
「人を癒したい」「人の話を受け入れたい」そう願い続けてきた40代半ばの女性。しかし「何年経っても、どこかに大きな壁がある」。「それが何なのか、まったく意味が分かりませんでした」と語ります。
対話の中で浮き彫り化されてきたのは、シンプルな事実。
「理解せずに、受け入れようとしていた」。
受け入れることと、理解することは別物です。この順序が逆になると、どれだけ善意があっても、どこかで詰まります。
理解の7段階
Universal Flow Therapy が定義づける、理解の深さの地図です。誰かに教わったわけではありません。私が多角的に様々な仮説と検証を積み重ねた独自の区分。
①気にならない
完全な無関心。没頭や瞑想の状態。意識がそこに向いていません。「おーい」と呼ばれても呼ばれている自覚がありません。
②気にしない
意識して関心を避けている状態。関わるとマイナスになると判断しています。
③拒否する
毅然とした断り。反対の意思表示。速く走るものほどブレーキが必要なように、これも立派な理解の一形態。
④受け流す
今は解決できないと判断し、相槌を打ちながら場を保つ。カウンセラーに必要不可欠なスキル。「受け止める」との使い分けが最も難しいのではないでしょうか。
⑤受け止める
要所をつかみ、まとめきれている状態。「今の私に必要かどうか、精査します」という姿勢。傾聴の本質はここにあります。
⑥受け入れる
行動が伴う理解。「さっそく取り入れてみます」という姿勢。賛成の意思表示。
⑦引き受ける
最上級の理解。「ぜひ私にもさせてください」という自発的主体性。責任を自ら負う、能動的な状態。
「私が決めたことだから」
例えばこの文章を読んでいるあなたは今、どの段階にいますか?究極の理解とは、7段階を自由自在に使いこなせている状態ではないでしょうか?
日常のコミュニケーションを振り返ってみてください。受け入れようとして疲弊しているなら、実は「受け止める」で十分な場面かもしれません。拒否すべき場面を、無理に受け流していませんか?
この7段階を意図的に使いこなせるようになると、周囲との関わり方が根本から変わります。かつ「引き受ける」という最上級の理解は、〈自分が何者であるかを知っている方〉にしか、自然には起きません。
惰習の縛り、矛盾迷宮、正しさの呪縛、行動の罠(不安恐怖ゆえの暴走)。ここまで4つを通じて見てきたものは、すべて「本来の自分」を覆い隠してきた層です。それが剥がれた先に、初めて「引き受ける」という感覚が生まれます。
「私が決めたことだから」を多用している人生で起きると想定できることは、まさにそれです。誰かに教わるのではなく、あなたご自身の内側から「引き受けたい」という衝動が湧いてくる状態へ。
最初期のメンバー
大テーマ『Universal Flow 覚醒』5つ読んでくださったあなたに、次のステップのご案内かつお願いです。
このコミュニティは、まだ何もありません。あるのは理念だけ「理想を讃え認め合える感動世界の創造」。その場を、一緒に作っていただけませんか?
完成したものに参加するのではなく、最初から関わるということ。それはまさに「引き受ける」という行為です。最初期のメンバーとして、あなたに声をかけさせてください。
こんなことを書いておきながら、私自身まだまだ発展途上の身です。あなたとともに成長の喜びを分かち合える日を祈りつつ・・・。