先日、物語17で終えた藤堂富美子さん。当初は「1ページセッションシリーズ」を4話で終える予定でしたが、「富美子さんが1ページセッションを受けたらどうなるだろう?」とアイデアが湧きました。
託すことで広がる視界
舞台の本番直前、私は弟子たちに舞台演出の最終調整を完全に託していた。かつてなら、細部まで自らで確認し、納得しない限りGOサインは出さなかった。今は違う。
「私が全てを抱える必要はない。むしろ、信頼できる人に託すことで、私は本当に必要な一点に集中できる」
私が託すことを学んだのは、この1年間で受けた「自立具現化コーリング」と「遺名コーリング」、そして先日の「人生の1ページセッション」だった。自分の物語を、あえて第3者視点から整えてもらうことで、過去と未来の繋がりがより鮮明になった。舞台でも人生でも、託すことで自分の役割が際立つ感覚が生まれたのだ。
AIの進化にも似ていると感じている。表面的に見るなら、計算機が世に出たことで暗算力を奪ったことになる。しかし大極的に考えるなら、複雑な構想や高度な判断へ時間を費やせるのだ。AIや信頼できる人へ「託す」ことで、自分の才能をより先鋭化するための余白ができる。
AIと弟子による先鋭化の余白
第3者視点で物語を整えてもらうことで、過去と未来の繋がりがより鮮明になり、舞台でも人生でも役割が際立つ感覚を得た。よく「相違点を喜べ」等の格言を目にしていたが、まもなく80にしてようやく理解できたことが嬉しい。

例えば舞台演出を弟子に託したことで、舞の「間」と「呼吸」の微調整に集中できた。その微調整が、舞台全体の空気を一変させた。観客からは「先生の舞は、時が止まったように感じた」と大絶賛の声が相次いだ。
家庭でも同じだ。孫の学校行事や家族旅行の計画は娘たちに任せ、私はその場で全身全霊をかけて愛情を注げる。娘たちが私のことを気遣ってくれている安心感がある。「あなたたちに任せてよかったわ」と心から笑えたのは、龍先生の「自分と他人への信頼度は比例関係にある」を体感的に理解できているからだ。
私においては、託すことは放棄ではない。託すという行為は、私自身を信頼しているからこそできること。だからこそ使命をより鋭く、深く研ぎ澄ませるための選択肢となれるのだ。その先鋭化は、確実に加速している。
崩壊と再生と恩返し
思えば娘の泣きながらの訴え「それって、お母さんの自己満足でしょ!?」と言われた瞬間、背筋が凍りつく実感があった。今まで築き上げてきたすべてが、見事に崩れ落ちてしまった。
舞にはもちろん、生きることに疑問を感じるようになった。なぜこんなにも不安で惨めな気持ちになるのか、意味が分からない。初めて体験する込み上げてくる感情を、どうすることもできなかったのだ。
だからこそ、佐藤真紀子さんの記事に目を見張れたのだと思う。自分の中に解決策を見出せなかったから。真紀子さんを信頼するからこその龍先生という導線につながっている。これを「運命の導き」と言わずして何と言えばいいのだろう?
「役割を生きるだけじゃなく、存在を生きる。そのために私は、これからも託し続けます。──それが、私に命を授けてくれた人々への、何よりの恩返しだから。」
#舞台
#セッション
#人生
#信頼
#龍
#格言