
3年連続の三つ星
10年後。
三つ星、3年連続。発表の日も、厨房で知らせを受け取った。前年と同じ方針と流れ。火入れの秒数も変えていない。発表の連絡が入っても、仕込みの手を止めなかった。
世界の料理誌が特集を組み、海外の若手料理人が研修を願い出る。本場パリの怪物職人と並び、「フレンチ基準を変えた料理人」として名が挙がっている。競い合う気持ちはない。評価の軸が違う。
昔の私なら、違った。星を意識した瞬間、皿を寄せにいっていた。審査員が来ると聞けば、火を強め味を濃くし、印象を作ろうとしていた。
今はしない。なぜか?星を得たいがための料理をやめたからだ。星が増えたのは、待つと切り換えた年からだった。
証明から決断へ
10年前。舌ガンの告知。医師は3人とも切除を勧めた。私は拒否した。無謀だったかもしれない。その夜初めて気づいた。
私は料理を「愛していた」のではない。料理で「証明」していた。
母への反発。
業界への対抗心。
自分への劣等感。
それを燃料にしていた。それでは、永続性がない。いつか終わりが来る。舌ガンは、私にとって方向修正だった。
肥やしにする
自立具現化コーリングを1つに集約するならこの問い。
「それは、あなたが決めたこと?」
答えられなかった。
三つ星も、世界一も、誰かに魅せるための目標だった。ようやくそこで初めて、自ら決め直した。世界一を目指すのは、《私があきらめきれないから》だと。
母の影響も、過去の折り目も、病も、材料にすると決めた。否定しない。肥やしにする。
そこから具体的に変えた。
・メニューの回転数を減らした
・客単価を上げた
・SNS露出を止めた
・星狙いの演出を外した
・仕込みを分業にした
・重ね煮野菜はじめ、世の調理法を研究した
結果、初年度は売上が下がった。批判も来た。仲間に見切られるかもしれない。それでも戻さなかった。星がなくなるかもしれない不安が襲ってきた。それでも決断を曲げなかった。
2年後、星が増えた。
4年後、三つ星。
揺らがない
今は分かる。星は「狙った料理」には来ない。軸を打ち重ねた結果である。3年連続は、驚きではない。再現性があるから。誰が来ようと、同じものをお客様へおもてなすのだ。
舌は戻った。だが戻ったから星が増えたのではない。舌へのプライドを保ちながら、「私の自主・自立・自律とは?」を追究してきたからだ。私の中核と向き合ってこれた達成感がある。
母から、毎週野菜が届く。仲間と定期的に畑の手伝いへ行くようにしてから、さらに団結が深まった。彼ら全員が、独立しても立派にやっていけるレベルにある。引き抜きの誘いもあるだろう。堅く一緒に関わり続けてくれていることが、本当にありがたい。
振り返って思うこと。10年前の私が恐れていたのは、舌を失うことではない。自分の人生に納得できないまま料理を続けることだった。だから向き合った、真剣に。だから今、揺らがない。
三つ星3年連続も、本場の怪物職人と並ぶ評価も、10年前からの積み重ねの延長。今まで道を作ってきた。今日からまた始める。これからだ。