皇室が模範だったから

先日、潜在意識の解放セッションフォロー講座でした(池袋にて)。意識の高い皆さんが集い、スバラシイ時間をシェアできました!たくさんあり過ぎて、何をシェアしたらいいものやら・・・。

例えば、「おもてなし」とは、聖徳太子の【和を以て貴しとなす】から来ている事を知り、改めて感動!

MHD男塾2013.6.2.
MHD男塾2013.6.2.

そこで思い出した事。シェアしてまた感動を分かち合えました今はお亡くなりですが、当時96歳の元軍医(桑木崇秀先生)さんに質問した時の返答。

講話の内容が、かなり感動的で素晴らしかった!「なぜそんなに素晴らしい生き方ができたんですか?」という質問でした。

後になって語り合ったんですが、その場にいた全員が「教育勅語が素晴らしいからだ・・・」類の予想でした。
瞬時に返ってきた言葉が「皇室が模範だったから」驚愕でした!

この瞬間、実感した事。
・教育勅語は、付け焼き刃でできたものなんかじゃなく、深い実践が伴ってできた等身大の活模範だった。
・皇室と一般庶民との距離が、ものすごく親密だった。
・天皇という存在が、いかに民を想い、愛に生きて来たのか!

マッカーサーはじめ、天皇に対面した方々がなぜ改心するほどに感動したのか!特攻隊の皆さん等、親や愛する人を想い、なぜ「この人のためなら死ねる!」と思えたのか!そういった背景が見えてきた事を思い出しました。

明日も1日、喜びと感謝に満ち溢れたあなたでありますよう・・・。

 

東京 池袋から電車で約15分

奥さんの誕生日

今日は、奥さんの誕生日!
直美BD2014.10
どんぐりの木で買ったケーキがめちゃうまでした(*^。^*)
どんぐりの木の店長の佐藤 和弘さんは、独特の「重ね煮料理」を強みとしており、ずっと興味関心がありました。さすがスバラシイこだわりです(=^・^=)
直美BD2014.10.30.奥さんの直美さんは、元整体のお客様でした。好意を持っていただけ、結婚に至りました。

当時の私は、結婚したい気持ちはありながらも、「絵に描いた餅」でした。臆病者で、勇気を持って告白など絶対にあり得そうもない・・・・・。孤独な人生で幕を終えるんだろうなって、決め込んじゃっていました。

意見が噛み合わず、激しい口ゲンカした事も数知れずです(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
しかし、「孤独」とは無縁な人生を作り出してくれた、最高のパートナーだと感じてます。

以前、「未来の深掘り」等Universal Flow 整体独自の手法で、過去を書き換えようと試みた事があります。
もし、
・幼少期から親に感謝できていたら?
・自分の名前を誇らしく思えていたら?
等々のイメージを書き換えているとしたら、かなり具体的によくなってるでしょう。
しかしそれは、確実に奥さんとは出会えてません。それは絶対にまっぴらゴメンです。だとしたら、書き換える必要は、ない!

その自己セラピーを通して気づいたのは、【奥さんと出会うためにあった今までの苦しみ】という事。Universal Flow 整体が生まれたルーツの大きな1つ。

奥さんの誕生日に、こうして書ける事に感謝です(=^・・^=)
直美さん、誕生日おめでとう(^_-)-☆

 

未来の深掘り

レース

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以下の「レース」、前に立ち読みで号泣しました。

何回読んでも感動し、涙します。いつも読めるよう、保管しておきたいとメール化し始めたきっかけです。原本は直訳でかなり読みづらく、私自身のものとするため意訳に意訳を重ねてきました。おそらく原文とは、かなり違うはず。よってこちらへ掲載する運びとなりました。

主旨は、【”勝つまでやる!”って決意や覚悟があるか?】だと解釈しています。


1 周囲の声

「やめろ!あきらめろ!もう負けだ!」
彼らは叫ぶ。
「大変すぎる。ムリだ」
あきらめかけた時、その弱気は当時のレースの記憶に破られた。

思い起こすと、希望が湧き、意志力がよみがえる。
あのレースを思い出すだけで、元気を取り戻せる。

2 徒競走の記憶

期待

少年時代。よく覚えてる。
ワクワク、ドキドキ。
皆自分が1番になろうと、希望に胸を膨ませスタートラインに並んだ。
同点1番でもいい、それがダメなら2番だ。

父親達はそばから、各々の息子を応援していた。シャッターチャンスを狙って、場所を競り取っている。皆々が、1番をといきり立ってた。

笛が鳴り、一斉にスタート。心は希望でいっぱいだった。
トップでヒーローになることが、最高の望みだった。特に私には。

観衆の中に父親がいる。
私は先頭に近く、「父さんはきっと喜んでくれる」

しかし、スピードを上げて競技場を回った時、浅い窪みがあった。
足を滑らせつまづいた。

失態

一生懸命体を立て直そうと、両手を前に突き出した。
観衆がどっと笑う中、頭からバタンと転んだ。

地面に転がり、希望も失せてしまった。〜もう1番になれない。
恥ずかしくて悲しくて、ここから消え去りたくなった。

転んだ時、父親が立ち上がった。心配そうな顔をして。
その表情は、はっきり言ってた。
「起き上がれ!レースに勝て!」

急いで立ち上がった。大したことはない。─少し遅れただけだ─
そして一生懸命に走った。転んだ分を挽回しようと。
挽回するんだ。─追いつき追い越すんだ─
その気持ちが強すぎ脚がもつれた。つまづき、また転んだ。

二度も転ぶなんて〜さっき転んだ時にやめればよかった―
「なんて惨めなんだろう。出るんじゃなかった」

絶望

笑う観衆の中に、父親の顔を探した。
父親はじっと見つめ、「起き上がれ!レースに勝て!」と言ってた。
そこで少年は立ち上がった。─最後から10m遅れてる─
「この10mを追いつくなら」彼は考えた。
「本当に早く走らなくっちゃ」全力疾走して、8〜10m追いついた。
しかし先頭に出ようと急ぎすぎ、またつまづいて転んでしまった!
負けた!じっとそこに倒れた。〜目から涙が溢れた・・・

「もうこれ以上走ってもしょうがない。3度も転び、ビリ確定!走るだけムダ!」

立ち上がろうとする気持ちは萎えた。希望も勇気もすべて。
皆からこんなに離され、こんなに何度も転んで、ずっと負け犬だ。
「負けた。だからもう何をやっても仕方ない」
「これから恥をかきながら生きるんだ」
その時、父親の顔が頭に浮かんだ。すぐに顔を合わせる・・・・・。
祈られてると、痛切に感じた。

「立つんだ!」という声が、小さくこだました。
「立って追いつけ!お前は転んだままでいる子じゃない。起き上がれ!レースに勝て!」

勇気

「勇気を出して立て!」と胸に響いた。
「まだ全然負けたわけじゃない。勝つとは、転ぶ度に起き上がることなんだよ」

立ち上がり、再び走り出した。
新しい気持ちで、順番なんてどうでもいい。走りきろう。

ずっと遅れてしまった。〜今までで1番ビリ・・・
それでも全力で走った。1番になろうとするかのように。

3度もつまづき、転んだ。でも3度とも立ち上がった。
もうとても追いつけないのに、最後まで走り抜いた。
1番がゴールした時、観衆は大歓声で讃えた。
1番の彼は、顔をまっすぐに上げ、誇らしげで幸せそうだ。転んでも、恥をかいてもいない。

転んだ私がビリでゴールした時、歓声はさらに高まった。最後まで走り抜いたことを讃えた。
ビリだった。うなだれ、誇らしげでもなかった。
が、観衆の声だけなら、誰もが1番と思ったろう。

父親に、悲しそうに悔しそうに言った。「ダメだったよ」
「父さんにはお前が1番だよ。やはりお前は、私の息子だ!
転んでも転んでも、起き上がったからね」

3 獲得できた成果

すべてが暗く厳しく、立ち向かうのが困難に思える今ーーー。
あの時の記憶が、人生というレースを走る私に力を与えてくれる。

人生とは、徒競走のようなもの。いい時も悪い時もある。
勝利のために、絶対にした方がいいことは、転ぶ度に立ち上がることだ。

「もうやめろ!あきらめろ!お前はもう負けだ!」私に叫ぶ声がある。
しかし心の中からは、「起き上がれ、レースに勝て!」という別の声も聞こえてくる。
どちらを受け入れようか?

『真のリーダーになるための「5つの決定的瞬間」』p170~181

「喜ぶ」という奉仕

先日、毎週出張先の山梨で、とても感動的な体験ができたエピソード。

お母さんに勧められたかのような風景

お母さんからのシェア

お母さんがずいぶんよくなってきたため、老人会ツアーでの紅葉がすごく綺麗だったと感動シェア。「ぜひあんた方も行ってきないさいよ」の一言で、娘さんの車でご一緒させていただきました。

確かにすごく綺麗で、かなり目の保養になりましたし、来てよかったと思えました。そこで、2人ほぼ同時に口に出た言葉。

お母さんをばせたいね。

そこから、さらに話し合うようになりました。お土産を買って来たからと、喜んじゃくれないでしょう。物理的な何かじゃ決してないはずです。お金は十分あるし、老人会で行って来たばかり。

愛は動詞である

考え抜いて浮かんできたのが、『7つの習慣』コヴィー博士の言葉。「奥さんを愛していないことに気づいたなら、愛してあげればいい」というやりとりの応用でした。

本田健さんの「喜んであげよう」に結びつき、ただ単に嬉しそうに表現するんじゃなく、オーバー気味に演技するような気持ち。実際2人で練習までしました。紅葉を観るより盛り上がりました。

私たちは誰しも、喜びを得ようと生きています。毎月掃除ボランティアに出かけ、靖国参拝させていただく理由は、明らかに自発的な喜びを得るための行為です。自分以外の第三者に頼まれた行為は、確実に長続きしません(ゴミから教わったこと)。

お母さん宅に戻り、「よかった!!!」と大絶賛。お母さん「そうでしょう(*^o^*)」とご満悦。私たちも、すごく嬉しくなりました。

「喜ぶ」を与える

多くの皆さんは、「受ける」ことに引け目を感じてしまいがちですが、あなたはいかがでしょうか?

営業で何度も断られ続けてきた私には、かなり大きな人生のテーマです。受けることが苦手だったから、与え方が分からず喘ぎ苦しんできたのかもしれません。

あなたは、あまりにも大きな愛情を受けた時、理由なく反発したことありませんか?オファーをいただいたら、ごく短時間かつ無意識のうちに返せるかどうかを判断しています。

よくも悪くも、許容範囲外の受容力は、極端に落ちます。お母さんが喜んでくださったことから、許容範囲を深め広げる価値を教えていただきました。

夜には施術予約が入っていましたが、約1時間遅れてしまいました。ながらも詳細な理由を話し、そのお客様も喜んでくださいました。彼には全く無関係なんですが・・・。

「喜ぶ」というエネルギーが、時空や対人関係を超えて伝わるものなんだと、実感できました。「喜ぶ」という感情表現には、素晴らしい価値があるんですね。

ゴミから教わったこと
感情表現の重要性〜山梨のお父さん
認知症の根本解放策