止めてきた声
言葉が出て、空気が止まっている感覚。整えられていないまま出た言葉が残っている。直美は何も言わずにこちらを見ている。逃げられない。何か続けなければいけないと分かっているのに、どう続ければいいのか分からない。そのまま沈黙が続く。
「・・・じゃあ、どうするの?」
直美の一言で、また止まる。どうする?考えても何も出てこない。今までのやり方では無理だと分かっているのに、別のやり方が浮かばない。
「分からない」
「やっと本音」直美がボソッと一言。
「じゃあ、そのままにしないで」強くはないが、逃げ場がふさがれた。
何も言えない。言葉を探す。整えようとする。・・・できない。どれくらい経ったろう?沈黙が続く。直美が視線を外す。
「もういい」席を立ち、足音が遠ざかる。
直美が席を立った後、すべての音が消える。さっきまでの会話が、そのまま残っている。何も進んでいないのに、修復しようがない、戻れない感覚。
ズレ
キッチンに立ったまま動けない。コーヒーは冷めている。時間だけが進んでいく。このまま会社に行けば、何もなかったことにできる。いつも通りに戻せる。できるはずなのに、動けない。
さっき出た言葉が、さらに重くのしかかっていく。「分からない」「避けてきた」整えられなかった言葉が、浮き彫りに、鮮明に。今までなら、ここで整えていた。理由をつけて、形にして、納得させていた。今回はできない。
そのまま、立ち尽くす。
ハッと我に返り、時間に押されるように動き出す。いつも余裕をもって出かけていたが、今日は際どい。とにかく身支度をして、家を出る。外の空気はいつもと変わらない。人も同じように動いている。それでも、私だけがズレている。
歩きながら、さっきの会話が何度もよみがえる。直美の言葉と、自分の言葉。噛み合っていなかったことが、はっきりしている。だからと言って、どうすればいいのか分からない。
このままでは無理だという感覚だけが残る。駅に向かう足が、異様に重い。
上を向く
改札が見える。人の流れに乗る。いつもと同じ動きのはずなのに、どこかで噛み合っていない。流れに入れない。無理に合わせる。
ふと、昨夜のインタビューで受けた感覚の記憶がよぎる。美奈さんの声。無理がない。押していない。それでも届く。さっきの私の声が重なる。止めて、整えて、結局出さない。明らかに違う。
足が止まる。後ろから人が流れてくる。軽く肩がぶつかる。「すみません」と反射的に言う。その声すら、どこか外側で出ている感覚。
まただ。止めている。その瞬間、はっきりする。家庭でも、仕事でも、今も、ずっと。全部同じ動き。整えて、止めて、出さない。その繰り返し。分かったところで、どうすればいいのかは分からない。でも、このままでは無理だという感覚だけは、さっきよりも強くなる。
改札の前で、完全に止まる。通れるのに、通らない。通れない。なぜ?何がどう違うの?さっぱり分からない・・・・・・・・。涙が込み上げてきた。上を向く。

会社へ体不調で遅刻する連絡を済ませ、約1時間遅れで到着。今日は仕事になりそうもないが、昨日のメモに目を通す。
「りゅうあんしん」走り書きの雑な字が、突如目に飛び込んできた。なぜかは分からない。何をする人かも、よく分からない。それでも、消えない。美奈さんの声につながっているという事実だけが残っている。