るチャンスを伺っていました。

フランス料理修行という名目の裏には、噛めなかった感情が詰まっていましたね。環境を大きく変えることで、新しい人生をスタートできるはずだと考えておりました。だから何もない中、師匠との出会いを求め、一心不乱に没頭してきたんです。」

「そうでしたか。本当に向き合われましたね。いったん気づけたおかげで、芋づる式につながっているようですね。消化不良だった感情が、流れ出しているのを感じます。」

「はい。おかげさまです。『◯ ◯◯(パートナー)さんとの対話』が毎日の楽しみになっていますから。」

2つ星への入り口

「フレンチシェフとしての明確な志があるので、健康になることを通過点として考えきれていることが、やはり大きいですよね」

「ですよね。3つ星は通過点です。一流の料理人でも、『噛むこと』の重要性に気づいていない人は多いです。味や演出に偏り、食べる人の体との共同作業が仕込まれていません。私も、まさにその1人でしたから。」

「今は全く違いますね。これから急展開しそうですよ?」

「はい。私もそう感じています。『噛むという対話』の盲点に気づけたので、 2つ星への入り口がハッキリ見えてきました。かつ、おぼろげだった世界一のイメージも、さらに明確化されてきました。やはり、あきらめきれません。」

「え!?どんなふうに?」

「以前は、認められなかったからこその承認欲求で語っていました。今は確実に違います。テーマは感謝なんですが・・・。まだ言葉にできないので、後日改めてお伝えさせてください」

対話の核と自然治癒力

これまで私は、誰かの「いいよ」に従ってきた。今は、自分の中にある「対話の核」と向き合える時が来た。

ガンという症状も、 体が私に語りかけてくれていたメッセージだった。 噛むとは、食事の単純作業などではない。自己対話であり、感情の消化であり、生命との共同作業なのだ。

今までは自然治癒力や自己対話に対して、漠然とした理解だった。当然効果なんて、微塵も期待していなかった。今は、違いの圧倒的な格差である。

ガンは、私の生命だけでなく、料理人としての生き方を奪っていく脅威であり、退治しなければならない敵だった。今は明らかに違う。ガンにかからなければ、自己対話がこれほどに重要だとは考えなかった。当然のように周囲の「いいよ」に翻弄され、ウワッつらな感謝で人生を終えていただろう。

今の私が心から感じていること。「ガンさん、ありがとう」

ガンへの感謝 「消化不良だった感情〜外舘美奈さん物語11」


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自然治癒力の応用解釈

辞書で省略されている言葉

あなたは、「自然治癒力」について、どのようにお考えでしょうか?

期間の長短があるだけで、膝を擦りむいても必ず元通りになるので、「ツバでもつけとけ」なんて言われたものです。多くの皆さんに問うてみて、圧倒的に「私次第」と返ってきます。大枠では確かにそのとおりなのですが、正確には惜しいです。

理由は同じ「私次第」であっても、一晩ぐっすり寝てスッキリ治す方もいれば、悶々としながら数週間経っても一向に変わらない方も。同じ「私次第」なのです。違いとは?

もともと辞書は、紙ベースです。本にするためには、ある一定の文字数で収めなければなりません。「これくらい当然なんだから、省略してもいいだろう」となってしまうこと、イメージできるでしょうか?データ化され、文字数の制限がなくなっても、この風習がそのまま継続されているとしたら?

あまりに当たり前すぎて省略されているキーワードとは、何なのでしょうか?あなたなら、何と答えますか?

答えは・・・・・・・・・・・、「治すと決めている私」です。そう考えると、1日の始まりは、夜寝る前です。例えば「明日は5時に起きよう」と決めて眠りについていませんか?

「◯すると決めている私」は、すさまじく応用が利きます。「やると決めている」からできます。「成功すると決めて」いれば、何が何でも何らかの成功を手に取ろうと燃えます。

自然治癒力の応用解釈

応用が利くということは、自然治癒力とは健康面における分野で当てはまる言葉です。経済はじめ事業にも教育にも生産管理にも、あらゆる分野に調和統合できる言葉とは?

経済においては、「お金=血液、信用=免疫」に置き換えれます。事業では「理念=骨格、関係性=神経」、教育では「好奇心=呼吸、問い=脈拍」、生産管理では「品質=体温、工程=循環器」等々。あなたなら、どんな例えを好まれますか?

現状で最も近しい表現は、「恒常性維持機能(ホメオスタシス)」です。体温はじめ心も体も、あなたが強く長くイメージしておられる状態へ維持されるようできています。これこそまさに、何も意図せずとも時を経て、ほぼ確実に起きていくシステムです。

ながらもこの表現だけでは、「決める」という意味合いは一切不要です。「決めるか否か」によって、多大な分岐点となってしまうにもかかわらず。「恒常性維持機能(ホメオスタシス)」という素晴らしい機能を土台として、「決める」という意志を交えた高次元的表現とは?

どうしても私は、新用語を生み出すことに興味関心が湧いてきてしまいます。考え導き出した案が、『恒常性自発力』。すごく重要なのが「自発力」。 外からの命令ではなく、内側から「自ら整おうとする(自助)力」があるのです。

恒常性維持機能を土台とした恒常性自発力 「自然治癒力の応用解釈」

不調をきたした状態が分かりやすそうですね。不調の原因は、内なる力がうまく働けない状態になっているから。例えば

・ストレスで呼吸が浅くなる
・感情を抑え込んで、体が固まる
・自分の声を無視して、過度な同調

なんて身に覚えがある方、いらっしゃいませんか?刺激を受けた時に、あなたはどんな対応をするのでしょうか?

「決める」とは?

ここでさらに1段階深めます。「決める」とは?多くの皆さんからは「選択する」と返ってきていましたが、あなたの場合はいかがでしょう?答えは・・・・・・・・・、「捨てる」。

分かりやすく、レストランに行きました。カレーかパスタ、どちらがいいか悩みます。悩んだ結果、カレーに決めたにもかかわらず、カレーを食べながらパスタを思う方。よく起こりがちな典型例です。

カレーに決めた以上は、パスタというイメージを捨てるのです。まさに「パスタなんて、選択肢にもともとなかった」という感覚。だからこそ決めるという行為は、痛みを伴う場面が多いのです。

もしあなたが「決める」ことでもたらされる感動とは?もしあなたが「決める」ことでもたらされるご縁とは?もしあなたが「決める」ことでもたらされる安らぎとは?

今まで私は、基本的に肯定派で生きてきました。結果、大半において大失敗をやらかし、損切りで痛い目に遭ってきました。以降は、「Yes or No?」「乗るか反るか」という判断基準をより研ぎ澄ましてまいります。経営者脳へ切り替わりつつあることを喜んでいます。

あなたは、どのような決め方をしていますか?


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