覚醒〜堺歩美さん物語23

社長室の編集 

2030年、春。社長に就任して最初に取り組んだのは、社長室という空間の編集だ。これまでの権威を象徴するような、重々しく沈み込むソファ。それは訪れる方を「客という記号」に固定し、背筋を強張らせる装置のようではないか。

温もりある木のテーブルと、座る方の体を自然に支えるタイプへと入れ替え。「堺社長、これでは外部の方への威厳が・・・」秘書の懸念はごもっとも。それでもやる。私を訪ねてくる方々が求めているのは、威厳ではなく、対話から生まれる予兆のはず。

覚醒〜堺歩美さん物語23

散歩を通じて社員と向き合い、家族と対話しながら得た確信。私の役割は、本質魅力にスポットライトを当てることだ。本質魅力がない方はいない。いかに引き出し、「これでいい」「これがいい」「だからこそいい」と、承認を分かち合うこと。

外部との交差点

就任以来、取引先や作家、投資家等々、多くの方々が訪ねてくる。彼らは、社長室に入った瞬間戸惑う。扉は常に開いており、かつての社長の重圧はない。和やかな光と一輪の花、スニーカーを履いた私が座っているからだ。

「ここは、不思議と落ち着きますね」 多くの賓客が、ソファに腰掛けた途端に漏らす。

私は彼らと向き合う際、社長ではなくなる。相手を思いやる気持ちで、お声がけする1人の「場を整える編者」である。彼らもまた肩書きという鎧を脱ぎ、自分でも気づいていなかった本音を語り始める。

相手の声の動きに合わせて、心を寄り添わせていく。その後訪れる豊かな静寂は、強張った心が和やかにほどかれていく。社長室は、合意を形成する場ではない。互いの本質魅力が芳潤に混ざり合う、最高級の茶室のような空間へと変容していく。

深まり広がる覚醒

編集は、社長室という四角い部屋の中だけに留まらない。外部の方々が、整えられた状態で弊社を去っていく。その背中に、新たな時代の風を感じる。常務だった頃には、私の手が届く範囲でしか変えられなかった。

今は社長という看板を通じて、弊社と関わる外の世界の空気までも、同時に書き換えていける。社長だからこそのご縁もでき、 連鎖的相乗効果が起きている。着手できる範囲が深まり、広がるとは、こういうことだ。「いかに取り繕うか?」しか考えていなかった編集長当時にはあり得ないこと。

私は今日、誰とどんな対話するのだろう?2030年、桜舞い散る激動の空の下。社長という余白は、あり方を伝えるという世界をなじませるため、小さいながらも確かな発火点になっている。

空気を編集する〜堺歩美さん物語22

迷路を抜ける「安心」

2026年秋。出版業界全体の地盤沈下が進み、弊社も「これまでの正攻法」が一切通用しなくなる閉塞感に包まれている。焦る経営陣が数字を詰めれば詰めるほど、現場は疲弊し、離職者が相次ぐ。その中で我がライフスタイル部だけが、表だった広告を出しているわけでもないのに、なぜかヒット作が連発している。

空気を編集する〜堺歩美さん物語22

役員会議室の重い扉の向こうでは、2027年という得体の知れない予兆に怯える方々が、数字という名の「過去の遺物」を必死に積み上げていた。

役員会議室で、1人の役員が問いかける。「堺さん、なぜ君のところの本が、広告も打たずにこれほど売れるんだ?会員数も鰻登りで、いったい何が起きているのか?」

私は部屋全体を見渡しながら「それは・・・私たちが、単なるレシピではなく『安心』『どう生きるか』を届けているからだと思います」と返す。

役員たちは顔を見合わせる。彼らが必死に「どう売るか」を考えているよりも、生き方やあり方を根底に置いてきた。不安を抱える読者たちの心に、深く優しく刺さっていたのではなかろうか。

沈黙という安らぎ

私は、 反論も、肯定も、説得もしない。 イスの背もたれに体を預け、窓から差し込む秋の陽を味わっている。

沈黙が、重苦しい会議室に満ちていく。 かつての私なら、この「空白」を恐れて、何か気の利いた言葉で埋めようとしただろう。けれど今の私は、この静寂こそが最も饒舌であることを知っている。

私のあまりの「何もしなさ」に、役員たちが1人、また1人と、毒気を抜かれたように筆を置く。 「・・・堺さん、君は、怖くないのか?」 1人の役員が、すがるように漏らす。

フフッと小さく、独り言のように笑う圧倒的な安らぎ。「自分の中でちゃんと立てない方は、誰かを立たせようとして、余計に疲れてしまうのかもしれませんね」そんな思いが、言葉になる前にふっと消えていく。

気づけば、会議室の空気が変わっている。言い負かされたわけでも、納得したわけでもない。彼ら自身の中にあった「数字」という呪縛が、どうでもよくなった感覚。

社内という宇宙

2027年初日「常務取締役兼編集統括を任ずる」との辞令。年末に社長から呼ばれた一言「君をこの部屋に置いておかないと、僕らは数字の迷路に迷い込んでしまいそうだから」。現場との関わりを保ち続けるという条件で引き受けた。

私の机は、重厚な扉に守られた「常務取締役室」へと移された。「・・・また、いらっしゃらないのか?」 秘書の声が廊下に響く頃、社内を「散歩」している。ハイヒールからスニーカーに履き替えて。

社内という宇宙〜堺歩美さん物語22

かつての私は、他部課のフロアを通るだけで体が強張り、目を伏せていた。今は、常務取締役兼編集統括という、全社を見渡す「目」を持っている。

「堺常務、お疲れ様です!あの・・・この企画、どうしても行き詰まっていて」廊下で、あるいは給湯室で、立ち止まる。「散歩」の途中で受ける質問。常務室の革椅子では、決して届かない現場の「生身の震え」だ。

「・・・ここ、もう少しだけ、あなたの『余白』を信じてみないか?埋めようとせず、もう少し向き合ってみよう」常務室という、本来なら重責で隔絶された場所。そこを拠点にしながらも、社内という宇宙を歩き続ける。

質問に答え、背中を押し、時に頷く。私の役割は、確かに変わった。かつては1冊の本を編むことが仕事だった。今はこの会社に流れる「空気」そのものを編集しているのだ。

2027年。澱んでいた空気を爽やかに流していく。編集部が変わっていったように、弊社も穏やかな呼吸に合わせて着実に、新しい形へと作り替えていけるのだ。

余白の地平〜堺歩美さん物語21

言葉にならない領分

朝、目が覚めたベッドの上。窓から差し込む光が、以前よりも鮮明に、粒立って見える。イスに座り、ただ呼吸を繰り返す。肺の奥まで空気が沁み入り、背中が内側から広がる感覚。丹田に気力がみなぎっているのが分かる。

「ビジョンが曖昧だ」 昨夜感じたその戸惑いは、今朝、満たされた納得感。これまでの私は、未来を「作る」ことに必死だった。足りないものを埋めるために、必死に計画を立て、正解を、目標を、私の外側に求めていた。

今は、その「足りない」という感覚が消えている。満たされているから、追いかける必要がない。今の私の中にあるのは、広大な「余白」だ。それは、何も無いことの不安ではない。何でも描き込める、あるいは何も描かなくても成立する、圧倒的な自由の感触。

滲み出す輪郭

飯田橋のオフィス。デスクと向き合っていても、すぐにPCを開く気にならない。かつてなら、1分1秒を惜しんでメールを処理し、周囲に「仕事をしている私」を見せつけていただろう。ふと、これからの仕事のあり方について考えている。

「自立具現化コーリング」 インタビューで美奈さんから聞いたキーワード。同じようにたどってみたからこそ、今の体感と重なり始めている。これから向き合うのは、誰かが作った正解をなぞることではない。

私という存在から、何が滲み出ようとしているのか?それを、整えずに、そのまま世界へ映し出すこと。龍先生のサポートを経て、1人では決してたどり着けなかった「心身の解放」という土台の上に、新たな私の輪郭が着実に結ばれようとしている。

「編集長、少しお時間いいですか?」 昨日のスタッフが、また声をかけてきた。 彼の顔にはまだ迷いがありつつも、以前のような私への依存はない。

私は、椅子から立ち上がろうとして、止めた。座ったまま、ただ、彼を視野に入れる。

「ええ、いいわよ。話して。長くなるなら場を変えようか?」 私自身も聞いたことがないほど深く穏やかな声に驚く。美奈さんが言っていたように、変化した私のエネルギーが、周囲へも浸透する相乗効果。実際に起きているのかもしれない。

始まりの予感

帰り道。飯田橋の駅へと続く坂道を下る。夕暮れの外堀通り。行き交う人々の足音、家路を急ぐ車の列、お堀の底から響いてくる中央線の重低音。そのすべてが、私を通り抜けていく。

帰りの電車に揺られながら、ふと気づく。私はもう、「誰か」になろうとはしていない。今の私にできることを、不格好なままでも差し出す。それだけでいいのだという、強く静寂な確信。

マンションに着き、玄関のドアを開ける。部屋の明かりをつける前に、暗闇の中に立ってみる。不安はない。ここにあるのは、1人ではたどり着けなかった、新たな私と世界との「間」。 明日、何が起きるかは分からない。分からないまま、この自由な空白へ飛び込んでいく。「・・・さあ、いこう」 湧き出てくる自分自身を突き動かすような声。それは、ようやく始まった、本当の意味での私の人生の産声。

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心身の解放〜堺歩美さん物語20

何もしない

朝の吉祥寺駅。中央線がホームへ。人の流れに紛れながら、ふと気づく。急いでいないのに、足が止まらない。整えようとしなくても、そのまま動いている。呼吸が楽で、深く吸えている。足どりがものすごく軽い。

車内。いつもなら、頭の中で今日の段取りをなぞっていたのに、何もしていない。窓に映る自分をぼんやり見ている。つい1ヶ月ほど前までは、通勤中の化粧だった。「何をするか」「誰と会うか」を考え、ファンデーションの厚みやルージュの色を調整していた。何もしないことが、妙に心地よい。

飯田橋で降り、会社へ。歩幅を合わせようとも、速めようともしていないのに、流れから外れていない。どこにも力を入れていないのに、崩れていない。

「それでいこう」

「おはよう」オフィスに入る。

「編集長、例の件ですが・・・」スタッフが資料を差し出す。受け取り目を通す。すぐに言葉が出てこない。そのまま黙っている。

「それで、どう進めるつもり?」とっさに出た言葉に、間が空く。予想外だったのか、驚いた表情でこちらを見る。そんなに驚かれるような私だったのか?彼自身の言葉で語り始める。途中で口を挟む気にならない。最後まで聴いて、うなずく。

「それでいこう」以上。心なしか嬉しそうなスタッフ。私も嬉しくなる。

沈黙という「間」

午後、作家との打ち合わせ。言葉を探している沈黙。以前なら、何か言って埋めていた。
今日は、沈黙という「間」が心地よい。軽くコーヒーを1口。コーヒーポットからお互いのカップに注ぎ足し、そのまま待つ。

心身の解放〜堺歩美さん物語20

「堺さん。・・・今の感じ、なんかいいですね」作家がぽつりと言う。理由は訊かず、軽く微笑みうなずく。安らぎを分かち合えている充実感。そうだ、私が求めていたのはこういう感覚だ。

安らぎに満ちている

帰り道。中央線の満員電車の中吊り革につかまり、達成感とともに1日を振り返る。前に美奈さんが言っていた「求めてきたマリアージュ」の意味を噛みしめている。当時は何を言っているのか、雲をつかむような感覚だった。変わろうと努力した感覚は皆無だ。気づいたらいつの間にか、切り替わっている。

吉祥寺で降り、改札を抜け、家路へ。夜の商店街を抜け、雑踏の空気が穏やかに入ってくる。エレベーターを上がり、ドアを開ける。部屋の中の安らぎに、思わずアツい何かが込み上げてくる。またこうして家に帰って来れたことがありがたい。

リビングの灯りをつけ、イスに座わる。明確なビフォーアフターの違いに、驚きとともにビジョンの曖昧さに戸惑いが湧いてくる。

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