
拝借的態度
「〇〇〇直伝!」「〇〇の愛弟子が教える」「〇〇公認プログラム」。
SNSやビジネスの世界では、著名な人物や権威の名前を冠した肩書が溢れ返っています。手軽に信用や凄みを演出できる便利な言葉。が、強烈な違和感が首をもたげます。
「で、語るあなたご自身の価値とは?」今回、文章化しようと至ったきっかけは、ある本物だと認める方。出会って7年が経ちます。にもかかわらず、『〇〇〇直伝!』と熱く語っていたのです。「いつまで師匠の名を借りてんだ?」と、イラッと感が込み上げてきました。
有名人の看板を借り、権威の威光をまとい大きく魅せる姿勢。「私には自分自身の言葉も、内から滲み出る価値(軸)もありません」と自白しているようなもの。権威という「親の七光り」のような拝借的態度は、本物へたどり着けるわけがありません。
魂を揺さぶる熱量
いかに偉大な師の教えでも、そのまま受け売りで語るだけなら、単なる精巧なコピーです。あくまで持論ですが、いかに完コピできても、それだけでは100%うまくいきません。成功を究めようとするほどに「守破離のプロセス」が必要不可欠です。
師の言葉という要約された「正解」に身を包み、自発思考(自主軸の基盤となる思考)とはかけ離れた受け身的姿勢。権威をありがたがる側もまた、自ら見極める思考を放棄し、看板を鵜呑みに解釈しています。
自衛官当時の上司から「教えてやろうか?」と訊かれた折に「まずやってみて、分からなくて行き詰まった点を教えて欲しいです」と言ったことを思い出しました。
師から学んだ知識をそのまま横流しする方の言葉に、魂を揺さぶる熱量が宿るはずもありません。血の通わないレプリカの言葉で、誰かの人生が動くなんてあり得ないのです。
独自の美学「自律」
真に師を尊敬するとは、単に教えを模倣することではありません。教えを自らの体験や葛藤と照らし合わせ、徹底的な試行錯誤(自己対話)を通し、自分だけの「独自の美学(自律)」へと昇華させること。
「〇〇直伝」という看板をすべて脱ぎ去った時、あなたの手元には何が残るでしょうか? そこに立つ「あなたという存在」にどんな響きがあるでしょうか?
本物であるあなただからこそ、権威という「親の七光り」、一度脱いでみませんか?
権威という麻酔から目を覚まし、あなたご自身の足で立ち、語り始めるのです。借り物の看板を投げ捨ててこそ、本物の自立と信頼が始まります。