候補全滅
企画の候補として挙がっていた店は、いくつもあった。だが実際に当たってみると、取材拒否・スケジュール不一致・企画との方向性のズレ・・・。1つ、また1つと消えていく──。
気づけば、候補名がすべてなくなっていた。そんな時、編集部の新人がぽつりと一言。
「そういえば・・・、麻布に変わった店があるらしいですよ。前にTV局に勤めていて、その時一緒にやったカメラマンの話です」
紹介された店の名前を見て、少し眉をひそめた。フレンチ。今回の企画の対象は、庶民的な飲食店ではなかったか。フレンチのような格式ばった類では相性がいいと思えない。
「違う」と思いつつも、なぜかその名前が頭に残った。「変わった店」とはどういう意味なのか?
打診
数日後、1通の封筒。正式な取材依頼ではない。ただの打診。いわば、軽いジャブだ。
「現在このような企画を検討しており、貴店も候補の1つとして挙がっております」
断られても構わない。むしろその可能性の方が高い。それでもなぜか、送らずにはいられなかった。封を閉じ、業者へ郵送依頼。なぜこんなにも心がざわつくのか?
他にも多くの候補を挙げて打診を送っている。どれもことごとくつながらない。企画自体は悪くない自負がある。あまりの行き詰まりに、長女 育美からの「ママらしい」がのしかかってくる。完全に無関係なのに、なぜこうも気になってしまうのか?
確信
数日後。返事が届いた。
まず、オーナーシェフの美奈さん自身が、弊社のこの本の愛読者だと言う。事務的な質問。企画の趣旨、取材の形式、掲載時期等。
話の元のカメラマンに「変わった店の理由」を訊くとともに、スタッフに下見を兼ねて食べに行かせた。
「候補扱い、終わりでいいと思います」誰も「どんな味だった?」とは問わない。訊いた瞬間、話が平らになる。私が欲しいのは評価ではなく、次号テーマへの「翻訳事例としての成立」だから。
一言だけ返す。「理由は?」
担当は、言葉を選ばなかった。選ぶ必要がないからだ。「思想を掲げていないのに——揃ってます。説明じゃなく、実践として。——読者が分かったつもりで終わらない、温度と間がしっかり伝わる形がイメージできました」
会議室に、短い間が落ちた。沈黙は躊躇ではない。ここで熱を入れた瞬間に、宣伝が始まってしまう。担当者の確信めいた返答に、大いに手応えを感じた。
告白

改めての本格的な打診に対して返信。なんと今回の特集のきっかけとなった外舘美智子さんと親子だと言う事実。そういえば名字が同じだと、伝えられて初めて気がついた。
「実は、私たち親子です。私が17歳で家を出て、先日畑の手伝いに行くまで、全くの連絡をとっていませんでした。どちらかが死ぬまで母に会うことはないと考えていましたが、特集記事を読んだ時から動揺を隠せませんでした。
さらに狙ったかのように御社から打診をいただき、畳み掛けるように話が進んでいったことに驚いています。この手紙を書くにあたり、腹を決めなければと考えた次第です。どうぞよろしくお願いいたします。」
しばらく、返信の手紙を見つめていた。候補だと見立てていた方々が全て潰れ、ノーマークだったフレンチにまとまり、かつ美智子さんの娘さんだったなんて・・・。身震いがする。まさに運命の導きとしか言いようがない。
企画の起動
その夜、オフィスはすでに静まり返っていた。机に資料を広げ、今までを振り返っていた。企画の新たな起動だ。
これは単なる飲食店の記事ではない。1つの系譜。1人の料理人から、娘へと続く物語。料理の味だけではなく、生き方を描く企画。そう思った瞬間、頭の中で構図がはっきりした。
メモ帳を引き寄せる。ページの上に、新しいタイトルを書いた。『継がれる味』そしてその下に、小さく書き足す「母と娘の物語」。
これはいける、この企画が「絵」にならないわけがない。明日が楽しみだ。