天命はどこにある?
先日70代の女性Dさんより、天命を追究するためインドへ行くとお知らせいただきました。長い人生を生きてきて、それでもなお「自分の天命とは何なのか?」と問い続ける熱意。その行動力には、素直に敬意を抱きます。
きっと、インドで得られたものは大いにあったことでしょう。ではDさんはそこで、ご自身の人生の「核」をつかみきれたのでしょうか?ご本人に確認したわけではないので、詳細は不明です。しかしながら、湧いてくる違和感によるザワツキが、この文章を書く原動力になっています。
天命を知りたいと思った時、何かを探しに行こうとします。
・新しい場所へ行く。
・新しい人に会う。
・新しい知識を得る。
・これまでとは違う体験をする。
等々によって、眠っていた何かが目覚めることは、確かにあります。とはいえ――人生の核は、どこか別の場所に存在しているのでしょうか?私自身の経験上から見立てるなら、そうとも限らないのです。
エジプトでピラミッドを目の当たりにした瞬間、「何のために生まれてきたかを理解した」という方も実際いらっしゃいます。天命の定義を「生まれてきた目的成就への役割」と定めています。気づけなければないのと同じですが、見出し方は各人各様なのかもしれません。
すでに生きてきた人生の中に

「天命なんて、私にはない」とおっしゃる方にも、たくさん会ってきました。考えずとも生きていけますが、私にはもったいなく思えてなりません。理由は、これまで生きてきた意味や価値がつながるからです。
よくも悪くも、あなたが生きてきた時間は、何のためにあったのでしょうか?
・幼い頃にやりたかったこと。
・途中であきらめたこと。
・なぜか惹かれてしまう人。
・何度も繰り返してきた感情。
・人生の節目で、自分が選んできたこと。
・・・・・・・
その1つ1つには、何らかの理由があったはずです。当時は意味が分からなかったこともあるでしょう。忘れてしまったこともあるでしょう。「そんなことが今さら何になるのか」と、心の奥底にしまい込んだものもあるかもしれません。
それらを1つ1つ見つめ直し、つなぎ合わせていったら?そこに、ドミノ倒しのように気づいていなかった一貫性が見えてくるかもしれません。天命を探しに行くのではなく、これまで自分が何を生きてきたのかを、改めて振り返ることで見えてくるものがあるのです。
私は、「今やっていることが天命じゃないわけがない」という確信があります。分かってみて思うことは、《天命とはあまりに身近にありすぎて気づけない》のです。施術家当時から約250人と追究してきた現時点での見解です。
やりきった後だからこそ
「もう十分にやった」
そう思えるところまで来た方ほど、次の問いに出会うことがあります。
仕事をやりきった。
家庭での役割をやりきった。
長年続けてきたことを一区切りつけた。
他人から見れば、十分に成功しています。それでも「この先、私は何をするのだろう?」という問いが残る。これは、何かが足りないという話ではありません。これまでの人生を生きてきたからこそ生まれる問いなのです。
「次は何をする?」だけではありません。「私は、何を生きたいのだろう?」。あなたには、いくらか当てはまりますか?
まだ存在していないものは、見出せない
私は、自分を知るための方法がたくさんある中で、もう1つの可能性を考えています。
・才能を探す。
・強みを知る。
・過去を振り返る。
・自分らしさを探す。
もちろん、それらにも意味や価値があります。
しかしまだ存在していないものは、見出せません。だとしたら、あなたご自身を新たに創り出してみてはいかがでしょうか?
これまでの人生から見つけたものを材料にして、「私は何を望んでいるのか?」「なぜ、それを望むのか?」「では、どうするのか?」――自ら問い自ら考え自ら決める生き方をしてきた方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか?
その積み重ねによって、これまで存在していなかった自分の生き方を創り出していくのが、主張してきた「自立具現化」です。
もっと深くにある核
どうすれば自分の核に近づけるのか?考えに考え、究極の自己対話に至りました。誰かから答えを教えてもらうのではありません。どこかへ行けば、答えが見つかるというものでもありません。
あなたご自身との対話を重ねる。表面的な願望だけではなく、「なぜ?」を何度も重ねていく。さらに、その答えに対して、「では、どうする?」と問い続けるのです。
噛み終えたガムをさらに噛んで、もう何も出ないと思ったところから、まだ滲んでくるものがあります。そんな自己対話。その先で、まだ言葉にできなかったものが、少しずつ姿を現してくるのです。
やりきった。その後は?
人生をやりきった人に、「もっと頑張りましょう」と言いたいわけではありません。逆です。これまで十分にやってきたからこそ、「では、この先はどう生きる?」と、改めてご自身に問いかけてみていただきたいのです。
天命を探しに、どこかへ行くこともできます。新しい何かを学ぶこともできます。誰かの言葉に答えを求めることもできます。全部ひっくるめても、最後にあなたの人生を決めるのは、あなたご自身です。
その答えは、まだ誰も生きたことのない人生かもしれません。だからこそ、誰かに見つけてもらうことはできません。
自ら考える。
自ら選ぶ。
自ら決める。
自ら動く。
その先に、自分にしか発揮できないものが現れてくるのではないでしょうか?私は、それを「天才」と呼んでいます。
やりきった後の生き方。それは、これまでの人生を終わらせることではなく、ここまで生きてきた自分だからこそ創り出せる、まだ存在していない人生を始めること。私は、そんな人生に出会いたいのです。