迷路を抜ける「安心」
2026年秋。出版業界全体の地盤沈下が進み、私の会社も「これまでの正攻法」が一切通用しなくなる閉塞感に包まれている。焦る経営陣が数字を詰めれば詰めるほど、現場は疲弊し、離職者が相次ぐ。その中で我がライフスタイル部だけが、なぜか表だった広告を出しているわけでもないのに、ヒット作が連発している。

役員会議室の重い扉の向こうでは、2027年という得体の知れない予兆に怯える方々が、数字という名の「過去の遺物」を必死に積み上げていた。
役員会議室で、1人の役員が問いかける。「堺さん、なぜ君のところの本が、広告も打たずにこれほど売れるんだ?会員数も鰻登りで、いったい何が起きているのか?」
私は部屋全体を見渡しながら「それは・・・私たちが、単なるレシピではなく『安心』『どう生きるか』を届けているからだと思います」と返す。
役員たちは顔を見合わせる。彼らが必死に「どう売るか」を考えているよりも、生き方やあり方を根底に置いてきた。不安を抱える読者たちの心に、深く優しく刺さっていたのではなかろうか。
沈黙という安らぎ
私は、 反論も、肯定も、説得もしない。 イスの背もたれに体を預け、窓から差し込む秋の陽を味わっている。
沈黙が、重苦しい会議室に満ちていく。 かつての私なら、この「空白」を恐れて、何か気の利いた言葉で埋めようとしただろう。けれど今の私は、この静寂こそが最も饒舌であることを知っている。
私のあまりの「何もしなさ」に、役員たちが1人、また1人と、毒気を抜かれたように筆を置く。 「・・・堺さん、君は、怖くないのか?」 1人の役員が、すがるように漏らす。
フフッと小さく、独り言のように笑う圧倒的な安らぎ。「自分の中でちゃんと立てない方は、誰かを立たせようとして、余計に疲れてしまうのかもしれませんね」そんな思いが、言葉になる前にふっと消えていく。
気づけば、会議室の空気が変わっている。言い負かされたわけでも、納得したわけでもない。彼ら自身の中にあった「数字」という呪縛が、どうでもよくなった感覚。
社内という宇宙
2027年初日「常務取締役兼編集統括を任ずる」との辞令。年末に社長から呼ばれた一言「君をこの部屋に置いておかないと、僕らは数字の迷路に迷い込んでしまいそうだから」。現場との関わりを保ち続けるという条件で引き受けた。
私の机は、重厚な扉に守られた「常務取締役室」へと移された。「・・・また、いらっしゃらないのか?」 秘書の声が廊下に響く頃、社内を「散歩」している。ハイヒールからスニーカーに履き替えて。

かつての私は、他部課のフロアを通るだけで体が強張り、目を伏せていた。今は、常務取締役兼編集統括という、全社を見渡す「目」を持っている。
「堺常務、お疲れ様です!あの・・・この企画、どうしても行き詰まっていて」廊下で、あるいは給湯室で、立ち止まる。「散歩」の途中で受ける質問。常務室の革椅子では、決して届かない現場の「生身の震え」だ。
「・・・ここ、もう少しだけ、あなたの『空白』を信じてみないか?埋めようとせず、もう少し向き合ってみよう」常務室という、本来なら重責で隔絶された場所。そこを拠点にしながらも、社内という宇宙を歩き続ける。
質問に答え、背中を押し、時に頷く。私の役割は、確かに変わった。かつては1冊の本を編むことが仕事だった。今はこの会社に流れる「空気」そのものを編集しているのだ。
2027年。澱んでいた空気を爽やかに流していく。編集部が変わっていったように、会社も穏やかな呼吸に合わせて着実に、新しい形へと作り替えていけるのだ。