「昨日の私」に克ちきる

熱意を持つための熱意

一見整体とは無関係に感じるかもしれませんが、自立整体セラピーでは超重要視しています。

ここで踏ん張らないといけないのに、どうしてもやる気が起きない・・・。気持ちばかりが先立って、できない部分ばかりを見つめてしまう・・・。そんな経験ありませんか?

なぜそんな事が起こるのか?たいていの理由は、プラスに働こうとするエネルギーが拡散し、あちこちの方向を向いているからです。まさにそんな時期がありました。何もかもうまくいかず、絶望的な状況でした。

散漫になったエネルギーを振り絞って、散り散りになったエネルギーをかき集めようとする内に、必ずと言っていいくらいに引き上げてくれるような方との出会いがありました。

「自分の中にないものを作り出せ」と言われても、ないんだからできるはずがありません。ならば、水が高いところから流れてくるように、そういう出会いを求めざるを得ません。よって最初は、「『私』には、今はない」と自覚する事から始まります。

気づいたきっかけは、「どんな事をしてもいいから、結果を持って来い」と当時のある上司から言われた事でした。やってもやっても何かが変わりそうな気配がありません。周囲の同僚は続々結果を出しているのに、情熱が萎えて来ました。

どうしてもあきらめきれない気持ちがありましたから、悶え苦しみました。ないエネルギーの中で、ふてくされる自分を励まし、大口顧客に出会えた時は号泣するほど感動しました。しかし結果を出せず、クビになった時も多々ありました。

「これだけやってダメなんだから、人生そのものを放棄しようか?」と真剣に思いつめた時ほど、道を照らしてくれるようなメンターとのご縁がありました。演技でやっても、人的評価じゃありません。あまり意味がないでしょうね^^;

こんな経験から、「熱意を持つための熱意」と表現しています。

秘価値の浮き彫り化

最高のライバルは、「昨日の『私』」です。
5~10年前の自分とどれくらい変わったかは分かりやすいでしょうが、1ヶ月前や1週間前の自分と比べてみてはっきり分かるようであれば、かなりイイ評価を下せそうですね。

時間って不思議なものですね。喜んで充実し忙しく過ごした時、時間が経つのが早く感じ、昨日の出来事がすごく昔だったように感じます。かつそれが経験として身についていれば、はるか昔の出来事でも鮮明に覚えてる場合が多いです。

葛藤しながらも克服しようともがいている時(営業当時はまさにそうでした)は、時間が経つのが遅く感じつつも昨日の出来事がはるか昔に感じます。過去の苦い経験がいい思い出になる事が多々あります。

無目的に過ごしている時は、ヒマで時が早く過ぎる事を願っていたり、せわしく動いていた時の記憶を回想したりします。その時の自分は「今」になく、「今」という時間を愛してもいません。活発化した時に「え!もうそんなに経った!?」と「今」に戻ります。その時の記憶はほとんど残ってません。

無目的だった時の経験にも価値は絶対にあります。
意義のある人生を送る秘訣は、すべての行動を有意義なものにすること」(『「戦う自分」を作る13の成功戦略』p93 byジョン・C・マクスウェル)

人生とは、解釈次第です。将来形成されていく「私」は、確実に過去からの経験が根拠になっています。過去の自分を認め愛さない限り、将来に本当の意味で輝いた自分はありません。たとえ刑務所に入っていたような過去があろうとも。

意味がない(と感じれる)事にこそ、本当の価値が隠されている事もあります。