
「魅力編者」としての余白
決定的な節目、龍先生と出会って、10年が経つ。社長という看板を背負い、かつて「いかに取り繕うか」しか考えていなかった編集長時代には、あり得ないほどのネットワークと影響力の中に身を置いてきた。
娘 直美の万引きを発端に、「うわっつら仮面の私」を叩きのめされた。殻を打ち破りたい切実な気持ちと、「人が簡単に変われるわけがない」という先入観がせめぎ合い、飛び込むしかなかった。今では本当に感謝している。
今、私は経営の第一線から退き、「顧問」という立場である。それは責任や利害という鎧を完全に脱ぎ去り、場を調和させる究極の「余白」としてのあり方、「魅力編者」という位置を生み出している。社長として培ってきた器があるからこそ、今は組織の枠を飛び越えた4つの生き方を完璧に調和させ、体現できている。
4要素の結実
プロデューサー
役職等の盾を持たずとも、私自身がメディアだ。外舘親子のような本質を突く表現者の傍らに黒子として寄り添い、何者かになろうとしていない才能にスポットライトを当てている。
出版コミュニティの磁石
飯田橋は、ピラミッドではなく円環のプラットフォームだ。「自立具現化コーリング」を意識ある方々へおつなぎしてきた。説明しようがないので、おつなぎする方が最短解であり、確実だ。共通言語をベースに、スタッフや作家たちと安らぎを分かち合う日常がここにある。
メンター&エディター
10年前、龍先生のセッションで経験した「私1人では絶対にたどり着けなかった心身の解放」。あの時もらった「間」。今度は私が若手編集者や作家たちに手渡し、彼らの価値を引き出し活かしている。
余白の作家
編集する側から、自ら表現する側へ。あの娘との泥臭いもがき、2027年という時代の転換点の予兆。言葉にならない領分を内臓をちぎるようにして紡いだ「自身の著作」が、今世界へ浸透している。
他にも多くのステキな方々と出会って紡がれてきた軌跡を、「魅力編者」としてどう編集して世に出せばいいのか、ワクワクが止まらない。
世界への一歩を
当時は娘を機に必死に悩み、ぶつかり、のたうち回っていただけだった。未来への準備なんて、発想が湧かず何もできなかった。「言葉にしてはいけない」と自らに禁止令を出していた事実には、本当に驚いた。
龍先生から「肺を解放できましたよ」と言われた時の呼吸の深みに感動した記憶が、今も鮮明に残っている。白髪やシワが見え始めてきたが、それも愛おしい。苦しくも愛おしい泥の中からしか、「これでいい」「これがいい」「だからこそいい」という究極の承認は生まれ得なかったのだ。
今は長女 育美と次女 直美、2人とビジネスパートナーとして気づきを共有し合っている。札幌の母 麻由美と打ち合わせ、定期的に4人で家族旅行を楽しんでいる。
新緑の風薫る空の下、あるいは新しい時代の息吹の中で。「堺歩美」という広大な余白は、世界への一歩を踏み出すため、今日も誰かと分かち合っている。