あり得なかったはずの会話〜堺歩美さん物語19

ゆでたまごのように

家に戻り、明かりをつける。いつもと同じ部屋のはずなのに、何かが違う。洗いざらい模様替えをしたい気分。

今日1日を思い返す。何かを頑張ったわけじゃない。特別なことを成し遂げた実感もない。それでも、はっきりしていることが1つだけある。

一度も「確認」をしていない。正しいかどうかも、誰かにどう思われるかも、この選択でいいのかも。何かに照らし合わせることなく、そのまま決めて、そのまま動いていた。なのに、不思議とズレていない。むしろ、これまでよりも静かに、1つひとつが噛み合っている。

——ああ、そういうことか。何を選ぶかじゃない。「どこから選んでいたか?」だったのだ。これまで私は、選び決める前に、どこかへ預けていた。確かめて、照らして、間違えないように。

でも今日は違った。肚で決めていた。最初から、私だった。胸の奥にずっとあった場所から、そのまま選び決めていた。たったそれだけのことなのに、1日が、まるごと変わっている。

「記念日」とも言えそうだが、名前をつけるほどのものじゃない。しかしもう戻らない気がする。タマゴからゆでたまごのように。

私は、もう——自分の枠外で選ぶことはない。「今の私に何ができるのか?」その問いだけは、外さずにいられる気がしている。

あり得なかったはずの会話

あり得なかったはずの会話〜堺歩美さん物語19

直美との夕食で、重い沈黙のあと、直美が口を開く。「別れたんだよね・・・」

「そう」さらに重い沈黙。直美の言葉を待つ。

「・・・・・なんかさ」

改めて姿勢を正す。

「・・・終わったはずなのに、全然終わってなくて」

間が空く。

「頭では分かってるのに、何をやってもどうにも収まらなくて」

視線が落ちる。「・・・どうしたらいいか、・・・分かんなくなって」

途切れ途切れの言葉。前なら、ここで埋めていた。正しく受け止めようとしていた。でも今は違う。待つ。急かさない。

「・・・だから、やった」。

「やった?あぁ、万引きのことね。」

「そう。もうどうでもよくなっちゃった、・・・っていうか」

言葉を探すように、視線が揺れる。涙が滲んできた。

「どうでもよくしないと、無理だった・・・・・・・・」

「・・・何はともあれ、話してくれてありがとう。つらかったわね」

「うん。・・・だけどもういいの。なんかふっきれたわ。・・・学校からの冷たい視線はあるけど、やり抜いてみるわ。」

「よかったわ。直美、生まれ変わったみたいね。今までと全然違うわよ」

「ママの方こそだよ。今までじゃ、こうやって話すなんてあり得なかったから」

コーヒーを淹れ直し、時間を忘れるほどの語らいとなった。

生まれ変わる背中〜堺歩美さん物語18

鏡に映る私の顔

昨夜、龍先生の継続セッション。言葉にできなかった感情が理解できるようになってきた。何より驚いたのが、無性に怯えていた原因が腎臓や肺にあったという事実。「ちゃんとやらなければ」という衝動が湧き出ていた経路をたどり、気にならない状態へ導いていただけたのは圧巻だ。施術家としての経験からの見識だというが、怪しがっていたことが恥ずかしくなる。

一夜明けて、何かが切り替わった感覚はあった。はっきり説明できないが、今までと同じでないことだけは分かる。朝の目覚めで、昨日と同じ天井を見上げた瞬間、いつもなら先に動き出していたものが穏やかなままだ。

起き上がる前に1日が組み上がっていく感覚。「どこでズレるか?」「どう立て直すか?」「どこを先に潰すか?」が来ない。今まで、顔を洗う時に見たことがなかった鏡に映る私の顔。化粧は駅に着いてホームか電車の中だったが、今した方がいい気持ちになる。

キッチンに立ち、コーヒーを淹れる。いつもなら、もう仕事の修正が始まっていた。まだ起きてもいないことを、幾重にもシュミレートしていた。龍先生が言う通り、「ちゃんとやらなければ」という防衛反応からくる動機でやってきていたのだ。それが湧かないまま、朝が進んでいく。

深み

外に出て、通勤のいつもの道。人の流れに合わせながら、前なら自然にやっていた細かい調整に気づく。ぶつからない位置、歩く速さ、わずかなズレを埋める動き。今は、その必要を感じない。昨日までの違いに気づいて、そのまま通り過ぎる。

生まれ変わる背中〜堺歩美さん物語18

会社に着きデスクに座り、メールを開く。並んでいる内容を1通ずつ確認中の、深呼吸してみての気づき。深みが違う。「自信がない・息が浅い・猫背はセット」と言われていたのがよみがえる。画面上の私しか分からないのに、すべて見抜かれていたのか?確かにイスの座り心地も、湧き上がる感覚も・・・。

1通、返信を書く。整えないわけではない。適正化させ、そのまま送る。しばらくして「了解です」と返ってくる。今まで「言葉を選び整えて、結局出さない」を繰り返してきた。今の私には、余剰な熟考は不要なのだ。「やはり!」「よし!」という気持ち。

止まっている

昼。いつもなら次の段取りを詰めている時間。頭の中を探るが、同じようには動かない。代わりに、はっきりしていることがある。「前は、止まれなかった。止まれば崩れると思っていた」。今は「止まっている」。しかし何も崩れていない。

仕事を終え、帰り道を歩く。朝と同じ道なのに、疲れ方が全く違う。背筋が立っている。呼吸が深い。かつ、見守られているかのような、包み込まれている安心感。これが美奈さんが言っていた「求めてきたマリアージュ」なのだろうか?

家に着き、ドアを開ける。同じ場所。同じ空間。だからと言って、前と同じ私に戻る理由が、見当たらない。私は、生まれ変われている。静かに一日が終わる。

響き合う世界〜堺歩美さん物語17

響き合う世界〜堺歩美さん物語17

言葉が体に浸透

朝。目覚まし時計の音が鳴る前に目が覚めた。というより、現実へ戻ってきた感覚だ。

静寂だ。昨日溢れて止まらなかった「ありがとう」と「ごめんね」。消えたわけじゃないが、言葉が体に浸透し1つにまとまった何かがある。

うまく言えない。しかしだからこそ、前と同じ自分には戻れない、戻りたくないのが分かる。起き上がるが、体が重い。昨日の濃密な集中力もあって、ドッと疲れている。

カーテンを開ける。光が射し込む。前と同じ朝なのに、同じ感じがしない。とはいえ「違う」と言い切れるほどの変化でもない。その曖昧さに戸惑う。

キッチンに立つ。コーヒーを淹れる。お湯を注ぐ。動きが、やけに遅く感じる。遅くしているわけじゃない。急ぐ必要がない気がしている。——いや、実際は分からない。急いだ方がいいのかもしれない。分かるが、体がもうそれを選ばない。

不安になる。こんなことでいいのか?こんなふうに動いて、間に合うのか?答えが出ないまま、コーヒーを飲む。

スマートフォンを手に取る。声をかければ済む距離にいるのに、直美からのメッセージ。息が止まる。前と同じ反応。胸の奥が、固くなる。・・・そのまま開く。短い文。意味を考えようとした瞬間、ハッとする。また「正しく読もう」としている。完全にやめきれたわけじゃない。それでも、進める。

返信を打つ。言葉が詰まる。それでも消さない。整えようとして、途中で手が止まる。そのまま、整えず送る。

送ってしまってから、「——あ」。もっといい表現があったかもしれない。もっとちゃんとできたかもしれない。でも、もう戻せない。「・・・それでもいい」と思っている私がいる。妙に割り切れていることが、なんだか怖い。

外に出る。人が多い。いつもの道。少しぶつかりそうになる。前なら、無意識に身構えていた。今も、完全には消えていない。我ながら驚く。足が軽い。

会社に着く。メールが並んでいる。最近着手できなかった箇所もあり、視界が鮮明に映っている。大きく深呼吸し今日の流れをイメージすると、思考が巡る。どう処理するか?どう優先順位をつけるか?どう整えるか?——全部、前と同じことをやろうとしている。

「・・・いいか」小さく呟く。何が「いい」のかは分からないまま、1通目を開き、書く。途中で引っかかるが、止めない。少し雑なまま、送る。数秒後、返信。

「了解です」それだけ。それだけなのに、なんとなく胸の奥が緩む。

響き合う世界

昼。直美から、またメッセージ。今度はすぐに開けた。怖くないわけじゃない。でも、さっきよりはスムーズ。短いやりとり。途中で、言葉に詰まる。送るか迷うが、そのまま送る「直美のこと、聴かせて」。

既読。少し時間が空く。その時間が、やけに長く感じる。心がざわつき揺れる。

返信。「なら話せる」それだけ。その一文で、何かがほどける。安心とは少し違うが、確かに前とは違う場所にいる。

夕方。仕事はまもなく終わるが、前ほど重くない。見守られているかのような温もり。ちゃんと疲れている。その疲れを隠そうとしない私がいる。それもまだ慣れない。

家に着きドアを開けたら、直美と目が合う。言うべきか、待つべきか、迷う。分からない。ながらも「・・・昼のメールのことだけど」口が動く。

途中で何度も詰まる。うまく言えない。それでも、やめない。整わないまま、言葉が出ていく。自分でも聞いていられないくらい、不格好な声。でも、止められない。

直美は、黙って聞いている。長い沈黙。逃げたくなる。それでも、その場にいる。何を語っているのか、自分ながらによく分からない。いったい何が起きているのか?

「・・・それでいい」小さく、返ってくる。その一言で、力が抜ける。直美の表情が和らぎ、直美が生まれて初めてなくらいに、語り合った。今、初めて直美と響き合えている。

何が起きたのかは、分からない。何も解決していないかもしれない。それでも、確かに私の中で何かが変わっている。

部屋に戻る。静かだが、昨日とは違う静けさ。もう前と同じやり方には戻れない。それだけは、はっきりしている。理由は、まだ分からない。分からないまま、今日が終わる。

あまりに矛盾がない〜堺歩美さん物語16

あまりに矛盾がない〜堺歩美さん物語16

「終わった」

「自立具現化コーリング」4時間が終わった。4時間は長いと思ったが、「え?もう終わり!?」といった感覚。

1つ、はっきりしている。「・・・終わった」。口に出した途端の違和感。何が終わったのか分からない。が、「終わった」が最も近い。

画面の向こうは変わらない。部屋も何もかも同じ。表面的には全く同じなのに、さっきまでと明らかに違う。軽い、とは違う。スッキリした、でもない。心の奥深くから湧き出てくる「ありがとう」と「ごめんね」。

戻れない

「・・・ああ」ほのかに息が漏れる。確める。前みたいに整えようとする。言葉を選ぼうとする。思い浮かんでくる相手に合わせようとする。

・・・できる。やろうと思えば。しかし瞬時に分かる。違う。ものすごく不自然だ。続けきれない。戻れない。「・・・・・・」言葉が出て来ない。

止まる。「・・・これ・・・」言葉が浮かんで、止まる。例えようがない。言葉にした瞬間、違うものになる気がする。残っている。今までと違うが、確実に今がいい。いくらお金を積まれようが、昨日の私には戻りたくない。

一致している

・・・あまりに矛盾がない。編集者としての客観視欲が湧きそうだが、浮かんだ瞬間、やめる。必要がない。すべてが一致している。ムリに整えようとしたら逆効果だ。

用件を終え、画面が切れる。静かな部屋に戻る。何も変わっていない空間。立っている位置が違う。こみ上げてくる「ありがとう」と「ごめんね」。

スマートフォンに手を伸ばす。メッセージを開くと、途中までの下書きがある。指が動く。止めない。整えず打つ。送った後、確認しようとして——やめる。必要がない。

「・・・ああ」また、ほのかに息が漏れる。不安がないわけじゃない。怖さはあるとはいえ、崩れない。矛盾があまりにない。立ち尽くしている。「ありがとう」と「ごめんね」が止まらない。

飛び込むしかない〜堺歩美さん物語15

飛び込むしかない〜堺歩美さん物語15

「ディープマインドセラピー」の直後。言葉が出ない。画面は変わらない。部屋も同じ。何も起きていないはずなのに、さっきまでとは明らかに違う。前のお試しの時とは、質が違う。軽くなった、というより——逃げ場がなくなった。

「・・・ああ」小さく声が漏れる。

「理解した」というより「感じてしまった」に近い。今までぼんやり流れてきたもの。言葉にしようとしても、どこかで逃がしてきたもの。それが、逃げられない形で目の前にある。

「このままでは無理だ」ずっと使ってきた言葉。その中身が、初めてはっきりする。
無理なのは、状況じゃない。環境でもない。能力でもない。私自身のやり方だ。

整えてから話す。正しく伝えようとする。相手に合わせる。波風を立てないようにする。結果、何も出さない。止める。飲み込む。分かっているように見せる。全部つながっていく。

家庭でも、仕事でも、さっきのやり取りでも。同じようにせき止めてきた。だから同じ結果。「・・・これか」逃げていたわけじゃない。確かに、ちゃんとやろうとしていた。その「ちゃんと」が、全部止めていた。気づいた瞬間、軽くなるどころか、重くなる。

これが原因なら、今までの全部がつながり、矛盾や曖昧という靄が晴れた。同時に、「やり方」をいくら変えようとも無意味だと分かった。「あり方」を変えない限り、何をやってもダメだと分かる。ごまかせない。

今までは、「分からない」で止まれた。「仕方ない」で済ませられた。しかしもう違う。分かってしまった以上、同じやり方を続ける理由が絶たれた。

恐怖が湧き出てくる。じゃあ、どうする?整えずに話す?そのまま出す?果たしてそんなことができるのか?今までやってこなかったやり方だ。失敗する。壊れるだろう。壊れたら立て直せない。元に戻れる選択が、もう現実的に見出せない。

画面の向こうで、龍先生は何も急かさない。ただこちらを見ている。その視線の中で、私の状態がそのまま浮き上がる。「どうされますか?」静かに問われる。

分からない、と言いかけて止まる。さっきまでなら、それで終われた。でも今は違う。現状では、確実に私にはどうにもできない。分からないままでも、選ばなければいけない。息を吐く。

「・・・やります」口に出した瞬間、逃げ道が消える。

自立具現化コーリング。美奈さんから名前だけは聞いていた。内容も、正確には分かっていない。それでも、今の流れの延長線上にあることだけは分かる。「このままのやり方ではダメだ」と分かってしまった以上、前に進むしかない。

「理解してからやる」ではない。「納得してからやる」でもない。とはいえ、このままでは終われない。

「お願いします」言い切る。怖さは消えていない。不安もある。それでも、さっきまでとは違う。迷いながら進むのではなく、分からないまま飛び込むしかない。

画面は変わらない。部屋も同じ。それでも、もう同じ場所にはいない。

「なぜ減反?」違和感の奥にある解放

「なぜ減反?」違和感の奥にある解放

先日、たまたま流れてきたニュース記事を見て、目を疑いました。「高市内閣、減反政策」?米の価格が信じられないほど高騰している状況にも関わらず、なぜ減反?石破政権では増やしていく方針を固めたのになぜ、減らすのでしょうか?

違和感を抱きつつも、誰も止めません。私も含め、「なんとなくそういうもの」と流してしまっているような・・・。こういったこと、他にもありませんか?

「共生共栄共和思想」という価値観を打ち立て、世に広げようとしています。名前が長いので、「響立思想」と短縮化を試みました。米の問題を通じて、あなたと対話する気持ちでこちらを書いています。

響立思想が、世にあなたにどんな影響を及ぼすのか、私自身も試行錯誤中です。暗闇の中で鍵を探している感覚。ぜひあなたのご意見聴かせていただけませんか?

私は今まで、国が強制的に管理統制をしているものと考えていました。農家の現状は、国に完全に強要されているわけではないようです。政策や補助金・流通の仕組みによって、結果として強く誘導されているのだと理解しました。

作りすぎれば価格は下がります。価格が下がれば経営は成り立ちません。だからこそ「需要に応じた生産」が求められます。さらに補助金には条件があり、特定の作物への転換も促されてきたようです。

命令ではありません。しかし従わざるを得ない暗黙の了解に準じた構造があるのではないでしょうか?だからこそ現場感覚では、「決められている」に近いでしょうし、私もそう思い込んできました。

この現実を無視して、「覆せ」と言っても意味はありません。対立が強まるだけで、本質は何も動きません。

解放とは

ぜひあなたと共有したいのが、「解決」ではなく「解放」という発想。解放とは何でしょうか?こちらでは「『従う or 反る』から抜け、自ら選べる状態」と定義づけています。

環境を変えることでも、ルールを壊すことでもありません。そもそも管理統制されることが、本当に必要なのでしょうか?すべてにおいて常に従わなければならないもの?例えばもし「どうぞ好きにしてください」と言えるなら、どのようないいことが起きそうでしょうか?

多くの場合、同じ枠内で選ばざるを得ません。「従う or 逆らう?」「安定 or 自由?」。この枠にいる限り、どちらを選ぼうが本質的に縛られます。解放は、この選択肢を無効化させます。なぜなら、次元を上げたり、前提を改めるから。

例えばどうすればいいのでしょう?3要素「許可」「決定」「一致」に分かれます。

許可

多くの皆さんが知らずのうちにやらかしているのが「禁止令」です。幼少期に言われたこと、ありませんか?「◯◯◯やっちゃダメでしょ!」等、私も含め大人になった今も、そのまま継続させている方かなりいらっしゃいます。

「許可」とは、心理的な解放です。「やってもいいけど、やらなくてもいい。どうぞお好きなように」です。すべての基盤でもあり、許可できていなければ何をやってもうまくいきません。

決定

「決定」は構造的な解放です。許可を出せ、方向性が定まった状態。決める上で、必要不可欠なキーワードが「捨てる」。分かりやすく、AかBの選択肢があるとしましょう。Aに決めたなら、Bはもともとなかった状態です。

一致

中途半端な状態だと、問題が起きがちです。「許可したのに決めない」「決めたのに許可していない」というズレ。よって最終的に「許可=決定」になる状態、一致です。

「やっていいと思った瞬間、もう選んでいる」「選んだ瞬間、迷いがない」という状態を作り出せるかどうか?は、大きな分かれ道となりそうですが、あなたにはどのように映っていますか?

自立

すべてを変える必要はありません。規模は小さい方がオススメ。突然の変化は反発が起きますし、長続きしない典型例です。

例えば、

・一部の作物だけでも自分で販売してみる。
・一部だけでも別の販路を持ってみる。
・自分の価格で売る経験をしてみる。

重要なのは、「自分で決めて、自分で結果を受け取る」こと。この回路が1つでも通った瞬間、もう「言いなり」ではなくなります。

従うことも、外れることもできる、どちらでも選べる状態。まさに「自立」と呼べるのでは?自立は、「自然や社会とのつながりから、自らを確立させること」と定義づけており、幸福への潤滑剤でもあります。

響立思想で言えば「解放とは、自立の回路を通すこと」。自立が生まれれば、一貫性が生まれます。一貫性があれば、信頼が生まれます。その先に、理想とする世界が現れます。

選べる領域

現実は確かに制約があります。とはいえ、その中でも選べる領域は0ではありません。解放とは、選べる領域を1つでも持つこと。その小さな積み重ねが、やがて選択の次元を変えていくのです。

ここまで読んで、あなたはどう感じますか?もし今、「私は選んでいない」と感じたなら、それは問題ではなく出発点かもしれません。1つだけでいいのです。あなたが今、
自分で決めていないと感じることは何でしょうか?

あなたなら、どうすれば自主性をもって選べますか?答えを曖昧にしたままで終わらせるのは、あまりにもったいないです。言語化した時点で、それはすでに動き始めていますよ。


・理想はあるのに現実が動かない
・自ら決めているつもりでも違和感がある
・どこがズレているのか分からない

もしそう感じているなら、1人で整えるのは難しい領域に入っています。私は、そのズレを言語化し、自立の回路を通すサポートをさせていただいています。どうぞ話を聴かせていただけませんか?

高市政権、コメ政策は先祖返り 増産一転、減反に 高値容認おこめ券は一時しのぎ

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#農家
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#解放

分からないままの変化〜堺歩美さん物語14

分からないままの変化〜堺歩美さん物語14

分からないままの変化

「お試しセッション」というが、特別なことをされた覚えもない。たわいのない会話だったはずだ。なのに、明らかにさっきまでと違う。

しばらく動けない。画面はもう暗い。通話は切れている。なのに、まだ何かが続いている感覚が残っている。何が起きたのか、説明できない。

胸のあたりが軽い。詰まっていたものが抜けたような、でも何が抜けたのか分からない。整理しようとする。どこから変わったのか、何がきっかけだったのか、順番に辿ろうとする。・・・追えない。途中で途切れる。

「何だったの?今の」口に出してみる。答えが出ない。というか、分からないままの方がしっくりくる。全く理解できていないのに、ビフォーアフターの違いだけがはっきりしている。その状態が、妙に現実味を持っている。

疑えない

キツネに化かされたみたいだ。ふと浮かんだ言葉に、苦笑する「キツネ・・・」。私に限って、そんなはずはない。冷静に考えれば、ただのオンラインセッション。特別なことは何もない。理屈で説明できるはずだ。・・・できない。

おかしい。疑う材料はいくらでもある。疑う方が自然だ。なのに、その疑いが続かない。さっきまで強烈だったはずの「怪しい」という感覚が、暖簾に腕押し。確実にあるのに、どこか遠くにある。代わりに残っているのは、「もう一度確かめたい」という感覚。

信じているわけではない。納得もしていない。このまま終わらせるのは、あまりに不自然だ。スマートフォンを手に取る。さっきのやり取りがそのまま残っている。さっきの感覚が、まだ残っている。いったい何をされたのか、確かめずにはいられない。

メッセージを開く。何を書けばいいのか分からない。少し考えて、打つ。

「先ほどはありがとうございました。正直、何が起きたのかよく分かっていません」いったん止まる。消そうとする。整えようとする。・・・やめる。そのまま続ける。

「もう一度受けてみたいと思っています。特に『このままでは無理だ』と考えてしまっている理由を明確にしたいです」送る。

迷いのない送信

すぐには返ってこない。待つ。その間、また疑いが顔を出す。本当に大丈夫なのか?何をしているのか?冷静になれ。そう言い聞かせる声が浮かぶ。

もう1つの感覚が消えない。「このまま戻ったら、さっきと同じになる。」

しばらくして、返信。「分からないのが正常です。素晴らしいご決断ですね。直近のご都合はいかがでしょうか?」

余計な説明はない。その代わり、逃げ道もない。画面を見つめる。ここでまた止まる。選べる。やめてもいい。理由はいくらでもある。それでも、指が動く。

「お願いいたします」送信。

今度は迷いがない。送った後、ゆっくり息を吐く。まだ何も分かっていない。信じているわけでもない。それでも、確実に一歩進んでいる感覚だけがある。戻ろうと思えば戻れるはずなのに、なぜかその気が起きない。キツネに化かされたまま、進んでいる。

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#ビフォーアフター

引けないまま決める〜堺歩美さん物語13

今回の話は、信用を一切なくしていた会社員当時にHPからお申し込みくださった、船橋にお住まいのC.H.さんのエネルギーを再現してみました。

お互いに何も分からない中、田端のカフェで会いました。結果、約半年間。一気に信頼関係ができ上がりました。

整えなくていい

送信してから、画面を閉じる。何かが終わったような、始まったような感覚だけが残る。

仕事が手につかない。目の前の資料を見ているのに、頭に入らない。時間だけが進んでいく。さっき送った一行が、何度もよみがえる。「うまく言えませんが、今のままでは無理だと感じています」あれでよかったのか分からない。むしろ、あれしか出せなかった。

夕方、スマートフォンが震える。画面を見ると、送った件の返信。息が止まる。短い文章。形式ばった感じはない。説明も多くない。が、こちらの言葉に触れている。「そのままで大丈夫です」また息が止まる。

何が大丈夫なのかは分からない。それでも、引っかかる。「うまく言えない状態のままでかまいません。無理に整えなくて大丈夫です」意図的に深呼吸。「整えなくていい」なんて、言われたことがない。

引けない

画面を見たまま、動けない。返信するか迷う。何を書けばいいのか分からない。また同じになる気がする。それでも、打つ。「ありがとうございます。正直、何をどう伝えればいいのか分かりません」送る。

すぐには返ってこない。待つ。その間、何度も考える。やはりアヤしい。都合のいいことを言われているだけではないか。それでも、さっきの一文が残る。整えなくていい。

夜、もう一度通知が来る。「今のままお話しいただければ十分です。一度お時間をとりましょうか?」直近の日程候補をいくつか送るよう書かれている。ここでまた止まる。会うのか?話すのか?画面を見つめる。逃げようと思えば逃げられる。理由はいくらでもある。なんとなく、指が動いてしまう。「オンラインでも可能ですか?」送信する。

すぐに返ってくる。「はい。ZOOMでも可能です」短い。日程を3つ送り、返信があった。確定。

終わったはずなのに、終わっていない感覚が残る。1つだけ、はっきりしている。もう、引けない。引かない。

引けないまま決める〜堺歩美さん物語13

信頼関係

ZOOM面談。画面の向こうの言葉を、なかなか理解できない。

「信頼関係が大事なんです」多くの場面で聞くような言葉のはずなのに、なぜか引っかかる。信頼関係——その意味を考えようとして、自分の中でまた止まる。

私は、この人を信頼しているのか?分からない。というか、疑っている。完全に理解できているわけでもないし、「怪しくないか?」という疑念も消えていない。それでも——なぜか、画面を閉じようとは思わない。

「体は、ご本人の本音に最も強く反応するんです」静かに続く言葉に、意識が引き寄せられる。

「表面的に信頼しているように見えても、内側で違っていれば、その通りの結果になります。」

内側で違っていれば——。その一言が、残る、刺さる。自分の中を探る。信じているふりなら、いくらでもできる。納得したように頷くことも、合わせることも、これまで何度もやってきた。でも今は違う。むしろ逆で、信じていない自分を、はっきり自覚している。見透かされている。

引かれる側

「もし怪しいと思われるなら、やめておいた方がいいです。」

サラッと言われたその一言で、空気が変わる。売り込まれるどころか、引かれている。——なぜか、離れられない。普通なら、ここで終わるはずだ。「やっぱり今回は見送ります」と言って、画面を閉じる。それが自然で、安全で、何もまちがっていない。そうすれば、何も失わない。

それでも——なぜ?その選択をしたくない。理由は、説明つかない。「なぜ?」が頭の中で飛び交い、混乱の渦中にいる。こんな時は、判断しない方がいい。今は決断を控えた方がいい。

同時に別の声もこだましてくる。「ここで離れたら、もう戻って来れない」その感覚が、消えない。どころか、増幅してくる。

決めたのは私

信頼しているわけではない。むしろ、不信の方が強い。それでも——その不信ごと、置いたまま。「・・・あの」声が、震える。

「遠隔で、お願いすることは・・・・・・できますか?」言ってしまった。

同時に、どこかで決まっていた気もする。画面の向こうで、龍先生が頷く。

「大丈夫ですよ。まずはお試しセッションでもよさそうですね。もし心の準備が整っておられるようなら、今すぐにでもできますがどうしましょう?」。

特別なことは何も言われていないのに、逃げ場がなくなったような感覚になる。決めたのは、向こうではない。私だ。目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。もう一度、画面を見る。さっきと同じはずの景色が、かすかに違って見えた。

「はい。お願いいたします」

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関係性の本質は、終わった後に現れる

終わった後に残るもの

関係性の本質は、終わった後に現れる

昨今よく見るイベントの光景。終わった後の状況に、言葉を失います。あれだけ賑わっていたはずの場所に残るのは・・・。例えば夏祭りの翌朝に、ジョギング中に見たゴミの山。かたづけてあっただけ、まだいい方です。

ゴミとは、人間の勝手な都合による解釈です。ゴミにしてみれば、どう扱って欲しいのでしょうか?靖国神社では、祭りで屋台出店を禁じました。遊就館ではゴミを「護美」と書き、本質的に慮っての判断だと受け止めています。

楽しむことは素晴らしいです。祝うことも、美しい行為のはず。それでも、終わった後に何が残るのかを見ると、本当にそれを「大切にしていたのか?」と、問わずにはいられません。あなたにはどう映るでしょうか?

小さな違和感は、あり方の一部

こういった違和感は、日常の些細な出来事に限った話ではありません。「挨拶もちゃんとできないやつに立派に務まるわけがない」昔から言われてきましたが、ハインリッヒの法則にも通じています。ごく些細な出来事は、よくも悪くも後の大きな結果へとつながっていくのです。

人間関係においても同じです。よかれと思っての一言が、相手には押し付けに感じられることってありませんか?何気ない振る舞いが、関係性そのものを左右してしまうこともあります。わずかなズレは、その場で終わるものではなく、やがて関係全体のあり方として表れてくるのです。

この構造は、個人の関係にとどまるものではありません。現代社会でも歴史の中でも、相似形で繰り返されてきました。

例えば、かつて掲げられた大東亜共栄圏という理想。アジアが共に生き、共に栄えるという思想は、言葉だけ見れば素晴らしいこと。しかし現実に起きたのは、「共栄」とは受け取られない出来事の連続でした。

理想は掲げられていました。その結末とはどうだったのでしょうか?後のベトナム戦争でも同じことが起きています。植民地支配を受けていた現地民から別の形の支配として受け取られます。同じ行為でも、評価が分かれるのはなぜなのでしょうか?

大きく2つに整理できます。1つは、受け取る側の状況。もう1つは、関係性の構造です。どれだけ善意や理想を掲げていても、相手がそれを「自ら選べない状態」に置かれていたとしたら、それは支えではなく、介入として受け取られます。

善意が支配に変わる境界線

今回のブログの目的にようやく入れます。見落とされがちな境界線。前に奥さんへ、似合いそうだと内緒でプレゼントを試みたことがあります。奥さんも「確かに、よく似合ってるよね」と言った次の一言「私が選びたかった」。この一言に、すべてが表れています。

・与えているつもり
・よかれと思っている
・正しいことをしている

相手の「選ぶ余地」が奪われた瞬間に、関係は対等ではなくなります。対等でなくなった関係は、どれだけ言葉を整えても、共生とは呼べません。だからこそ時に、支配の言い換えとして受け取られてしまうのです。

現代にも続く同じ因果

これは過去の話ではありません。今のアメリカとイランの関係を見ても、片側は「秩序」や「安定」を掲げ、もう片側は「主権」や「自立」を守ろうとしています。

大局的には似ていませんか?正しさの衝突に見えて、実際に起きているのは、あり方の衝突です。結果として、同じようなことが繰り返される因果となります。

ここまで見てくると、共通点が浮き彫り化されてきます。問題は、

・何をしたか
・どれだけ正しかったか

ではなさそうですね。「どんな関係性で、それが行われたのか?」この一点に尽きるのではないでしょうか?あなたのご意見をぜひ聴かせてくださいませ。

よかれと思っての行為であっても、相手がそれを「自ら選んだ」と感じられなければ、その関わりはどこかで歪んでしまいます。

個人でも、国家でも、その違いはスケールだけで、本質は変わりません。

共生共栄が成立する条件

共生共栄は、美しい言葉です。しかし、それが成立するには条件があります。それぞれが、自立していること。自立していない状態での共生は、支え合いではなく、依存や支配に変わります。

はじめの話に戻ります。イベントの後に残るゴミ。そこには、扱われ方の結果がそのまま表れています。同じように、

・歴史の終わり方
・関係の終わり方
・関わりの余韻

そこにこそ、本質が現れます。

問われているのは、正しさではありません。すべてが完了した後に、何が残るのでしょうか?あなたの関わりの先に残るものは、残したいものはどんな「あり方」でしょうか?

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止めながら越える〜堺歩美さん物語12

垂直にそびえ立つ、揺るぎない自律の軸——「皇(おう)」。自由に吹き抜け、境界を溶かしていく共鳴——「風」。一見、矛盾する2つのエネルギー。1つの生き方にまとめたく考えています。

「正しくあれ」と自らを律する重圧と「それでもいい」と他者と響き合う軽やかさ。自らの人生の「王(主)」として立ちながら、一筋の「風」として世界を吹き抜けていく、1編集者の「解放」の物語。

止めながら越える〜堺歩美さん物語12

疑念

「りゅうあんしん」メモ書きのとおり、サイト検索してみる。確かに出てきた。しかし・・・・・・アヤしい。書いてあることが、かなりうさんくさい。美奈さんの話がなければ、確実にスルーする。美奈さんは、こちらのサイトは見たのだろうか?友人の紹介でと語っていたが、どんな経緯で興味を持ったのだろう?分からないながらに飛び込んだ理由とは?

「全て叶える自分になる」「決めたことを正解に」はぁ?どうせ誇大広告に決まっている。何が起きるのか、どう変わるのか、分からないことだらけだ。また詐欺じゃないの?・・・・本当に大丈夫?

今までならここで止まる。「もう少し調べてからにしよう」「他にもあるはずだ」と、身を引いてきた。その方が正しい気もする。・・・・・・・・なぜか離れられない。信じてなんかいない。不信の方が圧倒的に強い。それなのに「今ここで離れたら、もう戻ってこない気がする」という感覚だけが残り続ける。

書けない

この感覚に理由はない。説明もできない。消えない。だからこそ、疑いを抱えたままでも、なお踏み出してしまうことがある。十分に気をつけなければならない。

「ひとまずは、話だけでも聴いてみよう」言葉にした瞬間、何かが決まった。

そのまま画面を見る。問い合わせフォームがある。指が止まる。何を書けばいいのか分からない。名前、連絡先、内容。項目は単純なのに、進まない。

何を書けばいい?相談内容。・・・何を相談する?分からない。さっきまでのことを言葉にしようとする。「分からない」「止めている」「噛み合わない」どれも違う。どれも浅い。整えようとした瞬間、全部消える。

越える

また同じだ。止めている。画面を閉じようとする。やめておこう、と言い訳が浮かぶ。「やっぱり怪しい」「もっと調べてから」。それでも、なぜか閉じない。ここで戻ったら、さっきと同じになる。はっきりしているのは、それだけ。それだけは嫌だ。

深く息を吐く。整えない。そのまま書く。「うまく言えませんが、今のままでは無理だと感じています」一行だけ。

送信ボタンが目に入る。指が止まる。迷う。疑いは消えていない。むしろ強い。それでも、押す。押した瞬間、音は何もないのに、はっきりと分かる。戻れない。線路の軌道が切り変わるかのように、確実に、何かが動いた。境界線を越えた。

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