
サイバー攻撃の脅威が日常となり、デジタル社会の脆さが日増しに露呈する今日この頃。画面の向こう側では、IT界の巨頭と呼ばれる経営者がAI無差別攻撃の恐怖を語り、涙を流す姿が切り取られては、SNS上で「令和の野々村」と面白おかしく消費されています。
一方で過酷なバッシングの中どれほど叩かれようとも、自身の言葉と佇まいで責任の場に立ち続けた、ジャニーズ東山紀之さん。会見の姿勢に感銘を受けたのは私だけでしょうか?
世論の乱高下、ネットの狂騒、感情パフォーマンス。次々と流れてくるニュースの喧騒を前に、あなたはどう感じておられますか?私には過剰なまでのノイズが、「外側の世界に依存する生き方の限界」を、強烈に突きつけているように思えてなりません。
巨大な帝国すらも
「もう、信じられるものが何1つない」政治・経済・巨大プラットフォーム、中央集権のセキュリティ・・・。これまで「巨大だから安心だ」「ここに頼っていれば安全だ」と信じ込まされてきた外側の「帝国」が、音を立てて崩れ始めています。
世がこれほどまでに不安に苛まれ、パニックになるのはなぜ?やはりご自身の外側に「信じさせてくれるもの(依存先)」をずっと探し続けてきたからだと思えてなりませんが、あなたには当てはまりますか?
他者の都合で作られた安全神話に命運を委ねていたからこそ、それが揺らいだ瞬間に立つ足場を失ってしまうのです。
だが、冷静に現実を見つめてみませんか?涙を流して感情を吐き出そうが、どれほど悲壮な覚悟で非難を全身で受け止めようが、外側の世界(世論やシステム)は容赦なくそれを消費し、叩き、解体していきます。
外側の評価やシステムに、あなたの価値や安心を求めること自体が、最初から間違いだったのでは?
信じれるもの
外側を探し回るのを、ふっとやめてみませんか?世間がどれほど右往左往しようと、どんなに巨大な帝国が崩壊しようと、絶対に揺らぐことのない「たった1つ確かな存在」が、すでにあなたの中にあるのです。
「信じれるもの」
それは外側の誰かが与えてくれる答えでも、便利なテクノロジーでもない。あなた自身が、自分の腹の底に打ち立てる「あり方」そのものだ。
・自主:外の意見を受け止め、自らの意志で選び決める
・自律:社会や自然とのつながりから、自らを確立する
・自立:社会や自然とのつながりから、自らを確立させる
この3軸をあなたに当てはめた時、初めて外の嵐に呑まれない「独自の循環」を自ら巻き起こせます。
暗闇のトンネルから
私自身、かつては強烈な自分不信を抱え、自己嫌悪と自己卑下の暗闇のトンネルを長年歩んできました。「私なんて」「どうせ〜」と、己を過剰なまでに疑い、痛めつけ続けてきた経歴。
かつて、あるカウンセラーから言われた一言「・・・よくぞ、生きてこられましたね」。
いくら打てども叫べども、全く響かない孤独の真っ只中。長期にわたって、私と噛み合う方がおりませんでした。「理解すれば理解される」の原則からも、理解しようと努めてきました。いかに理解しようとも、理解された手応えは0でした。
自らを徹底的に疑い暗闇のどん底を這うような日々のおかげで、「表層の甘い自信」や「外側の虚構」を真に受けない、本質の視点が鍛わりました。もともと圧倒的な性善説派だったので、何度も騙されてきました。
どん底を知り、エゴや飾りがすべて削ぎ落とされた人間は、強を実感しています。パフォーマンスや肩書をすべて失っても、「腹の底の覚悟」だけは絶対に折れないという確信。
徹底的に疑い抜いてきた過酷なプロセスすらも、混迷の昨今、確固たる主権を立ち上げるための完璧な足場だったのかもしれません。現時点では完璧でも、盲点がない方はいません。必ずやいつの日か、何らかの不備な箇所が発覚するかもしれないと考えています。疑うほどに、確信が深まっていきます。
3軸による新未来
外側のシステムや他者依存を断ち切り、自らの内に「自主・自律・自立」の3軸を打ち立てて生きる場合、あなたの目の前にどんな未来が広がるのでしょうか?
社会の混乱や他人の言動に怯え、右往左往する生き方からの「完全な解脱」だと見立てています。代表例は、上皇陛下。
・外側の世界がどう揺らごうと、セキュリティが破られようが、他人の評価が一夜にして覆ろうが関係ありません。「あり方」への確信があるため、どんな時代になろうと腹の底から湧き出る「静寂と安心」の中で生きていける方。
・誰かを叩き噂話で盛り上がる世間の「感情の消費」から距離を置き、本当に大切にしたい時間・選択・表現に、すべてのエネルギーを注ぎ込める響立者。
自律した方が相互理解の環境で、尊重し合いながら巻き起こす「真の自由な循環」がここから始まります。だからこそ自立の「確立させる」が輝きを放ちます。
外側の世界の現状を真摯に受け止め、自立した方だけが見れる、共生共栄共和の景色がそこには待っています。
個々の王国を生きる時代へ
「信じれるものが何もない時代」になったのではありません。「外側の虚構や帝国に依存する時代が、完全に終わった」だけ。
巨大企業が揺らごうが、世間が誰かを叩いて騒ごうが、関係ありません。他者に命運を握らせない主権者として、あなたの軸を腹の底に据える。
あなたの足元にある本物の手触り、生活の足場、そして「私はどう立つか」という覚悟を胸に、この大転換期を淡々と歩んでいきましょう。