同化していく言葉のエネルギー

今まで体への施術だけで「3万人超」と称してきましたが、潜在意識も交えたら軽く10万人超えていることに気づきました。

同化していく言葉のエネルギー

体は最も近くの他人

BGMのように聞こえてくる「解除」「書き換え」というキーワード。好きな音楽なら心地いいですが、嫌いならノイズや騒音でしかありません。さもカッコよさげに語られる「解除」「書き換え」。耳にする都度、怒りを通り越して切なくなります。

私は潜在意識について2011年からセラピストとして学び始めました。私自身の変容ぶりを鑑みても、潜在意識をどう解釈していくのかは強烈に重要です。2012年頃から、施術家として「解除や書き換えじゃなく解放だ」と主張してきました。「そんな些細なこと、どうだっていいじゃないですか」と返す方もいましたが、どうしても譲れません。

「自立具現化」を全うするサポートをさせていただく中で、「ファビゲーシング」(「Facilitate+Navigate+Fabulous」の造語)において体編と潜在意識編に分けていますが、切り口が違うだけで視点は同じです。よって、ここでは体も潜在意識も「体」とまとめます。

今まで10万人超の体と向き合ってみて、すべての体たちは「ご主人様(さん)」と呼んでいました。体は、「あなたの最も近くの他人」とも言えるのです。その他人に対して、「解除」「書き換え」をしていくことがどう問題なのでしょうか?

書き換えるという行為の前提は、「問題で悪い」とみなしていませんか?体に例えると分かりやすそうですね。痛みを「邪魔者で、排除しなければならない」と考えていませんか?何のために痛みという成分を脳から発しているのか、理由を考えることもなく。

キーワードが与える影響

おそらくはいくら伝えたところで、「そんなことは微塵も考えていません」なんて返答だろうと予想がつきます。たくさんのご意見いただいてきました。セラピストAさんにどんな意図があるかどうかと、キーワードが周囲の認識に与える影響は、完全に別の話なのです。

例えば分かりやすく「ピンクのかわいい子豚の貯金箱」を何度も連呼されたら、イメージしない方が難しいのではないでしょうか?ましてや主張したいことを商品として売り広め、世に定着させようとしているなら、なおさらです。

キーワードを何度も使い説明し、理解してもらおうとするうちに、キーワードが示す方向へと同化し得ます。あなただけは影響を受けないと言えるのでしょうか?

私が潜在意識について学び始めたきっかけは、マインドブロックバスターでした。そこでも語られていた「潜在意識は悪者じゃない」。ところがマインドブロックバスターという名称そのものが、「マインドブロックをバスターする」。排除することを掲げています。

主張していることと、名称が示している方向性。矛盾を感じずにはいられませんでした。Aさんに悪意なんてなくても、言葉が示す方向性に引き込まれていくのです。だからこそ「解除」「書き換え」というキーワードにも、同じ問題を感じています。

潜在意識の書き換え────。キーワードを使い続けることで、いつしか潜在意識は、書き換えるべき対象として認識されていきませんか?Aさんがどれほど「潜在意識は悪者じゃない」と語っていたとしても。

解放の重要性

大切なのは、Aさんが何を意図しているかだけではありません。Aさんが選んだキーワードによって、どのような認識へと引き込まれていくのでしょうか?そのキーワードを受け取るあなたに、どのような影響やエネルギーを広めていくことになるのでしょうか?

言葉は、ただの説明道具ではありません。繰り返し強調するキーワードは、Aさんの認識にも、周囲の認識にも影響を及ぼしていきます。だからこそどんな気持ちで語るかと同じくらい、どのような言葉で語るかも重要なのではないでしょうか?

代案をあげなければ、ただの批判で終わってしまいます。批判だけなら誰にだってカンタンです。2012年頃から譲れないと強調してきた「解放」が、どう価値があるのでしょうか?

解放とは、あってもなくてもどちらでもいい状態です。到達点は《気にならない》。問題があっても、気になっていなければないのと同じです。

そもそも体たちは、あなたを「ご主人様(さん)」と慕ってきました。潜在意識も、顕在意識だった「当時」があります。当時のその時点では、よかれと思っての行為だったのです。ひたむきにあなたの願いに応えるために、一心不乱にがんばってきたのです。あなたならそんな体に、「ご主人様(さん)」として何と返しますか?

よくも悪くも

よくも悪くも

「平和=幸福」?

かつて私は、世界平和をこよなく願ってきました。戦争がなくなり、誰もが安心して暮らせる世界。実現するなら、きっと多くが幸せになれるーーー。そう考えていた時期があります。

今は、少し違います。もちろん争いがなく、安心して暮らせることを望む方は多いでしょうし、私も完全同意です。しかし「平和=幸福」なのでしょうか?

幸福観とは、各人各様です。豊かな暮らしを望む方もいれば、必要最低限で生きたい方もいます。組織の中で力を発揮したい方もいれば、誰にも縛られず1人で生きたい方も。

極端なことを言えば、ホームレスとして生きることに幸福を感じる方だって、いるのかもしれません。私が「そんな生き方は不幸だ」と思ったとしても、それは本当にご本人においても不幸なのでしょうか?

いかに世界平和を願えども、私の中の平和観の揺らぎが収まることはなさそうです。「私は世界平和を本当に望んでいるのか?」考えるようになりました。平和だから幸福だとは限りません。他者の幸福を、私の価値観で定義していいのでしょうか?

本当に相手のため?

「あなたのためを思って」その言葉の中に、善意があることは相違ありません。しかしその「あなたのため」は、本当に相手のためなのでしょうか?

もしかすると「私だったら、こういう人生が幸せだから」という自分自身の価値観を、相手に重ねているだけなのかもしれません。そう考えると以前の私は、「世界平和」というとても大きな理想を掲げながら、私が考える幸せな世界を押しつけていたのかもしれません。

本当に平和を願っていたのでしょうか?それとも「こうなった方が人は幸せだ」という自分の価値観を、当てはめようとしていたのでしょうか?魂の核から引き出されたものか、表層的な欲求からのものか、どうだっていいのかもしれません。ご本人が本当に幸福ならば。

当然、戦争を肯定したいわけではありません。「私は何を幸福だと思っているのか?」という問いを、他者にもそのまま当てはめていいのか?そこは、分けて考えたいのです。

靖国参拝で、「幸せであってくれ」という声らしき響きが、鮮明に残っています。「英霊の皆さんが訴えかけてきた」と勝手ながら考えることにしています。真摯に受け止め、受け継いでいきたいのです。

よくも悪くも

私は「自立具現化」という言葉を重要視しています。自立とは、何でも1人でできるようになることではありません。その過程を、「ファビゲート」と呼んでいます。ファビゲートとは、Facilitate(促進する)とNavigate(導く・進路を定める)とFabulous(最高に素晴らしい)を掛け合わせた私自身の造語です。

「自立具現化」が目指すゴールなら、「ファビゲート」は向かうプロセス。私は、そのプロセスを担う「自立具現化ファビゲーター」として活動しています。

自立具現化とは誰かに依存することでも、誰かを支配することでもなく、自らの人生の主導権を持つことだと考えています。その方ご自身が望む人生を具現化していくよう土台を築き上げていく役割があると見立てています。

ここで大切なのは、「望む人生」の内容まで、私が決めないこと。私が幸せだと思う人生を、その方にも与えることではありません。「あなたが望むように、どうぞお好きなようになさってください」と主張してきた価値観に反します。

その方ご自身が、「私は何を望んでいるのか?」「何のために生きているのか?」「これが私にとっての幸福なのか?」と問い、自ら考え、自ら決めていただきたいのです。その結果が、私の価値観から見て「よいもの」になるとは限りません。だからこその「よくも悪くも」。

自立という価値観も、ご本人のあり方によって現象化します。幸福という価値観も、その方のあり方によって現象化します。だから私は、あなたの人生を「こちらの方が幸せですよ」と簡単に決めたくありません。

問い続けたいのです。「あなたにとって、幸福とは何ですか?」そして、「その幸福は、本当にあなた自身が望んでいるものですか?」「誰かから教えられた幸福ではないのか?」「世間から与えられた幸福ではないのか?」「『こうあるべき』という常識を、自分の願いだと思い込んでいないか?

そこまで問い続けた先に「私は、こう生きたい」という結晶が見えてくるのかもしれません。私が目指しているのは、誰もが同じ幸福を手にする世界ではありません。

1人1人が、自らにとっての幸福を自ら問い、自ら決め、自らの人生に具現化していける世界。その方が、私には希望ですが、あなたにはいかがでしょうか?

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社長の自立観

社長の自立観

自立具現化

多角的に検証しながら一貫性にこだわってきた「自立具現化」。自立について確実に300人超と対話してきました。たどり着いた結論は、一般的な「1人で何でもできるようになる」という意味ではありません。

人は誰かと関わりながら生きています。だからこそ大切なのは、誰かに依存することでも、誰かを支配することでもなく、自らの人生の主導権を持つこと。私は「自立具現化ファビゲーター」と称しています。「自立具現化」が目指すゴールなら、「ファビゲート」は向かうプロセス。ファビゲートとは、Facilitate(促進する)とNavigate(導き進路を定める)とFabulous(最高に素晴らしい)を掛け合わせた造語です。

自立具現化は、個人に限った話ではありません。会社も同じです。動画CMが流れてきた折に興味を抱きました。「社長がいないと回らない会社」は、一見すると社長が優秀だから成立しているように見えます。あなたはどうお考えでしょうか?

もし社員が自ら考え、自ら決め、自らの力を発揮できるようになったら?優秀な社員が、会社を離れて自分の道を歩み始めることだってあり得ます。施術家当時から、企業には入れないと危惧していた大きな1つ。

施術を受ける等、私と関わることで多くの場合、自立への欲求が芽生えてきます。「好きで自発的に今の会社員でいたいと考える方はごくわずか」だと思い込んでいた私は、受け入れられるわけがないと考えていました。

その時「辞められて困る」ではなく、「自分の人生を自ら選べるようになったんだな」と応援できる社長であれば、会社もまた健全に自立していくのではないでしょうか?

自立の本質

ここに「自立」の本質があると考えています。私は自立の定義を明確に持っていますが、あなたはいかがでしょうか?インタビューしてきた中には、「私は自立なんてしたくありません!」と怒り出す方もいらっしゃいました。どう解釈するかで、人生は大きく変わります。

AIについて考える場合も同じです。AIは非常に便利ですが、お世辞を持ってきたり余計なお世話をしてきたり一長一短あります。将来的には、社員を抱えずすべてを1人でこなしていこうと考えています。そのためにはAIが必要不可欠だとイメージしています。

・AIがどれほど進化するのか?
・本当に人間を超えるのか?
・人類にとって脅威になるのか?

それを私たちが決めることはできません。

だからこそ「今の私にできることは何か?」を考えます。「AIがどれほど優秀になろうとも、私の人生をどう生きるのかを決めるのは私」「社会がどうなろうとも、自らの人生をどう生きるのかを決めるのは私」。

そんな方を輩出していきたいと考えています。風向きが変わってきたので、時代が後押ししてくれそうな兆しを感じています。同窓会等で、昔を懐かしむのは嬉しく楽しい場でもありますが、そればかりだと切なくなります。将来の志やビジョンを語らい合う、希望ある建設的な場に興味関心が湧いてきます。

社長の自立観

私の志は「1万人以上の天才輩出」です。特別な能力を持つ方をつくるのではありません。そもそも特別でない方はいらっしゃいません。誰もが例外なく天才性をお持ちです。先日もノーベル賞の発表で、日本人が選ばれました。誰もが同じようになれる可能性を十分お持ちなのです。

天才に至るプロセスにおいて、重要ポイント。天才的な素養をお持ちの方は、本当にたくさんいらっしゃいます。しかし悲しいかな現実は、自覚して使いこなせていないのです。自覚できていない以上、ないのと同じです。

「自立具現化」とは、自ら決め、自らが望む人生を具現化していくこと。「何のために生きているのか?」「自らの人生を全うできている充実感」を前提としています。

比較すると分かりやすそうですね。『自助論(Self-Help)』(サミュエル・スマイルズ)では、「自分を助け、自分を鍛え、自分の力で人生を切り開く」と主張しています。結論、理想という完結型ゴールがあります。

自立具現化は、個々における「自立」という価値観が、よくも悪くも現象化していくこと。かつ、循環サイクルに基づき、永遠に終わることがありません。あなたの成長に比例して、理想というゴールも変わっていきます。「人間とは夢(できるものなら志)に生きる動物だ」と考えていた時期があります。全てに満たされ欲望がなくなったら、人間だと言えるのでしょうか?

動画CM「社長がいないと回らない会社」に話を戻します。多くの社長やコンサル達は、社員にフォーカスします。ここで私は、「社長の自立観」を語り合いたいのです。社長であるあなたが本気でお悩みなら、次の循環サイクルのステージに差し掛かっているのかもしれません。

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ようやく全体像が見えてきましたか?

自立具現化コーリングを続けてきて、「どうしたら分かりやすく伝えきれるのか?」考えに考えてきました。今回、改めてムダだと痛感。

ようやく全体像が見えてきましたか?

自然に発してきた質問

お客様との2人3脚で潜在意識の解放を終え、ビフォーとアフターの違いが明確になったところ(約2時間後)で、確認を兼ねて尋ねてきました。

「ようやく全体像が見えてきましたか?」ーーー「ようやく」ということは、その段階に至るまでは、分かり得ないことを無意識に理解していたのです。

とはいえ、単なる変化の確認ではありません。あまりに自然に発してきた質問だったので、意味や価値があるとは考えてもいませんでした。2020年から投げかけ続けてきた、私の中での当たり前。

私は始める前から、私自身が何をやろうとしているのかを相応に理解し把握しています。それでも、お客様には全体像を説明しません。手順を1枚に図解化できていますが、説明したからと理解できる域ではないからです。

全体像を先に説明すると起きてしまう問題

ビフォーの段階にいる方に、「あなたはこれからこう変わります」「最終的にはこういう状態になります」「このセッションでは、こういうことをやっています」と説明したとしても、その方は現在のご本人が持つ認識の範囲内で、理解することになります。

すると、どうしてもすでに知っているものに当てはめようとします。コーチング?カウンセリング?セラピー?自己啓発?あるいは、これまで経験した何かに似たもの?私がやろうとしていることを、その段階で既存の何かに当てはめて理解していただくことが、本当に必要なのでしょうか?全くそう考えておりません。

だから先に説明をいたしません。いかに客観的に検証しようとも、確実にどれにも当てはまりません。カウンセリングとコーチングとコンサルとヒーリングの要素を持ってはいます。それらを合わせても、足りません。現状では既存の何かに相当する「何か」ではないのです。

先に起こるのは体感

自立具現化コーリングでは、まずその方ご自身の内側で変化が起こっていきます。そして、あるところまで進んだ時「以前の私と今の私では何かが違う」という感覚が、ご本人にも明確になっていきます。

そこで初めて「ようやく全体像が見えてきましたか?」と尋ねます。現状ではすべての皆さんが「あ!」と体感なさいます。私もようやく詳細を説明できる段階へ。

今まで紹介していただきたいと願ってきましたが、圧倒的に少なかった理由です。あまりに既存枠に当てはめきれなかったため、何と伝えればいいのか分からないのです。アトランティス等当時の記録が残っていない時代にはあったかもしれませんが、比較できずに困っています。

ご本人が、ここまでの体験を通してしか見出せないものです。当初はさっぱり見えなかった景色が、後になってつながってきます。私の話がスーっと入ってくるように。「ああ、だからだったのか」と。

私とあなたの「映っている景色」

自立具現化コーリングを理解する上で、とても重要なポイント。

今でもまだまだ完全ではありませんが、2006年に原型を創り出し、施術で信頼関係を築けた方へ冗談交じりに無料で共有しておりました。当時は、分かったかどうかの確認もしないくらいに本気に考えていませんでした。

有料化するために、次元が変わるほどの改良が必要でしたが、私自身においてはあまりに当たり前でした。次元が変わる前提に、姓名承認という土台なしにはあり得なかったのも大きな1つです。

私とビフォーお客様方の映っている景色には、大きな違いがあるのです。単に経験年数や知識量の違いではありません。私自身が、30年以上の時間をかけて追究してきたもの。「人間における核中の核とは?」という問い。

ずっと核を追究してきました。「感謝」「運勢」「許す」等の定義に始まり、「人は何によって苦しむのか?」「なぜ自分を見失うのか?」「何があれば、自分自身として生きられるのか?」「何を手放せば、本当に自立できるのか?」・・・・・。

体においても潜在意識においても、「問題の核は何?」を問い続けてきました。表面的な問題を1つ解決しても、その奥にはまた別の問題が立ちはだかります。「そのさらに奥には何があるのか?」1つ1つ追究していったのです。

核を突き抜けた世界

追究すればするほど、「これが核だ」と思っても、さらにその奥が。だから追究を止めきれませんでした。

ある日、変わりました。明確な手応え。「これこそが最核なのではないか?」という地点をさらに突き抜けた時、「もうこれ以上の核は存在しない」と実感できる世界。

核を見出せたという感覚とは少し違います。「核を追究すること自体を突き抜けた」という感覚。だからこそ、核の反対側から現実世界が観えるようになったのです。

手応えとして参考になったのが、佐藤康行さん。「私は頂上へ登りきり、降りてきた」と語っていたのです。玉ねぎを剥いていけばいくほど、さらに内側へ。剥ききった中心核は空洞です。「無形なのにどうやって『核』だと実感できるんだろう?」と疑問はありましたが、言葉では伝えようがない限界があることを理解できました。

「核への追究」という興味関心

自立具現化コーリングは、そこから始まっています。お客様に「核を探してください」と言っているのではありません。《核が突き抜けた世界がある》ことを体感していただいているのです。

「核への追究」という興味関心から逃げきれませんでした。周囲と話が噛み合わず、「変なことばかり考えてしまう私は、とんでもなくバカなんだろうな」と信じきっておりました。

だからこそ説明をあえて控えています。ご本人が自らの足で立つ瞬間を、ただただ信じてその場に居続けています。たどり着いたその時に尋ねられる段階へ。

よって強要じみたオススメは絶対にいたしません。理由は、お客様ご自身が自発的な意思のもと取り組んでいただけなければ至りようがないからです。いくら私が「あなたには〜」と可能性を訴えようと、信頼関係なしには厳しいのです。

「ようやく全体像が見えてきましたか?」それは、答えを教え与えるための問いではありません。ご本人自身が、自らの足で到達できたことを確認するための問い。今まで分からないことを、「どうしたら分かるように伝えきれるのか?」をひたすらに試行錯誤してきました。

考えに考えて、あまりに当たり前に尋ねている私を客観視してみて、「考えるだけムダ」だと見定めた次第です。


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「理想と現実の調和」セルフメンテナンス

「理想と現実の調和」セルフメンテナンス

1人では絶対に気づけない「盲点」

多角的な瞑想を重ねていく中で見出せた「5軸のセルフメンテナンス」。「核を突き抜けた世界を自由自在に往来する」という感覚を、ようやく誤解のない形で体系化できつつあると感じています。

私はこれまで決して誇れるようなスマートな人生を歩んできたわけではありません。振り返れば突っ込みどころ満載で、叩けばいくらでもホコリが出るような失敗と遠回りの連続でした。

自分なりに「こう生きるべきだ」「これが本質だ」という確信を持って動いていても、振り返れば足元の現実が見えていなかったり、重大な見落としから崩落を経験したりしてきたのです。周囲から「矛盾しているよ」と指摘されても、当時はその意味すら分かりませんでした。本当に、私自身がズレていたのです。

だからこそ、今確信しています。どれほど深い納得や高尚な理念(理想)を得たと思っていても、人間の脳の仕組み上、1人では絶対に気づけない「盲点」が存在するということを。

「ボロをさらけ出す」を恐れない理由

世の中の多くの探求は、「私は正しい」「この境地に達した」という完璧さを証明しようとします。しかし内面の納得(1・2軸)だけに酔いしれ、日々の体やお金、生活の手入れといった「物理的な現実(3・4軸)」を軽視すれば、どんなに素晴らしい理念も足元からあっけなく破綻します。

私自身、その理想と現実の分断によって生じる痛みが骨身に沁みています。

だからこそ私が提示する体系を「絶対の正解」として振りかざすつもりはありません。 「もしボロがあるなら、一刻も早くあぶり出したい」と考えています。かつ、あえて未完成な状態に留めてもいます。あなたが手を入れることによって完成する設計にこだわっています。

私が感じた直感は、長久かつ世界に通じる本物です。あなたの手に届くことで穏やかな調和、ひいては世界につながる一助となる可能性を信じているからこそ、恐いのです。私のボロをさらけ出すより幾十倍も。

「私は正しい」と思い込むことほど危険な罠はありません。どれだけ確信を持って組み立てたシステムであっても、どこかに自分では気づけない不調和や欠陥が潜んでいるかもしれません。

だからこそ、「間違っている点があれば、遠慮なく指摘してほしい」というオープンな検証の場に自分を置き続けたいのです。

情報の暴走と現実(元栓)の手入れ

言葉や情報といった「理想の領域」だけが一人歩きし、足元の「生の基盤」を脅かす現象は、昨今の社会現象においても顕著です。

直近でも象徴的な出来事がありました。「高市首相が米アップル社へ、生成AIによる若者の自殺防止対策を要請」というニュース。

画面の中のAIが語る心地よい言葉や救い(情報・理想)に傾倒した結果、人間が自らの生命や体という「足元の現実」を手放してしまいがち。日本政府が直接アップルというプラットフォームの元栓(根本)に直接働きかけたのは、言葉や思考がどれほど暴走しようとも、生命という現実を守るための「物理的な安全装置(システムの手入れ)」を根幹に組み込む必要があったからです。

いかに高尚な理念や心地よい言葉を得ようとも、あなたの体や生活や日々の安全という「物理的な現実」を守りきれているでしょうか?かつ永続させる秘訣は、循環させること。内外の調和と循環、こちらが整っていなければ、容易に崩落します。

言葉や意識(理想)だけに酔いしれることの危険性。だからこそ自らの手で「理想」と「現実の手入れ」をつなぎ止め、日々点検し続けるシステムが必要不可欠だと考え至ったのが、当仕組みができた経緯です。

「理想と現実の調和」セルフメンテナンス

私が提示したい「5軸」という価値観は、教訓や崇高な教えではありません。

・私は理想に逃げて、今足元の現実の手入れを忘れていないか?
・目の前の現実に追われて自らの理(軸)を見失っていないか?

そうやって、日々生まれ出る自分自身の「盲点」や「ズレ」を自らあぶり出し、修正し続けるための内省点検ツールです。

「理想と現実の調和」とはいえ、あなたの成長に合わせ理想も比例関係にあります。理想が大きくなることで、現実も変わっていくのです。「好転反応は吉兆の証」だと主張しています。あなたが本気であればあるほど、見合った変化が起きてきます。

以前からセルフチェックやメンテナンスに徹底こだわってきました。本来の「間違いやズレに気づく」ということは、誰かに指示されるのではなく、あなたご自身が向き合うことでしか始まりません。徹底したセルフメンテナンスという土台があるからこそ、他人からのアドバイスを素直に聴けるのではないでしょうか?

誰にでも、思い出したくない過去や、無意識にフタをしてしまっている記憶があります。「私にはそんなものはない」と感じるかもしれませんが、脳は自分を守るために、時に不都合な記憶を奥底へ隠してしまうからです。結果として忘れていきます。

かつて私が身体の手入れ(施術)の現場で多くの方と向き合っていた際も、忘れ去られていた過去の滞りを紐解き、正しく解放していくプロセスを幾度となく目撃してきました。痛みは体からの愛情である場合が極めて多いのです。

完璧な人間は、脳の機能的にも絶対に存在しません。盲点が0だと断言できる方はいらっしゃいますか?不完全さの中にこそ人間の本当の価値があり、自らの不完全さを素直に認めることからしか、本当の信頼関係も心身調和も生まれてこないのではないでしょうか?

理想という高みを見上げながらも、日々の足元の現実の手入れを。今この場所で、日々の現実と愚直に向き合いながら、検証を続けていきます。

高市首相、米アップルに自殺対策要請

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