
「なぜか、ずっと惨めさが消えない」「他人の活躍や幸せを見るたびに、胸の奥がざわつく」あなたには、こんな感覚ありませんか?私は40年以上抱えてきた自覚があります。
どれほど実績を重ねても、どれほど周りから評価されても、ふとした瞬間に襲ってくる「自分はまだ足りないのではないか」という感覚。
私はこれまで
・20万人超の名前
・3万人超の体
・70万人超との深い対話や現場の臨床
を通じて、「惨めさ」という感情の正体を観察し続けてきました。
そこで見えてきたのは、単なる心の問題ではなく、あなたの内側の世界でシステム障害が起きているという事実でした。
惨めさのカラクリ
結論から言えば、惨めさとは「あなたが劣っているから」生まれるものではありません。
「他人の物差し(世間の正解・誰かの定義)」を無意識に借りて、あなたの人生を測っている時に発生します。
・「幸せとはこういうものだ」
・「この年齢ならこれくらいできて当たり前だ」
・「成功とはこういう状態を指す」
こうした「他人の言葉」や「世間の基準」を鵜呑みにし、そこに届かない状態を、自ら痛めつけてはいないでしょうか?これが惨めさのカラクリです。他人が作った評価を受けている以上、点が低ければ「私はダメだ」という感情から逃れられません。
私が見立ててきた「臓器と感情の関連表」を根拠として、「会社に例えたあなた」の図解をもとに検証を試みてみます。代表例としてよくあげる事例は、パニック障害です。私は予想外の出来事が起きた場合、パニック障害を頻発しておりました。愛編で「冷静沈着で頭脳明晰・・・」等のポイントをあげています。その実態は・・・。


まず肺です。化けの皮を剥がされたくありません。バリヤーを張り、ひたすら隠そうとします。だからこそ警戒します。ご本人は隠しているつもりでも、他人にはちゃんと見えている場合がかなり多い事実。分かる方にはあからさまに分かっています。
その奥にあるのが腎臓です。不安・恐怖や惨めさ、孤独感。ご本人において味わいたくない感情があり、避けたいがためにあらゆる想定をして臨もうとします。結果的に、「頭脳明晰や冷静沈着」らの評価を受けます。しかしご本人においては、回避したい感情があるから、あらゆるシミュレーションを行います。評価されても嬉しくないのです。
全身の部課(器官)を巻き込むシステム障害
この「他人の物差し」に縛られている場合、体の内部では重大な不具合が起きています。各器官を「会社の部課」に例えてみましょう。
今回のテーマである「惨めさ」は、体の根底にある「腎臓」と密接に関連しています。その上にある「副腎」は、社内の『緊急事態対策課』です。本来なら、命の危険が迫ったときだけに稼働し、アラートを発して身を守る部署です。
では、この対策課が「いつ見捨てられるか」「他人にどう思われるか」という脅威のために、24時間365日偽りの緊急アラートを鳴らし続けたらどうなるでしょうか。
影響は対策課だけに留まらず、社内すべての部署(各器官)が連鎖的な過剰労働へと追い込まれます。他にも様々ありますが、事例としてあげておきます。
・目(視神経=警備部):外部の脅威や他人の顔色を常に監視し続け、過緊張で休まる余裕がありません。
・心臓(ポンプ・動力部):警戒態勢に合わせて交感神経が優位になり、血流を送り続け高負担で疲弊。
・肝臓(総務・クリーン部):溢れかえるストレス物質や感情の毒素を解毒・処理しきれません。
・筋肉(現場作業部):危機に備えて身体を硬直させ、全身の血液・リンパの循環をストップさせる。
そして最終的に、この全社的なパニックのしわ寄せを受け持つのが、会社全体の資金(生命の精)を管理し、ろ過を担う土台——「腎臓(財務・基盤部)」です。
アラートが鳴り止まない環境下で、エネルギーの根底である「精」はゴリゴリと削り取られ、体内の水分代謝は滞り、冷えと深い疲弊が全身を支配します。
体内のすべての部課が限界を迎えて機能停止に陥った時、人はそれを「うつ」と呼び、他人の軸に屈して自らの価値を見失った根底の恐怖を「惨めさ」として体感するのです。
心が弱いから惨めになるのではありません。他人の定規を鵜呑みにし続けることで、全身の部課に過剰労働を強い、物理的なシステム障害を引き起こしているからです。
「探す」のをやめ「創り出す」側へ
この構造から抜け出すために必要なのは、ポジティブ思考や自らを無理に褒めることではありません。体の「緊急事態アラート」を消すことです。
そのためには、他人の答案用紙から自分の人生を自ら創り出す側に回ること(自立具現化)が最適かつ至高の策ではないかと考えていますが、あなたにはどう映っていますか?
・なぜ、私はそれを望むのか?
・感謝とは、愛とは、幸せとは、私において何なのか?
・では、これからどう生きるのか?
誰かの答えを鵜呑みにするのをやめ、自ら問い、自ら考え、自ら決めるというあなたの基準を優先する決断。
この究極の自己対話を重ねていくと、参照すべき外部の定規そのものが消滅します。あなたの足で立ち、意志を取り戻した瞬間、副腎の緊急アラートは停止し、全身の緊張が緩んで腎臓に生命力が戻り始めます。
誰かに頼らずも自立できる
誤解してほしくないのは、これは「特定の講座やセッションを受けなければ到達できない特別な境地」ではないということです。
世の中には、誰の助けも借りず、過酷な試練や内省を経て独力で他人の軸を捨て去り、自らの人生を創造している方が確かに存在します。自立とは、本来誰もが自らの力で辿り着ける構造です。
ただ、多くは「他人の言葉を鵜呑みにする癖」が長年染みついており、1人ではその思考のループから抜け出すのに膨大な時間と摩擦を要します。
私が提唱している「自立具現化」はじめ対話の場は、特別な教えを与えるためのものではありません。1人では20年かかるかもしれない「自分の言葉の抽出プロセス」を短縮し、他人の軸を壊すための検証の環境に過ぎません。
やりきった後の新しい人生
・仕事をやりきった。
・家庭での役割をやりきった。
・世間的な「正解」を一通りなぞってきた。
それでもなお「この先、私はどう生きるのか?」という問いが残っているなら、それはあなたが次のフェーズに立つ準備ができたサインです。
噛み終えたガムをさらに噛むように自らと対話し、まだ言葉になっていなかったあなたの望みを抽出。そこから十分にまだ誰も生きたことのない「あなただけの人生」を創り出していけます。
他人の軸から解放され、自らの手で人生を具現化し始めた方から、体の強張りと共に惨めさは自然消滅していきます。