美智子さんの特集企画
編集部の会議室を出た後も、私の頭の中には1つの言葉が残っていた。
「好相性」
今回の特集は、美智子さん。人や野菜との関係性の中で、凛と立つ人物として知られる彼女を軸に、「本質的な好相性とは何か」を探る企画だ。
特集にふさわしい人物を探すため、候補者を洗い直した。
・精進寄りで『整える食』を看板にしている料亭板前
・マクロビで陰陽を語れる料理教室講師
・薬膳・陰陽五行を前面に出す薬膳料理家
・発酵で『腸と暮らし』を謳う発酵マイスター
経歴だけ見れば申し分ない。実績もある。評価も高い。それでも、どこか決定打がない。取材メモを閉じながら、小さくつぶやいた。
「・・・違うんだよな」言葉にしにくい違和感。何かが欠けている。デスクに戻り、資料を広げた。人物・歴史・文化・伝統――思いつく限りの資料を引き寄せていく。しかし、どこかしっくり来ない。
伝統が背負うもの
ふと目に止まったのは、江戸時代から続く老舗の話だった。とりわけ美智子さんの重ね煮思想は、江戸時代から代々受け継がれてきたもの。伝統や格式をいかに承継してきたのか?美智子さんが生活に溶け込ませていく生涯で、オリジナリティはどれくらい発揮されているのか?どんな葛藤があったのか?
何百年も続く家。
継承される技術。
守られる格式。
その記事を読みながら、息を吐く。
パリの三つ星を歴代受けている老舗レストラン。
日本検察の有罪確定率99.9%。
名家や老舗企業の後継者問題。
どの世界でも、長く続くものには共通点がある。「失敗できない」という空気だ。
評価を落とせない。
伝統を傷つけられない。
前例を壊せない。
それは誇りであると同時に、見えない恐怖でもある。「型破り」とは、基礎から忠実に鍛錬してきた者にしかなし得ない。美智子さんがまとっている空気感は、明らかに温故知新を生き様として体現させているのだ。
本物の好相性とは

ペンを手に取った。「好相性とは何か?」紙に書く。そしてその下に、もう一行。「安心して同じ型に入れること?」自分で書いた文字を見つめる。違う気がする。もう一行書く。「型を壊しても成り立つ関係?」手が止まる。どちらが本物?
夜になり、オフィスはひっそりとしている。椅子にもたれ、天井を見上げる。
もしかして―――頭に浮かんだ考えを、すぐに否定しようとした。しかし消えない。《今探している枠の中に、本物はいないのではないか?》候補者が悪いわけではなく、この企画の問いに応えるものではない。そんな気がしてしまう。
PCを閉じた。このままでは特集が組めない。新しい視点を見出し活路を探さなければ。誰か、本当に「好相性」という言葉の意味を体現している人。美智子さんの温故知新という生き様に応えきれる人。
そう思った瞬間、スマートフォンが震えた。画面を見る。長女「育美」。また?連日は本当に珍しい。通話をタップする。
「もしもし?」
ほんの数秒の沈黙のあと、電話の向こうで育美の声がした。
その声を聴いた瞬間、胸に別の不安がよぎった。仕事の問題とは別の、もっと身近な――家庭の問題が、しめやかに深まり始めていた。