
長女 育美から
15時。原稿の赤入れを終えてコーヒーブレイク中、スマートフォンが震えた。画面に表示された名前を見て、思わず手が止まる。長女 育美から。
珍しい。通話をタップ。
「もしもし」
「ママ?」
外にいるらしい。風の音が混じっている。
「どうしたの?今、どこにいるの?横浜?」
育美はすぐに答えない。わずかな間を置いて返す。
「さっき、おばあちゃんから電話あった」
母だ。札幌から。
間。
「直美のこと、心配してた」コーヒーカップを机に置く。
「もうやるべきことは全部終わったよ。弁償もしたし、警察の人も初めてだろうって」
事実。電話の向こうで、育美がかすかに「うん」と言った。
「それ、直美にも言った?」
「言ったよ」
「そっか」
少し沈黙が流れる。育美が続ける。「あとね」
「うん?」
「昨日、直美からLINE来た」
なぜだろう?息がつまる。呼吸が2拍ほど止まる。
「なんて?」
育美は息を吸ってから言った。
「一言だけ」
間。育美にも言いにくいことがあるのだろうか?
「ママらしい」
「ママって、怒らないよね」
は?拍子抜け。間を空けて言うような重要なこと?育美には言いにくいことなの?なぜ直美は私にも言ったことを重ねて育美にも?
電話の向こうで、風が強くなる。
「それだけ?」
「うん」
また沈黙。育美の苦笑う気配。
「なんかさ」
「なに?」
「直美、怒られると思ってたっぽい」
・・・・・・・・。育美が続ける。
「でもママ、怒らないじゃん」
その言い方に、なんとなく引っかかる。
「怒る必要ある?弁償したし、初めてだし。怒ったって何も解決しない」
育美の渇いた笑い。「ママらしい」
その言葉が、心に雪が降り積もるように落ちた。
編集企画会議
17時。予定されていた会議。外舘美智子さんの特集記事の件。
「料理ページなのに、生活欄から反響が来てます」
「健康系の読者層も動いてます。創刊以来のダントツレビューです」
「『説明されていないのに腑に落ちる』って、同じ言い回しが多いですね」
想定外の反響に、どう特集をつなげていけばいいのか?ひとまずは、美智子さんに相性がよさそうな候補をあげてみることに落ち着いた。
直美との件は、今は切り離した方がいい。集中しよう。