社長室の編集
2030年、春。社長に就任して最初に取り組んだのは、社長室という空間の編集だ。これまでの権威を象徴するような、重々しく沈み込むソファ。それは訪れる方を「客という記号」に固定し、背筋を強張らせる装置のようではないか。
温もりある木のテーブルと、座る方の体を自然に支えるタイプへと入れ替え。「堺社長、これでは外部の方への威厳が・・・」秘書の懸念はごもっとも。それでもやる。私を訪ねてくる方々が求めているのは、威厳ではなく、対話から生まれる予兆のはず。

散歩を通じて社員と向き合い、家族と対話しながら得た確信。私の役割は、本質魅力にスポットライトを当てることだ。本質魅力がない方はいない。いかに引き出し、「これでいい」「これがいい」「だからこそいい」と、承認を分かち合うこと。
外部との交差点
就任以来、取引先や作家、投資家等々、多くの方々が訪ねてくる。彼らは、社長室に入った瞬間戸惑う。扉は常に開いており、かつての社長の重圧はない。和やかな光と一輪の花、スニーカーを履いた私が座っているからだ。
「ここは、不思議と落ち着きますね」 多くの賓客が、ソファに腰掛けた途端に漏らす。
私は彼らと向き合う際、社長ではなくなる。相手を思いやる気持ちで、お声がけする1人の「場を整える編者」である。彼らもまた肩書きという鎧を脱ぎ、自分でも気づいていなかった本音を語り始める。
相手の声の動きに合わせて、心を寄り添わせていく。その後訪れる豊かな静寂は、強張った心が和やかにほどかれていく。社長室は、合意を形成する場ではない。互いの本質魅力が芳潤に混ざり合う、最高級の茶室のような空間へと変容していく。
深まり広がる覚醒
編集は、社長室という四角い部屋の中だけに留まらない。外部の方々が、整えられた状態で弊社を去っていく。その背中に、新たな時代の風を感じる。常務だった頃には、私の手が届く範囲でしか変えられなかった。
今は社長という看板を通じて、弊社と関わる外の世界の空気までも、同時に書き換えていける。社長だからこそのご縁もでき、 連鎖的相乗効果が起きている。着手できる範囲が深まり、広がるとは、こういうことだ。「いかに取り繕うか?」しか考えていなかった編集長当時にはあり得ないこと。
私は今日、誰とどんな対話するのだろう?2030年、桜舞い散る激動の空の下。社長という余白は、あり方を伝えるという世界をなじませるため、小さいながらも確かな発火点になっている。