以降、1日のインタビューですが、3回(現状の予定)に分割します。歩美さんにおいて、大いに重要な転換点となります。
静かな店
店の前に立つと、営業日の賑わいとは違う静けさがあった。「定休日」の表示がなされ、看板の灯りも落ちている。それでも、厨房の奥から柔らかな灯りが漏れていた。
扉を開けると、スタッフに導かれ、オーナーシェフ 美奈さんがいた。客席は片付いていて、普段より広く感じる。厨房の空気だけが生きているようだった。私はカウンター越しに、厨房に立つ美奈さんへインタビューさせていただくことになった。

「いらっしゃい。今日は営業じゃないから、気楽にどうぞ」
「はい。ありがとうございます」
「今日はお伝えしていた通り、まかないです」
「はい。楽しみにしておりました」
美奈さんは微笑みながら、鍋に火を入れた。手際は静かで無駄がない。包丁の音も控えめで、どこか落ち着いたリズムがある。
語られる歩み
料理が出来上がるまでの時間、2人はぽつりぽつりと話し始めた。
最初は店のこと。次に料理のこと。やがて話題は、自然と美奈さんのこれまでの歩みに移っていった。母のこと。店の歴史のこと。志のこと。
料理の道を継ぐことが、最初から決まっていたわけではなかったこと。むしろ距離を置こうとしていた時期もあったこと。
「継ぐって、言葉にすると簡単ですけどね」
美奈さんは鍋を混ぜながら、朴訥に言った。
「本当は、ずっと葛藤していました」
母の背中。
守ってきた味。
店という場所の重さ。
それらを受け取ることが、どれだけ簡単ではなかったか。話を聞いているうちに、少しずつイメージができ上がってきた。
声
やがて料理ができ上がり、カウンターに皿が並び、スタッフが食卓の準備をしてくれる。美奈さんとスーシェフだと言う方と、私のAD。4人で食卓を囲む。
見た目は素朴だが、ほのかな心地よい香り。ナイフとフォークを取り、一口運ぶ。派手さはないながら、どこか奥行きがある。
話はそのまま続いた。
店を続ける中での壁。
料理人としての迷い。
母との距離。
私はメモを取りながら、時折顔を上げて美奈さんを見た。その時。ふと、違和感に気づく。いや、違和感というより──妙に心に残る感覚。声だ。柔らかい。落ち着いている。けれど、ただ穏やかなだけではない。どこか芯がある。静かなのに、不思議と耳に残る。
首をかしげてしまう。(・・・なんだろう)今まで取材で会ってきた人たちとは、どこか違う。説明しにくいが、確かに感じるものがある。何かを乗り越えてきた人の声。気づくと、言葉が口から出ていた。
「美奈さんの声って・・・」
美奈が顔を上げる。「はい?」
「なんというか・・・」少し言葉を探した。
「落ち着きとともに、すごく芯がありますよね」
美奈さんは少し照れくさそうに笑った。「そうですか?」
「ええ。今まで会った人と、ちょっと違う感じがして」
一言
私自身も、うまく説明できない。ただ、ふと疑問が浮かぶ。何があったら、こんな声になるんだろう?料理の話。人生の話。それだけでは、まだ足りない気がする。もう少し踏み込んでみることにした。
「これまでの経験が、声に出ているんですかね?」
そう言うと、美奈さんは少しだけ考えるように視線を落とした。
そして、静かに言った。
「もしかしたら・・・、あるかもしれません」
少し間が空く。
「実は、私・・・」
その言葉の続きが、私のこれからの探求を、大きく変えていくことになる。