揺らがない火〜外舘美奈さん物語23

揺らがない火〜外舘美奈さん物語23

3年連続の三つ星

10年後。

三つ星、3年連続。発表の日も、厨房で知らせを受け取った。前年と同じ方針と流れ。火入れの秒数も変えていない。発表の連絡が入っても、仕込みの手を止めなかった。

世界の料理誌が特集を組み、海外の若手料理人が研修を願い出る。本場パリの怪物職人と並び、「フレンチ基準を変えた料理人」として名が挙がっている。競い合う気持ちはない。評価の軸が違う。

昔の私なら、違った。星を意識した瞬間、皿を寄せにいっていた。審査員が来ると聞けば、火を強め味を濃くし、印象を作ろうとしていた。周囲は好ましく評してくれるかもしれないが、今振り返って感じているのは隠したかった黒歴史で、だからこそ成長の軌跡と言えるのだ。

今はしない。なぜか?星を得たいがための料理をやめたからだ。星が増えたのは、待つと切り換えた年からだった。

証明から決断へ

10年前。舌ガンの告知。医師は3人とも切除を勧めた。私は拒否した。無謀だったかもしれない。その夜初めて気づいた。

私は料理を「愛していた」のではない。料理で「証明」していた。

母への反発。
業界への対抗心。
自分への劣等感。

それを燃料にしていた。それでは、永続性がない。いつか終わりが来る。舌ガンは、私にとって方向修正だった。

肥やしにする

自立具現化コーリングを1つに集約するならこの問い。

「それは、あなたが決めたこと?」

答えられなかった。

三つ星も、世界一も、誰かに魅せるための目標だった。ようやくそこで初めて、自ら決め直した。世界一を目指すのは、《私があきらめきれないから》だと。

母の影響も、過去の折り目も、病も、材料にすると決めた。否定しない。肥やしにする。

そこから具体的に変えた。

・メニューの回転数を減らした
・客単価を上げた
・SNS露出を止めた
・星狙いの演出を外した
・仕込みを分業にした
・重ね煮野菜はじめ、世の調理法を研究した

結果、初年度は売上が下がった。批判も来た。仲間に見切られるかもしれない。それでも戻さなかった。星がなくなるかもしれない不安が襲ってきた。それでも決断を曲げなかった。

2年後、星が増えた。

4年後、三つ星。

揺らがない

今は分かる。星は「狙った料理」には来ない。軸を打ち重ねた結果である。3年連続は、驚きではない。再現性があるから。誰が来ようと、同じものをお客様へおもてなすのだ。

舌は戻った。だが戻ったから星が増えたのではない。舌へのプライドを保ちながら、「私の自主・自立・自律とは?」を追究してきたからだ。私の中核と向き合ってこれた達成感がある。

母から、毎週野菜が届く。仲間と定期的に畑の手伝いへ行くようにしてから、さらに団結が深まった。彼ら全員が、独立しても立派にやっていけるレベルにある。引き抜きの誘いもあるだろう。堅く一緒に関わり続けてくれていることが、本当にありがたい。

振り返って思うこと。10年前の私が恐れていたのは、舌を失うことではない。自分の人生に納得できないまま料理を続けることだった。だから向き合った、真剣に。だから今、揺らがない。

三つ星3年連続も、本場の怪物職人と並ぶ評価も、10年前からの積み重ねの延長。今まで道を作ってきた。今日からまた始める。これからだ。

#幸せ
#野菜
#料理
#自分の人生
#魂
#フレンチ

伝統を読み解く〜外舘美奈さん物語22

伝統を読み解く〜外舘美奈さん物語22

体に沁むまで

畑へ向かう朝。手帳を確認して、母の畑へ向かう予定を組んだ。手順だけを知りたければ、本を読めばいい。体感しなければ分からないことがある。最優先に考えている以上、何としても母の生き様を読み解き、核となる奥義を体現していく覚悟である。体に沁むまで。

土の感触を確かめる。水分はどうか、硬さはどうか、日照の角度や時間はどうだったか。収穫の熟度はどう判断していたか。目で、手で、体で読む。干し野菜の重さや層の並び方、鍋に落とすタイミング——それらはすべて、母の判断基準による。その微差の根拠とは、机上の空論では分かり得ないのだ。

戻した干し野菜を出汁に落とす。温度、浸す時間、置き方。それだけで、手順の意味が浮かび上がる。頭で考えなくても、体が先に理解する感覚。手順をなぞるだけでは決して辿り着けない深み。

母の背中を見ながら思う。手順だけを身につけても意味はない。本当に消化するためには、判断の理由や環境まで読み解く必要がある。母のやり方を自分の体に取り込み、消化し、自分の生き方でアレンジして初めて、意味が成立する。

深みの体現

江戸時代から受け継がれてきた我が家の重ね煮の伝統。母は他のことに興味が湧かなかったのだろうか——。ふと、過去の記憶がよみがえる。5歳の祝いに作ったケーキを否定され、17歳で家を出て以来、一切帰らなかった日々。私のような気持ちが湧いたことがないのか?

今、畑の端で黙々と草を抜く母の背中を前に、疑問が自然と手や目に流れ込んでくる。何にこだわり、何を取捨選択してきたのか——。言葉にする必要はないと言わんばかり。ひたすらに黙し、作業を続ける母の姿に、長年の重ね煮思想を示しているように感じられる。

全てが母の意思の現れであり、過去の折り目を消そうとする必要もない。理解しようとするのではなく、体に刻まれた判断の流れを感じ、吸収する——将来の輝く私になるために。

もともと寡黙な母。私も、所作から読み解いていきたい。今日、畑で確かめたことは、フレンチの現場で生かせる。「温度」「間」「火入れ」の感覚として、手に残る。それは単なる技術ではない。母の哲学を、体と手で理解した結果だ。

母が受け継ぎ実践している伝統を読み解くのだ。深みは、ここでしか得られない。これこそが、世界一のシェフへの道を、確かな手応えとして示してくれる。


#ケーキ

#幸せ
#フレンチ
#5歳
#畑

分からないから、確かめる〜外舘美奈さん物語21

夜の厨房。母の特集ページを、何度も読み返している。「重ね煮」という調理手法について、他の文献も取り寄せ研究してきた。陰陽五行論を交えた「鍋の中の宇宙」という感覚等、理解が深まっている。重ね煮調理を経て、天日干しによって、メニューへの活用度が広がっていく。

分からないから、確かめる〜外舘美奈さん物語21

比較検証

母からの小瓶を開ける。重ね煮の干し野菜。根菜もきのこも形は崩れ色は沈み、野菜かどうかも分からない。母が作った小瓶の野菜と、本を読みながら作った私の野菜。違いを比較検証している。

言葉にできない違和感。どれも違う。私の野菜の味は、はじめ強いが、残らない。小瓶の野菜は、静かながら皿を置いたあとも残る。説明できない。もう一度、温度を変える、違う。塩を一粒、崩れる。どうやっても、外れる。

スタッフの仲間にも試食してもらったが、全員が迷わず小瓶を選ぶ。原因は、配分が読めないことではなかろうか?理由は、野菜の状態を知らないからだ。

・収穫時の水分や熟度
・土の硬さ
・日照時間や強さ

判断できる前提が、あまりに足りない。

手帳を開き、母の畑へ行く予定を組む。教わるためではない。条件を知るため。「母の味」ではなく、母が判断し決めていた環境をつかむため。

瓶を閉じる。まだ自信はない。だからと言って逃げない。私が追求しているのは、再現ではない。勘に頼らない。分からないから、確かめる。母がやってきたことを私の生き方で消化するのだ。

誠で、魂で

本場パリで、2世代にわたって3つ星を守り続ける本物たち。あの完璧な張りつめた厨房。1mmや1秒の狂いも許さない皿。まさに怪物、巨匠。

「私なんかじゃ無理」何度も思った。それでも、包丁は置かなかった。あきらめきれない。基準は3つ星。お客様に想像を超える感動を提供すること。評価ではなく、自分の誠で、魂で受け決める。これでいい。まだ届いていないだけで、嘘は混ぜない。

失敗ではない。まだ設計途中なだけだ。瓶を閉じる。畑へ行く。道はまだない。ならば、心の声に寄り添いながら創っていこう。

#幸せ
#宇宙
#野菜
#魂
#手帳
#心の声

私が決めたことだから〜幸せを全うする道

私が決めたことだから〜幸せを全うする道

ここまで読んでくださった方の中には、「結局どうすればいいのか?」と感じた方いらっしゃるかもしれません。今ここで何かを勧める気持ちはありません。

今年は特に、「基盤」をテーマとしています。周囲がどう評価しようと、一喜一憂することなく将来への準備を進めてまいります。

書いた文章を、改めて読み返してみました。何を表現したかったのか、さらにまとめてみました。あなたには、どのように伝わっているでしょうか?

結論は、「『私が決めたことだから』と言えるあなた」を思い出すこと。

本当にこれでいいのか?

この問いは、迷うために置いていません。何度も問い直し、戻ってきた場所を確認するために。どんなに素晴らしかろうと、ほぼすべてにおいて何らかの欠点があります。「49.9 VS 50.1」のような状況でも、決めなければならないことがあります。

決断力を鍛える秘訣は、迷い抜いた期間と情熱次第です。決めても、揺らぎます。「本当にこれでいいのか?」常につきまとうでしょう。「胆力=決めたことを正解とする力」は、今のご時世かなり尊ばれるのではないでしょうか?洗練していく力のことを、柔軟貫徹力と称しています。

疑うことは、素晴らしいとみなしています。私自身、自ら出した答えに対して、幾度も疑ってきました。疑って疑って疑って、「やはりこれしかあり得ない」と洗練されていくのが、確信です。確信に終わりはありません。

何でもやればいいのか?

私は『7つの習慣』に大いに救われました。できることは多いものの、やる価値があることは限られています。あなたの人生において、何がどのように価値があるのでしょうか?

・反応があるからやる
・理解されやすいから出す
・成果が見えやすいから続ける

陥りがちなのが、「木を見て森を見ず」。「経営者と社員では、意見が噛み合わない」と言われる理由です。多くの社員は、自らの持ち場において「これが重要」と考えています。経営者は、社全体や顧客との関係性において「これが重要」と考えています。

誰も雇っていない方でも、どちらかに偏ってはいませんか?「これをやる」と決めるより「これをやらない」と決めた方が捗ることも。

何でもかんでも、やれば進めばいいというものではありません。時には立ち止まってみるのもいいかもしれません。朝ドラに影響を受け、スキップしてみました。なかなかいいものですね。

決めていますか?

まだ決めていないふりをしていませんか?条件が整えば〜という逃げ道を残していませんか?重要な決断を適切に扱っていなければ、ツケが回ってきます。

あなたは「代価の先払い」という言葉、ご存知でしょうか?尊敬する松下幸之助さんは、6歳で奉公に出されたことを幸運だと言いました。理由は、人生において支払うべき代価が、誰しもにあるようです。早いうちから支払えたことがよかったというのです。

私の場合、決めているようで「曖昧に決めていた」「決めさせられていた」人生を送ってきました。振り返ってみれば、悔しく残念に思えることだらけです。だからこそ、他人の評価に翻弄される生き方にウンザリしています。だからこそ、「世の錨となる生き方」を志すことにしたのです。

自己納得感

大テーマ「幸せを全うする道」で伝えたかったのは、方法や正解ではなく、自己納得感(名前や役割を自分の意思で整理できた感覚)についてです。

・決めないまま、流れに妥協している
・誰かの正しさや価値観で、決めさせられている

どちらの場合も、あなたご自身の人生を生きている実感は薄れていきます。だから必要なのは、背中を押されることでも、答えを与えられることでもありません。

「『私が決めたことだから』と言えるあなた」を思い出すこと。

うまくいく保証も、失敗しない確証もありません。それでも、自ら決めた選択だけが、後から「納得」に変わります。

もし今、「考え続けている自覚があるなら」「決めきれない状態が続いているなら」ーーーそれは、あなたの人生を全うできる合図かもしれません。

#幸せ
#人生
#経営者
#6歳
#生き方
#魂
#朝ドラ

「決める」の重要性〜幸せを全うする道

「決める」の重要性〜幸せを全うする道

・休んでも疲れが戻る
・頑張っていないわけじゃない
・前に進んでいる感じがしない

これは体力等の問題ではない場合がほとんどです。これらの問題の原因が解決できれば、結果が望ましい方向へ転じていくのは当然です。

今回の話は、前回の原因にもなり得るのではないでしょうか?施術だけでも3万人をはじめ、多くの皆さんと向き合ってみての確信。

私が決めたことだから

多くの方は、疲れの原因を「年齢」「仕事量」「性格」に置こうとしますが、あなたの場合はいかがでしょうか?問題は決断の先送りか、扇動され決断させられる、「私が決めたことだから」ではない状態。

・決めきれない
・選べない
・もう少し考えれば分かる気がする

この状態が続くほど、エネルギーはじわりじわり削られていきます。ポイントは、メリハリです。常に緊急事態だと、体はON/OFFスイッチの適切なタイミングが麻痺してきます。

憑依体質の方への施術を通じて実感。憑依霊とも対話し、結果として成仏へ導いたことがあります。その霊の言い分は「こいつが『自分の人生を嫌だ』って言うから、私が代わりに生きている」です。ご本人が、「自分の人生への価値」を見出されたので、憑依霊も満たされたのです。

「『今は決めない』」という決断

決めないことは、何もしないことではありません。「現状を維持する」という決断を毎日繰り返しているのです。「『今は決めない』という決断」もあり得ます。違いは、目的やビジョンです。たどり着く先のイメージが曖昧な状況で「『今は決めない』という決断」は・・・。

だから
・疲れる
・重い
・回復しない
の3点セットがつきまといます。

宗教に関わっていた当時、多くの矛盾に打ちのめされていました。離れた方がいいと感じつつも、なんとなくの流れに妥協していました。正しさに生きていたので、できない自分を裁き疎外感を生み出す悪循環にハマっていました。

今思えば、『7つの習慣』を紹介している私を反動分子とみなしていただけたことに感謝しています。そうでなければ、「いつ離れる?」と離教を勧められることはありませんでした。

「離れたら地獄に落ちる」と脅かされ、恐怖ゆえに決めずにおりました。「地獄を解放することが役割だ」と言いながら地獄を恐怖と結びつける矛盾に嫌気がさしました。「宗教には頼っていられない。私が解放する」と覚悟を決め、今に至ります。

考えて確認

1人で考えること自体は、素晴らしいです。考え抜いた土台なしに下した判断は、簡単に周囲の言葉に流されます。1人でどんなに考えても、たどり着けない場所があります。かつ同時に、1人で考え抜いた形跡がないまま他者に問えば、判断はその場で埋もれます。

1人で考え続ける問題は、決めるつもりがないまま考えている場合が多いですが、あなたには当てはまりますか?ある程度決めきれたら、確認したくなるもの。理由は、独りよがり対策です。

よくやらかしてきた叱られシリーズの1つ「確認せずによかれと思って」。例えば分かりやすく、掃除を頼まれました。徹底的にキレイにしようと、時間をかけてじっくり真心の限りを尽くしました。結果、「時間をかけすぎだ」となりました。

学んだ教訓は、途中経過です。ある程度完了できたら確認して、さらに精度を上げるか?もうこれで十分か?判断を仰ぐことにしました。さらに、着眼点も訊くように心がけています。

一緒に可視化サポート

私が扱っているのは、人生を変える方法ではありません。

せき止めつまってしまっている環境から、「自ら判断し決めていいよ」と、あなたご自身に許可を出すこと。「何が分からないのかが分からない」を一緒に可視化サポート。

もし今、考え続けている自覚があるなら――それが合図かもしれません。

#感謝
#エネルギー
#幸せ
#掃除
#自分の人生
#龍

疲れが抜けない理由〜幸せを全うする道

疲れが抜けない理由〜幸せを全うする道

ちゃんとしてきた方ほど疲れる

・疲れが抜けない。
・寝ても回復しない。
・休んでも軽くならない。

あなたには、当てはまりますか?それは「体力がないから」でも、「気合いが足りないから」ではない場合が、すごく多いです。

というか、ちゃんとしてきた方ほど起こりがち。正しくあろうとして、空気を読み、期待に応え、役割を果たし続けてきた積み重ね。結果、いつの間にか「疲れ」を慢性化させてしまう・・・。

今回は、そんなあなたへ、分かりやすいのでは?

開始1分で見えた方針

施術家当時、Tさん(当時40代の女性経営者)と向き合わさせていただいたエピソード。ご紹介で初対面の印象はとても穏やか。言葉数も多くありません。いらっしゃった目的は、決断力。ここぞという場でブレてしまい、詰めの甘さに嘆き苦しんできたそうです。

初回の対話が決定打となり、継続的に受けてくださる覚悟をなさいました。ちょうどその頃から独自の技術への確信が深まり、世界進出を志すように。対話の内容はかなりプライベートではありますが、要所をボカしながら共有いたします。

対話が始まって約1分、何をどういった時間とするか、方針は定まっていました。体に触れる前から、体が私に送ってきたメッセージがあったのは大きいですが、対話を通じて確信が深まっていきました。

「胃について、何か気になることはありませんか?」

「は?胃ですか?痛みもありませんし、検査結果も明確な指摘を受けたことはありません」

臓器の役割と感情

「でしょうね。私の言い分は検査によって表されるものではありません。Tさんが『ありたい自分像』というビジョンへたどり着くプロセス上の話です。そんな視点から今回は胃ではないかと見立てています。」

「そうなんですね。理由をもう少し詳しく聞かせてください」

「かしこまりました。そうですよね。臓器には、それぞれ役割があります。そして役割に基づいた感情があります。各臓器は、ご主人様であるご本人の願いに応えようと、ミッションを忠実に黙々と続けます。

《胃=受け取る臓器》です。期待・責任・役割・空気・立場・・・。消化できる許容量を超えても、受け取り続けようとします。結果、葛藤です。『本音を言えば◯だが、今は⚫️せざるを得ない』と、押し殺してきませんでしたか?」

体からのメッセージ

施術を進める中で、Tさんの口からこぼれ始めます。悔しさまじりの体が吐き出したかった言葉たち。
「ちゃんとしなきゃいけないと思ってながら、できなかった」
「私がやらないと回らないので、ダメなんだ」
「迷惑をかけたくないんです。だからしょうがない」

さらに3歳当時の記憶がよみがえってきます。両親が共働きで、1人家で待ち侘びています。疲れた両親が、夕食中に口論。「もうやめて」といくら泣きわめこうが、かまってもらえなかった・・・。

「何でもかんでも、受け取りすぎている」
「もっと消化に余裕を持たせてほしい」

が、体からのメッセージだったと、Tさんご自身が実感なさいました。その気づきは、一瞬でした。頭での理解でなく、体感覚から伝わってしまったかのように。

「決断できない理由が、ようやく腑に落ちました。決断力がないわけではなかった。受け取る力が強すぎたんですね。」

体のブレーキ

・周囲の期待
・役割として求められる立場
・空気を壊さないための配慮
・・・・・

それらを1つ1つ、判断材料としてではなく、「引き受けるべきものとして胃に溜め込んできた→結果、決断の場面ではいつも遅れる→最後の一押しができない→選ぶ前に、もう疲れてしまう」のサイクルにハマってしまっていたのです。

決断できなかったのではなく、決断に至る前に、消耗しきっていたのです。

施術後、Tさんから「決められなかったんじゃなくて、決めないように体が止めてくれてたんですね」とても感動的な象徴深い言葉でした。

体は無理をさせないために、ちゃんとブレーキをかけていました。Tさんが「弱さ」や「欠点」だと解釈を捻じ曲げていたのです。

この日を境に、Tさんのテーマは「どう決断力を高めるか」から「何を受け取らなくていいか」へと変わっていきました。その変化こそが、Tさんが望んでいたありたい自分像への、最短ルートでした。

Tさんは、決断力自体にはさほど変化はありません。「決める前に、立ち止まれるようになった」。期待や役割を感じた瞬間、無意識に流し込んでいたものを、「これは本当に受け取る必要があるのか?」と、体に問い返せるようになったそうです。

胃に負担をかけていたことを知り、よりよく噛むことも習慣に加えられました。決断力を鍛えたのではなく、疲れない順序を、体が思い出させてくれました。大半の場合、何かを付け足すよりも滞っているつまりを解消することが、数十倍の効果をもたらすことを実感しました。

問いが変われば、解釈が変わり、行動の質が変わります。問いを出す相手は、まずはあなたご自身。今あなたは、どんな問いを自らに投げかけていますか?

#幸せ
#経営者
#共働き
#3歳
#感情