主張せずも残るもの〜外舘美奈さん物語16

16・17・18と、ある3人の視点から書いてみます。まずは、主人公 美奈さん。

客層の変化

店の営業は、変わらず続いている。予約は埋まり、キャンセルも少ない。特別なことはしていない。メニューも、仕込みの流れも、以前と同じ。

それでも最近、1つだけ、微妙な違和感。客層が、少しずつ変わっている。

派手さはない。だが「料理が好き」というより、「何かの確認に来ている」ような人が増えた。写真を撮らず、質問も少なく、静かに食べる。帰り際も饒舌ではない。「美味しかったです」と短く言い、深く会釈して帰っていく。

評価とも、称賛とも違う。観察に近い視線。

似ている空気

仕込みの最中、スーシェフの悠太が、ふと口を開いた。「・・・前にも、こういう空気、ありましたよね」

「どの時?」包丁を動かしたまま、少しだけ眉を上げた。

「TVの人が来た時です。『プロフェッショナル』の話が来た頃」

手が、一瞬止まった。

確かにあの時も、正式な取材依頼が来る前に、同じような客が増えていた。
・名刺を出さない人
・肩書きを言わない人
それでも、厨房の動きや、皿の温度、間のとり方を、やけに見ていた。

「・・・似てる?」

「はい。取材って感じじゃない。でも、明らかに『観てる感じ』です 。そう、ミシュラン審査員もそうでしたよね。」

私は、小さく息を吐いた。「気のせいよ」

そう言いながらも、内側では否定しきれない。

数日後、店に一通の封書が届いた。差出人は、都内の出版社名。その名前を見ただけで分かった。私が長年、季刊で読み続けている出版社だ。先日の母の特集記事で釘付けになった。料理だけでなく、暮らしや思想を扱う、そんな少し硬派な編集部より。

中身は、取材依頼ではない。丁寧な挨拶文とともに、「参考までに」と一冊の雑誌が同封されている。母・美智子がコラム連載している、あの季刊誌の最新号だ。

錯綜

主張せずも残るもの〜外舘美奈さん物語16

ただ一箇所、鉛筆で小さく記されているメモ書き。「昔ながらの重ね煮思想が、現代料理にどう受け継がれているか?」

営業後の夜の厨房。灯りを落とす前に、しばらく立ち尽くす。場は、動いているように感じる。理由は分からない。

重ね煮思想とフレンチ。あり得ないはずなのに、否定しきれない。ページをめくると、母の毎回のコラム記事の一文が目に入った。

——料理は、主張しなくても、残る時は残る。

今までの師匠たちも、同じようなことを語ってきた。その意味を、理解したつもりでいた。でも今は、《理解したつもり》では済まされない。噛みしめるほど重くのしかかってきて、息が止まり、頭が真っ白になった。

スイッチに手を伸ばす。厨房の灯りが、1つずつ消えていく。鍵をかけ、外へ出る。夜の空気は、驚くほど澄んでいた。

あとがき

次回は、主人公 美奈さんは登場しません。「封書が送られた経緯」について。美奈さんの周囲で起きている水面下を追います。

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