
心と体のマリアージュ
龍先生との対話を通じて、今までの当たり前に感じてきたことが、ものすごく新鮮味を帯びてきた。体を通じてひも解いていく手法が、あまりにピンポイントであることに圧倒されている。
最近は、料理で言っているマリアージュが起きている。心と体のマリアージュ。料理ではできたとしても、私自身においては得体の知れない大きな壁を感じていた。長年の悩みだった低体温症から解放されてきた。むくんでいた事実にも気づけず、解消されてきたことで初めて実感できたのだ。
骨盤を境に体が分離したような感覚がずっとあったが、腎臓に原因があったことを指摘され、大いに納得。「孤独でいい」と思い込んできたあの感覚は、ただ体に無理を押しつけていただけだったのかもしれない。
生き方の軸に戻れる道標
そして、もう1つ。姓名覚醒という龍先生オリジナルが、自分の核を炙り出す術だという実感が芽生え始めている。
名前とは「生まれた時に与えられる識別情報」ではなく、生き方の軸に戻るための道標なのだと、今なら分かる。
龍先生は言う。「名前をどう解釈するかは、人生を大きく左右します。美奈さんがどんなに迷っても、名前にこそヒントがあります」
その言葉が、最近になってじわりと腹に落ち始めてきた。対話を通じて感じてきている「本来の私」から外れてしまうと、体が違和感サインを出す。逆に自分に戻るほど、体は追い風に乗っているかのように整い始める。
開かれた時空の扉
私にとって姓名覚醒は、迷い続けた人生の地図を、正しく適切に更新する行為だったのだ。何より、ライフプロファイリングを通じて「時空のリズム」をとらえきれたことが大きい。私は「黒宙長空」という性質を持っており、
・親元を離れ上京した
・NHK出演依頼があった年
・今が向き合うべき転換期であること
・開店してから4年間、急激な成長
これらが驚くほど整合している。ここまでの人生がその周期に沿って動いていたのなら、これからの予測にも使えるはずだ。人は誰でも、明確なリズムに乗って生きている。追い風なのか向かい風なのか、周期等のポイントさえ分かれば、恐れから準備に変えられる。
温度が思い出させてくれる
ガンである事実を仲間に打ち明けてから、店の空気が変わった。私1人で背負ってきた厨房が、初めてチームになった。
これから検査で店を空ける日も増える。料理も仕込みも、仲間に任せる場面が必ず出てくる。
私の舌。
私の包丁さばき。
私の判断基準。
そのすべてを、仲間を信じて託す時期が来たのだ。「任せる」という行為に、恐怖感が否めなかった。しかし実際に最も感じたのは、温かさだった。「仲間を信じきれている私」が嬉しいのだ。
ガンである事実を打ち明けてから、チームとして一丸となって進めていく方針を決めた。検査等で店を空ける状況も増えてくるだろう。どうしても仲間に任せなければならない。私の舌や包丁さばき等の強みを、仲間を信じなければならないのだ。
信頼が味をつくる
「今日は、試作があります。味、みてもらえませんか?」スーシェフの悠太が言い寄ってきた。
心臓が跳ねた。──味をみる?──今の私が?
断る理由はいくらでもあった。けれど、喉元に浮かびかけた否定を、美奈は飲み込んだ。代わりに、静かに息を吸った。
「・・・いいわ」
厨房の奥では、他のスタッフもそわそわとこちらを伺っていた。その視線を背中に受けながら、美奈は椅子に腰を下ろす。悠太が運んできた皿は、彼らしい繊細な構成だった。
魚介の香りとハーブの蒸気が、ほんのりと立ち上る。
「味わってみてください」
フォークを手にした瞬間、ほんの少し震えた。味わうという行為が、こんなにも怖い日が来るとは思わなかった。
ひと口。舌は、やはり曖昧だ。輪郭はぼやけ、立体感が薄い。────でも「・・・温度が、いいわね」自分でも驚くほど自然に、その言葉が出た。悠太が目を丸くする。
「温度・・・・・・ですか?」
「うん。舌じゃなくて、体の奥で分かる感じがする。あなた、最近変えたでしょ? 火入れのタイミング」
悠太は、嬉しさと驚きが入り混じった顔で頷いた。
「はい。気づくとは思いませんでした」
「味は・・・まあ、曖昧なんだけどね」美奈は、苦笑した。けれど、その苦笑は今までの強がりとは違った。肩の力が抜けていた。
仲間の配慮
「シェフ」悠太が不意に、真剣な顔で言った。
「え?何?」
「僕たち、ずっと待っていますよ。『味を判断する人』じゃなくて・・・、僕たちと一緒に料理を作るあなたを」
返事ができなかった。胸の奥が熱くて、うまく声が出ない。今まで「私だけが一生懸命」だと感じていた自分が恥ずかしい。
味覚が戻ったわけでもない。未来への不安が消えたわけでもない。ながらも──今、私の隣に大切な人がいることが、ただ嬉しかった。こう考えると、ガンにならなければ仲間の配慮にも気づけなかった。
龍先生いわく「ガンが治るかどうかは分かりませんが、治った方のほぼ100%が、生き方が変わっています。のべ3万人超の体と向き合ってみて感じるのが、体は確実にご主人様である美奈さんを慕っています。すべての症状は、生き方修正のメッセージなんです」がこだましてくる。
「・・・ありがとう」恥ずかしさまじりにか細い。が、確かに言えた。その瞬間、店の空気が少しだけ温かくなったような気がした。
厨房の天窓から差し込む木漏れ日が、ほのかに揺れた。私は改めて包丁を手に取った。
「少しだけ、手伝ってもいい?」
悠太の顔がパッと明るくなる。「もちろんです」
私は前掛けを結んだ。結び目をきゅっと引き締めた時、心にも同じ音がした。──まだ終わっていない。その感覚が、ほんのかすかな灯として、胸に灯っていた。
次回予告
「こんなにも素晴らしいのに、どうして普及していないのだろう?」と疑問が湧いてきた美奈さん。前回の芽衣子さんはじめすべての主人公たちが感じてきていた疑問に対して、答えてまいります。