
青天の霹靂
「娘さんが、万引きで保護されています。できる限りお早めに、こちらの署へいらしていただけますか?」
警察から電話があったのは、飯田橋の編集部で校正を確認している最中だった。
まさに青天の霹靂で、何の冗談かと意味が分からなかった。大学生の次女 直美は、静かで手がかからない子だと思っていた。
私は席を立ち、必要な連絡を済ませ、中央線に乗った。車内はいつも通り混んでいた。
誰も動揺していない。私も、動揺していないはずだった。怒りは湧かなかった。悲しみも、焦りも。
事実を処理する段取りを考えていた。怒るべきだろうか、と一度だけ考えた。まずは、店に謝罪し、弁償し、今後の手続きを確認する。それが私の役割かつ、正しい母親の対応。
私が立たねばならない
吉祥寺に着く頃、ふと、札幌の冬を思い出した。父が死んだあの夜も、私は同じように段取りを考えていた。母が抱きしめ号泣する中、私は泣かず立っていた。「歩美はしっかりしてるね」父の言葉が、今も体のどこかに残っている。
私は堺歩美、47歳。出版社の編集部長として、企画やインタビュー・校正等を受け持っている。新聞記者だった父の死から、12歳ながら長女として家族を守っていくと決めた。高卒で進学のため上京し23歳で結婚したが、夫の浮気で34歳当時に離婚。夫からの援助なしで、娘2人を育ててきた。
23歳の長女 育美は、高卒で家を出て今は横浜市在住。何をやっているのか詳細を理解しかねるまま、日本中を巡っている。母 麻由美は地元の札幌にて、もともとは戸建てだったが私の上京の際にマンションへ引っ越した。
父の死は表面的には事故死だったが、何か知られてはならない禁忌事項を突き止め、解明しようとしていたに違いない。死ぬ前の父は、よく「もし私が死んだら〜」と語っていた。だからこそ私が立たねばならないと、気を引き締めてきたのだ。
言葉につまる
警察署で直美は、ずっとうつむいたままだった。電車の中で想定した段取りに基づき対応。
帰宅後、沈黙の中「ママって、絶対怒らないよね。」
私は答えられなかった。怒らないのではない。怒れない。父が死んだあの夜から、段取りを優先するようになった。突如言われた返答には、思いがあっても言葉につまる。
答えを探す。叱る?諭す?慰める?どれが正しい?
直美は私を見ている。その視線の意味を考えているうちに、今日が終わった。