食わず嫌い、理由のない恐怖、なぜか避けてしまう習慣——。こうした反応の多くを、「自らの経験から来たもの」だと思い込んでいます。果たして本当にそうでしょうか?
以下、分かりやすいと好評だった「潜在意識の正体」のアップデート版。
生理的に拒む理由
ある40代女性Yさんは「鮭の皮なんて食べちゃダメ」と固く信じていました。大好きな私には意味不明です。理由を辿ると、親からずっとそう言われて育ったから。では親はなぜそう言ったのか?祖母がそう言っていたから。祖母もまた、曾祖母から——という思いつきの仮説を立ててみました。
こうしてさかのぼっていくと、行き着く先は約◯00年前のご先祖様だったとしましょう。「鮭の皮が原因で食中毒にかかった」という、たった一度の出来事。その記憶が世代を超えて、DNAという記録媒体に刻まれ、脈々と受け継がれているとしたら――。
一見たわいもない出来事に、説明できないほどの強い反応。その裏に、受け継がれてきた記憶の継承があるとすれば、多少うなずけるのではないでしょうか?
他の事例であれば、どうしても好きになれない方がいるとしましょう。その方は、前に嫌いだったおじさんの「◯◯◯なしぐさ」が同じだったからだとしたら?
選んだ覚えのない記録
体は、意味もなくその記憶を残しません。今はデメリットに感じられる反応も、元をたどれば「あなたを守りたい」という体なりの愛情に基づいています。私のこれまでの施術における臨床データによる感覚では、幼少期の記憶:ご先祖様:前世=90:5:5ほどの比率で影響を受けていると捉えています(個人差はあります)。
幼少期には「なぜこんなことをしたのだろう?」と疑問に感じること、ありませんか?ご先祖様や前世の記憶からの行動ではないかと考えると、私は整理できた感がありますが、あなたはいかがでしょうか?
さて、ここで1つあなたに訊いてみたくなりました。DNAは、選んだ覚えのない記録です。にもかかわらず、その記録は今のあなたの反応を、無自覚に動かしています。
あなたにはもう1つ、選んだ覚えのない記録があります。——「姓(苗字)」です。下の名前は親御さんが決めた等の近しい理由があるので、「いつの間にやらそうなってしまっていた」というわけではなさそうです。

苗字はあなたが生まれた瞬間、当然のように既にありました。否応なしにあなたが選んだのではなく、ご先祖様が連綿と残してこられた記号。DNAが体に刻まれた無自覚の記録なら、姓は言葉として残された、もう1つの記録媒体だと解釈できます。
記録との約束
ここが最もお伝えしたいところ。姓名判断の多くは、この記録を「良い」「悪い」で裁こうとします。魚の皮で食中毒になったご先祖様の記憶に「良い悪い」がないのと同じで、姓という記録にも本来「良い悪い」はないはずです。
それを売りたい目的のために「悪い」と断じることは、その記録を血統として命懸けで残してくださったご先祖様への冒涜だと考えています。私自身「悪い人生だ」と思い込んできた期間は30年を超えます。だからこそ解釈次第で、いかようにも幸せになれることを生み出せました。結果として、体(潜在意識)の身になって考えきれるようになれたのです。
大切なのは、裁くことではなく、読み解くこと。そして読み解いた先で、あなたがいかにその記録と「約束」を結び直すか、です。あなたが幸せでありますよう祈りつつ・・・。