
姓名判断20万人超と6年間紡いできた確信
これまで連載してきた「堺歩美さん物語」等は、前回の最終回をもって完結となりました。お付き合いいただき、ありがとうございます。
物語という形を通して私が伝えたかったこと。それは、登場人物たちの生き様であると同時に、今こちらを読んでいただけている「あなたご自身の人生の物語」でもあります。
今回はフィクションの幕をいったん閉じます。あなたご自身の現実と「名前と運」について、「伝える」と覚悟を決めた2020年からの6年間と、20万人超の名前と向き合ってきた話をさせてください。
27歳で全く信じていなかったながらも職業として始め、真剣に向き合ってきたからこそ条件反射レベルに至ります。多くの皆さんに「Google検索より速いですね」と驚かれます。
しかし姓名判断が大嫌いで、仕事にしようとはどうしても思えません。よって私には、師匠がおりません。だからこそ「姓名承認」という完全独自の文化を紡ぎ出せたのは、結果として幸せだと噛みしめております。
「画数が悪いから不幸」という呪縛
世間には、長年稼ぎ続けている姓名判断業者が溢れています。 彼らは「この画数は凶だから不運になる」「名前のせいで人生がうまくいかない」と、不安を煽り立てます。そして「改名しなさい」「この解決策◯◯◯を買いなさい」と、手軽な行動を勧めてきます。
私は、こうした既存の姓名判断が持つ構造を、問題だと感じつつも言語化できませんでした。今なら明快に分かります。彼らのビジネスは、あなたを中毒症状へ巻き込むシステムです。「名前のせいで不幸になっている」という被害者のポジションにあなたを留め置き、人生の手綱を放棄させようとします。例えば流派によって言い分にズレがある事実、あなたはご存知でしょうか?
分かりやすく、ボールを転がしたとしましょう。バックスピンでもかけない限り、転がした方向へ向かいます。同じように、「悪い」と言い始めたら、「嘘も100回繰り返せば真実に」という諺があるように、まことしやかに聞こえてきます。吉凶とは、「思い込ませてきた技術」にすぎません。
そんな「既存の時代遅れな遺産」に過ぎない客観的な正しさや、流派のルールに、あなたの貴重な人生を振り回されていいのでしょうか?古い枠組みで深い闇へ陥れ呪縛をかけ、洗脳しようとするシステムの残骸に、あなたの人生が言いくるめられるなんて残念でなりません。
徹底追究
人間はどうしたら、心からの幸せを実感できるのか?
真偽を重要視してきた私は、ある日自らに問いかけました。「今、幸せ?」答えは当然No。「じゃあ、どうする?」となります。「幸せ?」と問うている以上、「幸せかどうか?」が最大の命題だと考えることにしました。これが「幸せ解釈」の原点です。
この究極の問いから逆算し、多くの名前と向き合う中で、「姓名承認」が降りてきた2020年から一貫した確信があります。例えば私の本名は26画です。26画は、波瀾万丈だと評されています。確かに大いなる波瀾の中生きてきました。
26画が持つ性質やエネルギーは、「一貫性」です。一貫性という矛盾を嫌い、つじつまを合わせたがる傾向性を持っています。そのエネルギーが強いほどに、周囲が矛盾だらけに思えてきます。結果、巻き込まれてしまうのです。
とはいえ、巻き込まれようとひたむきに向き合い続けていると、だんだん波風が緩まっていきます。いつの日か、拮抗する凪のような調和状態となる日も十分あり得ます。要は、ご本人自身が質や量を適切に理解と把握を経て、扱いこなせる人生を作り出せるか次第です。
すべての画数において、性質やエネルギーを一覧表化し、ストーリーを作り出しています。結婚して名前が変わる場合も、「◯◯◯という名前から、⚫︎⚫︎⚫︎をしたかったからなんでしょうね」と、即興で変容のプロセスを物語化できます。
こうなってくると、吉凶とは全く無関係だという点、お分かりでしょうか?「私には師匠がいない」という理由は、私ほどに追究する方に会ったことがないからです。姓名判断とは似て非なるものなので、一緒くたに扱われることを嫌ってもきました。
「本当 or 嘘」の解放
「だから何だっていうんだ」「ゴロ合わせ、でっち上げ、思い込みじゃないのか」
そう思う方もいるかもしれません。実際、まちがいかもしれません。しかしそんな真偽の判定は些細なこと。超重要なことが抜けています。
大切なのは、この解釈をあなたご自身の人生に当てはめた時の納得感です。
・いかに深く心の底から「どおりで」「だから!」と腑に落ちきるか?
・「私が決めたことだから」と言いきれるエネルギーが湧いてくるかどうか?
それこそが、人間が幸せを実感するための確かな道筋だと主張いたします。本来の吉凶という価値観は、陰陽五行に基づいています。吉の中にも凶を含んでおり、凶にも吉が存在しています。
姓名判断で言う吉凶がナンセンス極まりないのは、頭ごなしな決めつけです。画数すべてにおいて、いいも悪いも含まれているのです。あなたにはどう映っていますか?
過去の名前も、今の名前も、よくも悪くも生きてきた記憶からは逃れられません。すべてはあなたが「あなたとして存在する」ために必要で、引き受けてきたもの。親から愛情込めてつけられた名前が、吉凶といういつ誰が決めたか曖昧なルールに縛られ呪われる必要が、あるのでしょうか?本当に?
環境や名前に支配される側から、あなた自らが人生の創造主となる側へ。 これから、あなたの人生の手綱を取り戻す「姓名承認」、1歩ずつ始めてまいります。